表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リュナの王国  作者: イヲ
第一章・カレヴァの王国
5/49

 エクロスまで、あと1日ほどかかる。


 イリスは死体のある車両から先頭に近い車両へうつっていた。

 死体を見つけた酒売りの女が金切り声で叫び、警邏(けいら)たちが封鎖したのだ。

 無論、殺したのはイリスだと疑われ、捕まえられそうになったのだが、警邏たちの(かしら)がその男はちがう、ときっぱり告げた。

 警邏たちは訝しみながらも、頭のいうことを聞き入れ、邪魔だから前の車両に行け、と追い払われた。

 イリスは内心ありがたいと思ったが、別に警邏はイリスのことを思って言ったわけではない。

 そのことも知っていたが、死体と共に一日を過ごすのは、(慣れてはいても)あまりいい気分ではない。

 自分が殺しておいて、何を言っているんだ、と部隊長ならば失笑するだろう。


 この車両には、何人かのひとが乗っていた。

 うしろの車両で殺人事件があったと聞いて、不安そうに身を寄せ合っている男女や、家族がいた。


 イリスはたんまりとある干し肉で腹ごしらえをし、また眠る。

 何もすることがないのだから仕方がない。



 夢を見るのは、いつものことだ。

 イリスが手にかけたものたちの、怨嗟の声。憎しみに、哀しみにくれる、亡者の姿。

 その腐った手が、イリスの身体を這いずる。

 心臓めがけて。

 あるいは、脳をめがけて。

 触れるか触れないかのあたりで、いつも目が覚める。


 亡者に心臓や脳に触れられたら、殺される。

 いつも、なぜかそう思っていた。


 イリスは目をこすり、窓枠に肘をつけて、景色を見つめた。


 雪が降っていた。


 それは、もうイルマタルをとっくに過ぎたことを意味している。

 空は青く、晴れているが雪はあとからあとから降り続いていた。

 木々は今のところ多いが、エクロスに近づくたびに減っていくだろう。

 今でさえ、家はぽつりぽつりとしかない。

 そのさまは、外の環境の過酷さを物語っている。


 ふと、思う。

 なぜあの男たちが、イリスがシグリだと知ったのだろうか。

 「ネタはあがっている」とも言っていた。

 すでに関係ないが、おそらく駅の門番がシオンの関係者だったのだろう。

 一応、エクロスについたら、部隊長に報告しておいたほうがいい。

 忘れなかったら、だが。



 それから、また眠った。

 今度は亡者の夢を見ず、ただ淡々と暗闇を見つめていた。

 ただ、月がでていた。 

 白い月だ。

 黒いだけの空間に、月だけが輝いている。

 まるで、ぽっかりと空間に穴が開いているようにも見えた。

 月だとすぐにわかったのは何故だろうか。

 それはおそらく、自分よりもちいさな影がぼんやりとそれを見上げていたからだろう。

 そのせいで、月なのだと瞬間的にそう理解したのかもしれない。


 ふいに、その影がこちらを向いた。

 赤い目をしている。

 まるで、呪いのような。

 その目はゆるやかにまばたきをして、それから――消えた。

 影も、赤い目も、もうどこにもなかった。



 ただ、黒い空間が存在していた。


 孤独、だったような気がする。


 イリスに両親はいない。いや、いたのだが、口減らしのために捨てられたのだ、と部隊長は言った。

 ふつうの、ごくごくふつうの話だ。

 今でこそ、首都イルマタルに籍を置くが、イリスが生まれた村は貧しく、イリスが5歳の時――20年前に、シグリに売られた。

 イリスの名前は、その時につけられた。

 前の名前は、もう覚えていない。

 思いだそうともしない。もう、必要のないものだ。

 必要のないものは、もう何もない。今までに、すべて捨ててきた。

 命をうばう罪悪感も、恐怖も。

 


 そっと目を開ける。

 それから、窓のむこうをみた。

 鮮烈な、白。

 真っ白な世界を、汽車は走っている。

 雪は降り続き、窓に叩きつけていた。


「まもなく終点、エクロス大陸に到着します」


 車掌が拡声器も使わずに言う。

 すでに、この車両には誰もいなかった。

 イリスは腰に鍔のない剣を下げ、立ち上がる。

 体がかたくなっていたため、背伸びをした。

 首に灰色の布を巻く。これはせめてもの防寒具のつもりだ。


 やがて汽車はスピードをゆるめ、やがてゆっくりと止まった。

 ドアは自分で開けるため、ドアの取っ手に手を当てたが、なかなか開かない。

 おそらく、向こうがわで凍ってしまっているのだろう。

 仕方ないので思い切り引くと、なにかひどい音がした。

 ドアの先がすこしひしゃげてしまっている。

 

「……まあ、いいか……」


 そのままにしておいて、停車場に降りる。

 その直後、おもわず息をつめた。

 ほおを容赦なくぶつ、氷のような風。

 手でおさえていなければ、首に巻き付けただけの布は、今にも飛びそうだった。


 外にむき出しの停車場から、駅に入るには、コンクリートでできたトンネルのような場所を通らねばならなかった。

 トンネルのなかは比較的あたたかい。

 さえぎるものがあるのは、ありがたい。

 やがて抜けると、ドームのように天井がゆるやかに丸く、コンクリートが塗り固められている駅構内に入る。

 イルマタルの駅のように、真ん中に噴水などなく、ただ、がらんとした駅だった。

 人びとは少なく、切符を受け取る役人の男は暇そうにしていた。


「ああ、お客人。ようこそ、エクロスの民が住む、エクロス大陸へ」


 今きづいた、とでもいうかのように仰々しく男はこうべを垂れた。

 男の格好は、衿が首を覆い、モスグリーンの厚い服を着ている。胸のあたりには、何かの意味があるのだろうか、黒糸と白糸で刺繍が施されていた。

 黒糸で丸が刺されおり、白糸でその黒糸のまわりを葉の刺繍で囲むように刺されている。


 男に切符を渡すと、出入り口にまっすぐ歩く。

 外は明るく、あれから一日たったのだ、と思うと、ずいぶん時間の流れが早く感じた。

 腹が減ったことに今更気づく。

 そういえば、干し肉を食べたのはもう一日前のことだった。

 腰袋に手を突っ込み、乾燥した笹でくるまれた干し肉を手に取る。


 硬いそれを口に放り込み、そして、目にした。


 イルマタルではあまり見かけない、黒髪の男を。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ