17
「開いてもいい? どういう意味だ」
「財宝のことでしょう。それらが多く存在するこの領が、ほかに開かれれば――先ほど申したとおり」
「いくさになるってか」
「いくさに必ずしもなる、とは言えません、が。なんらかのかたちで、領民が被害にあうでしょう。なので、このとおり、閉鎖的な領を演じているのです」
「殊勝だな」
この領のなかで守ってゆくべき、ひみつなのだと。
決して他言はせぬように、と。
そう決めているのだろう。
領主も――そして、次の領主となるであろう、息子たちは。
「……ほかに、その秘密をしっている人間は、いるのか」
ルカが赤い目を伏せたまま、問うでもなく、呟くでもなく、ただ、そう言った。
「ええ。王族のかたがた。そして、レグルス家のかたがた。そして、一部のシグリのかたがた」
「きな臭い」
一閃したのは、イリスに他ならない。
ゼノが知りえたのは、誰からなのか。部隊長なのか。それとも、王族――女王からなのか。
シグリも動き、騎士団も、シオンさえも動いている。
「あの女王が、金銀財宝を欲しがるなんぞ、思わねぇが。だが、金は多ければ多いほどいい。多くて越したことは、ないんだろうよ」
「それは、どういう?」
黙り込んでいたフェリが、おそるおそる、イリスを見つめる。
「女王が動けば、シグリも動く。開いてもいいか、と聞いてきたのは、女王の命令だろう」
「女王が、いくさを望んでいるとはおもえない……」
「そうだろうな。だから、シグリが動く。いくさが起きても起きなくても、シグリを使って、なんとか収めさせるんだろ。そして、財宝をすべて国家のため、ってな」
「そのための、ゼノ、という男性でしたか」
アーテルはすべての事情を知っているかのように、こめかみに手をあてた。
「そんなことをしなくとも――財宝など、そんなすぎたもの、いりませんのに」
「だったら、女王にすべてを差し出すか?」
「それも、よいのかもしれませんね。ほかの領民たちに開かれれば、混乱は目に見えています。その前に、陛下に……」
「財宝ってのは、どこにあるんだ」
あまりにも、アーテルがその財宝に無頓着で、まるで手持ち無沙汰にしているようで、訊ねた。
彼女はわずかに迷うそぶりをしたあと。
「ここにあります」
と、言い放ち、そのまま立ち上がって――多くの書物が載っている机の引き出しから、なにかを取り出した。
それは、箱、だった。
「これこそ、オリアン領に伝わる財宝」
「母上、ほんとうに……」
「フェリ。いいの。もう、いいでしょう。これが、機会だったのです。こうなるさだめだったのですから」
箱は、木でできている。
何の変哲もない、どこにでもある箱だった。
だが。だが、ルカは違うようだった。
膝においている手が、ふるえている。おそろしいものを見るような目で、机に置かれた箱を凝視していた。
「ルカ殿には、見えているようですね。この――なかが」
「な、んだ、それは」
かすれた声で問うルカを、アーテルはうつくしい笑みをつくって、「だいじょうぶ」とだけ、答えた。
「決して、よいものではないのです。けれど、すべてが悪いものでもない。もしも、ルカ殿。あなたが見たくないのであれば、部屋の外へ」
「いる」
短く答えるが、ルカの目は恐怖でゆらいでいる。
イリス、と。
口のなかで呟かれた気がして、ルカを見下ろす。
――イリスがここにいるなら、おれは、いる。
と。
そうも言った気がした。
机の下で、ルカの手の甲に、そうっと触れてみせる。
あわれなほどふるえているその手は、体温などなかったかのように、冷え切っていた。
「では、開けます。よろしいですか」
「ああ」
――かたん。
鍵もかけていない、片手で持てるほどの大きさの箱は、勝手に開いた。
アーテルもフェリも触れていない、その、箱。
それは、まるで。魔術のようではないか、と。
イリスは思ったが、口にはしない。
箱のなかには、綿。
そして――正八面体の、石。
ほんのちいさな、手にして、すこしの力でも割れてしまいそうな。
「これは、石です」
小指の先ほどの、大きさの。
「そして、ひとびとの魂が凝縮された、呪いの道具です」
「……人間の魂、だと?」
「ええ。昔々、死霊魔術と呼ばれるものがあったそうです。死した人間のからだに、魂をいれるものだとか。それを応用してか……どうなのか分かりませんが、死体のかわりに、この、石に」
アーテルの青い目が、そっと開かれた箱のなかの石を見下ろす。
「この石に、魂を封じ込めた、と聞いております。この石はカレヴァ王国にたったひとつしかない、貴重なもの。その人間の魂、というものが――太古の、この世全ての叡智を収めた学者たちの魂とも、この国を魔術でもって亡ぼそうとした、魔術師たちの魂とも、この国における聖者たちの魂とも――死に神のおもてをして生まれ、日の光をその眼に浴びることなく死した、おさな子たちの魂、とも言われています」
ルカの呼吸音が乱れている。
その震える手が、イリスの袖をにぎった。
助けをもとめるように。
視線は、決してあげなかったが。
「こんな野蛮なものを、女王が欲しがるのか」
「ええ、そうでしょうね。この石は、呪いでもあり、祝福でもありますので。民の幸福を願うだけの女王に、ぴったり、でしょう?」
アーテルの、声が。
声の端に、憎しみを帯びたのを、イリスは感じた。
「この世に唯一しかないものを欲しがることは、王族として、悪いとは思いません。けれど、こんなに悲しみに満ちた、恨みに満ちた、そして……この国を導かんとする、聖者、学者たちのわずかな清い想いを、操りたいと思うだなんて、王族と言えど、女王といえど……決してゆるされるものではありませんよ」
「操りたい、ね……」
どこかで、聞いたはなしだ。




