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リュナの王国  作者: イヲ
第四章・燎原の火
47/49

20

 死に神だと、不吉な子どもだと、何度石や、雪のかたまりや、小枝を投げられただろうか。

 自分のこころを守るように押し込んで、もう、どこにいったのか分からない。

 分からなかった、けれど。

 殺ししか能のないという、自分とは正反対の――天の御使いの顔をもつ男を見ていたら、まるで、今まで押し込めていた感情が、心が、あふれるような気が、した。


 どうして。

 どうして、おれは、この世界にいるのだろう、と。


「無理、か」


 長いあいだ口を閉じていたイリスの、なだらかな声が聞こえる。

 膝に手をのせたままの彼は、まぶたをおろし、ふたたび口を閉じた。


「そうか……」


 深呼吸をするように、イリスがつぶやく。

 諦めているようでも、呆れているようでも、あった。


「すきにすると、いい。だが俺は、応えることはできない」


 ルカが言わんとすることは、分かっている。

 だが、その想いには応えることができない。

 分かっている。

 分かっていた、といえばいいのか。


「それでもよければ」

「……シグリの、掟か」

「いや」


 シグリが、誰かと親密になることを禁止するという掟はない。

 ただ親密になった人間と、ずっと共にいることはできないのだ。

 シグリはひとつの場所に留まることはできない。

 その人間が、シグリの仕事に巻き込まれることがあるだろう。

 それによって、命をおとしたものもいた。

 命をおとした恋人を想ってだろう、わざとと言わざるを得ない、戦死したシグリもいた。

 自死がゆるされないから。

 だからせめて、戦って、わざと死んで――そのひとのもとにいこう、と。

 そう、したのだろう。


「俺が、シグリだからだ」


 突き放すように。

 諭すように。


「あんたがシグリだから、どうだというんだ。あんたは、イリスだろう」

「俺は、シグリだ。イリスという名も、この体も、心というものが俺にもまだあるのなら、それもすべて――あの、女のものだ」


 ちがう、と。

 そう言いたかった。

 あんたは、そんなことを思っていない。

 ゼノが「あのひと」と言ったのは、女王のことではないのはルカとて、わかる。


 それでもルカは、伝えたかった。

 たとえ、応えてはくれなくとも。

 イリスがほかの誰かのものだとしても。

 イリスが、「あのひと」のものだということを、望んでいたとしても。


「イリス、きいて、ほしい」


 自分の声が、なさけないほどふるえている。

 今まで、「人間」を好きになったこともなかった。

 今まで、ひとを好きになったこともなかった。

 誰もかれもが、同じだった。

 国教徒からは無論、国教徒ではない人間からも、凶弾され、忌み嫌われる、こんな姿では。

 だれも好きにならないし、好きになってもらうことはないだろう、と。

 そう、おもって、いた、けれど。

 でも。

 でも、こんな死に神の顔をした自分でも、ひとを、好きになれた。

 好きになっては、もらえないだろうけれど。


「おれは、イリス……」

 

 肩にあずけたままだった、頭をゆっくり、ゆっくりとはなす。

 イリスの目を見上げて、かさついたくちびるを、開いた。


「イリスのことが、すきだ……」


 胸のなかのどこかにあった、この感情は、一体どこからでてきたのだろう。

 もとからあったものかもしれないし、違うのかもしれない。


 イリスの、そのうつくしい碧眼。

 その眼は湖のように凪いでいて、ルカの顔を見つめ返している。

 なんの表情もしていない。

 嬉しいとか、いやだとか。

 そういったものが、そぎ落とされたような、顔。


「お、おれは、あんたが、誰のものでもかまわない」

「まったく、おまえは……」


 やはり、呆れたような、なにかを諦めたような表情で。

 イリスは、こう言った。


「ほんとうに……損なことしか、しないな。おまえ」

「損?」

「俺が応えないって言ってんのに」

「それでもいい」


 片恋でも。

 べつに、かまわない。

 すきだって。

 あんたのことが、すきなんだって。

 そう、伝えられた。


「イリス」

「ん?」

「……はつ恋って実らないって、聞いたことある」

「どうだかな」

「けど、イリス、あんたはおれの、そばにいてくれる」

「任務だからだ」

「それでもいい。今だけは、あんたが、おれの一番ちかくに、いてくれる、から」

 

 損、なんて、思わないし、思いたくない。


「けど……けど、あんたは……きらいな人間の、そばにはいることは、しないだろう」


 そういう人間だということは、イリスも分かっているし、部隊長も、女王も知っている。

 だから、そうだな、とつぶやくしか、ない。

 

「だから、それで、それだけでいい」


 それ以上、望まない。

 望んだらきっと、傷つくだろうから。ルカも、イリスも。

 傷つくより、傷つかないほうが、きっといい。


「望まないことに、慣れているから」

「……叶えたいと思ったこともないのか」

「どうせ、叶わない」

「それなのに、望むのか?」

「いままでは、何も望まなかった。けど、これはちがう」


 ひとを好きになってしまったから。

 それが、こんなに苦しくて、つらくて、それでも――どこか、満ち足りているなんて。

 思いも、しなかった。


「壊れるより、ましだろう」


 壊れた人間を連れまわすことは、イリスだっていやなはずだ。

 ひとりごとのようなものだから、返事は期待しない。

 

「壊れたほうが楽なことも、あるがな」


 そういう人間を、見てきたよ、と。


「……?」


 イリスの身体が、わずかに強張る。

 呼吸もすこしの間、止まったような。

 直後ベッドから、音もさせずに立ち上がって、剣を持つ。


「イリス?」

「……あのひと」


 ぼそり、と呟いた、その単語。

 彼の顔を見上げる。

 白銀の髪に、碧眼。

 天の御使いにふさわしい、整いすぎた、顔。

 

「すこし、出てくる」

「どこにいくんだ?」

「……すぐ帰る」


 剣を持ったまま、ルカを見下ろしもせずに、部屋を出ていった。


 あのひと、と言った。

 ゼノが言っていた、「あのひと」のことかもしれない。

 きっと、そう。

 思っているだけでいい。

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