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リュナの王国  作者: イヲ
第四章・燎原の火
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17

「開いてもいい? どういう意味だ」

「財宝のことでしょう。それらが多く存在するこの領が、ほかに開かれれば――先ほど申したとおり」

「いくさになるってか」

「いくさに必ずしもなる、とは言えません、が。なんらかのかたちで、領民が被害にあうでしょう。なので、このとおり、閉鎖的な領を演じているのです」

「殊勝だな」


 この領のなかで守ってゆくべき、ひみつなのだと。

 決して他言はせぬように、と。

 そう決めているのだろう。

 領主も――そして、次の領主となるであろう、息子たちは。


「……ほかに、その秘密をしっている人間は、いるのか」


 ルカが赤い目を伏せたまま、問うでもなく、呟くでもなく、ただ、そう言った。


「ええ。王族のかたがた。そして、レグルス家のかたがた。そして、一部のシグリのかたがた」

「きな臭い」


 一閃したのは、イリスに他ならない。

 ゼノが知りえたのは、誰からなのか。部隊長なのか。それとも、王族――女王からなのか。

 シグリも動き、騎士団も、シオンさえも動いている。

 

「あの女王(おんな)が、金銀財宝を欲しがるなんぞ、思わねぇが。だが、金は多ければ多いほどいい。多くて越したことは、ないんだろうよ」

「それは、どういう?」


 黙り込んでいたフェリが、おそるおそる、イリスを見つめる。


「女王が動けば、シグリも動く。開いてもいいか、と聞いてきたのは、女王の命令だろう」

「女王が、いくさを望んでいるとはおもえない……」

「そうだろうな。だから、シグリが動く。いくさが起きても起きなくても、シグリを使って、なんとか収めさせるんだろ。そして、財宝をすべて国家のため、ってな」

「そのための、ゼノ、という男性でしたか」


 アーテルはすべての事情を知っているかのように、こめかみに手をあてた。


「そんなことをしなくとも――財宝など、そんなすぎたもの、いりませんのに」

「だったら、女王にすべてを差し出すか?」

「それも、よいのかもしれませんね。ほかの領民たちに開かれれば、混乱は目に見えています。その前に、陛下に……」

「財宝ってのは、どこにあるんだ」


 あまりにも、アーテルがその財宝に無頓着で、まるで手持ち無沙汰にしているようで、訊ねた。

 彼女はわずかに迷うそぶりをしたあと。


「ここにあります」


 と、言い放ち、そのまま立ち上がって――多くの書物が載っている机の引き出しから、なにかを取り出した。

 それは、箱、だった。


「これこそ、オリアン領に伝わる財宝」

「母上、ほんとうに……」

「フェリ。いいの。もう、いいでしょう。これが、機会だったのです。こうなるさだめだったのですから」


 箱は、木でできている。

 何の変哲もない、どこにでもある箱だった。


 だが。だが、ルカは違うようだった。

 膝においている手が、ふるえている。おそろしいものを見るような目で、机に置かれた箱を凝視していた。


「ルカ殿には、見えているようですね。この――なかが」

「な、んだ、それは」


 かすれた声で問うルカを、アーテルはうつくしい笑みをつくって、「だいじょうぶ」とだけ、答えた。


「決して、よいものではないのです。けれど、すべてが悪いものでもない。もしも、ルカ殿。あなたが見たくないのであれば、部屋の外へ」

「いる」


 短く答えるが、ルカの目は恐怖でゆらいでいる。

 イリス、と。

 口のなかで呟かれた気がして、ルカを見下ろす。


 ――イリスがここにいるなら、おれは、いる。


 と。

 そうも言った気がした。

 机の下で、ルカの手の甲に、そうっと触れてみせる。

 あわれなほどふるえているその手は、体温などなかったかのように、冷え切っていた。


「では、開けます。よろしいですか」

「ああ」


 ――かたん。

 鍵もかけていない、片手で持てるほどの大きさの箱は、勝手に開いた。

 アーテルもフェリも触れていない、その、箱。


 それは、まるで。魔術のようではないか、と。

 イリスは思ったが、口にはしない。


 箱のなかには、綿。

 そして――正八面体の、石。

 ほんのちいさな、手にして、すこしの力でも割れてしまいそうな。


「これは、石です」


 小指の先ほどの、大きさの。


「そして、ひとびとの魂が凝縮された、呪いの道具です」

「……人間の魂、だと?」

「ええ。昔々、死霊魔術と呼ばれるものがあったそうです。死した人間のからだに、魂をいれるものだとか。それを応用してか……どうなのか分かりませんが、死体のかわりに、この、石に」


 アーテルの青い目が、そっと開かれた箱のなかの石を見下ろす。

 

「この石に、魂を封じ込めた、と聞いております。この石はカレヴァ王国にたったひとつしかない、貴重なもの。その人間の魂、というものが――太古の、この世全ての叡智を収めた学者たちの魂とも、この国を魔術でもって亡ぼそうとした、魔術師たちの魂とも、この国における聖者たちの魂とも――死に神のおもてをして生まれ、日の光をその眼に浴びることなく死した、おさな子たちの魂、とも言われています」

 

 ルカの呼吸音が乱れている。

 その震える手が、イリスの袖をにぎった。

 助けをもとめるように。

 視線は、決してあげなかったが。


「こんな野蛮なものを、女王が欲しがるのか」

「ええ、そうでしょうね。この石は、呪いでもあり、祝福でもありますので。民の幸福を願うだけの女王に、ぴったり、でしょう?」


 アーテルの、声が。

 声の端に、憎しみを帯びたのを、イリスは感じた。


「この世に唯一しかないものを欲しがることは、王族として、悪いとは思いません。けれど、こんなに悲しみに満ちた、恨みに満ちた、そして……この国を導かんとする、聖者、学者たちのわずかな清い想いを、操りたいと思うだなんて、王族と言えど、女王といえど……決してゆるされるものではありませんよ」

「操りたい、ね……」


 どこかで、聞いたはなしだ。

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