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リュナの王国  作者: イヲ
第四章・燎原の火
43/49

16

 吹雪はやみ、晴れた空が広がっている。

 雪はやわらかく、まだ固まってはいなかった。


 領主のいる屋敷は、この村の隣にあるという。

 昨日の夜も来ていた領主の使いが案内をしてくれるのは、正直助かった。

 ルカもイリスも、この辺りの土地勘がない。


 使いは女で、国教徒なのだろう。一度この村の噴水に祈りをささげてから、村を出た。

 名も知らないその女は、長く、白いローブを身にまとい――口数が少ない女の背中を、ただ追う。


「領主の名は」

「アーテル様です」


 女は聞かれたことだけに答えた。

 愛想はないが、真面目なのだろう、問いには的確に、そして簡潔に答える。

 

 性別は女。

 年齢は40歳。

 子どもが男2人。19歳と、17歳。

 元領主だった夫はアーテルが30歳のころに死去。

 

 聞かれたことにはすべて答えたが、女の名を訊ねても、それだけは答えようとはしなかった。



「こちらへ」


 一度たりとも笑わない、使いの女は領主の屋敷の門の前に立った。

 男の門兵が二人いる。

 ふたりはルカを見るなり、わずかに眉をひそめた。

 まるで、嫌なものでも見るかのような目だった。

 

「お入りください。私はここで失礼いたします」


 鉄の、重たそうな門が開かれて、中へ促される。

 大きな扉を、ひとりの兵が開けた。なかは、ひどく――鬱蒼としている、気がする。

 森や林ではないのに、どこか、緑のにおいがするかのような。

 もっとも、エクロス大陸では、緑など縁遠いものなのだが。

 

「ようこそ」


 まっすぐ伸びる廊下に、ひとりの少年が立っていた。

 手には、灯りを持っている。

 廊下は暗く、灯りを持たなければ足元も危ういようだった。


「ようこそ。イリス殿、ルカ殿。母上――失礼いたしました。領主が、お待ちです」

「おまえが、領主の息子か」

「はい。僕は領主の次男、フェリ、兄はグレイ、と申します」

 

 フェリという少年は、ひどく整った顔をしている。

 まるで、人形だ。

 髪色は黒だったが、目は深い青をしていた。


 ろうそくを持った手が、優雅に廊下を照らす。


「どうぞ。ご案内いたします」

「ああ」


 ルカはイリスの背中に隠れるようにして佇んでいた。

 死に神のおもてをして、あの門兵のように嫌な顔を見たくなかったのかもしれない。

 

 廊下はひどく長く、そしてあまりぬくもりというものを感じなかった。

 フェリの手元の灯りだけを頼りに、まるで洞窟のような暗さの廊下をただ、歩く。


「領主はなにを知りたいというんだ」

「さあ……。僕も聞いたのですが、本人に会って話す、とのことで。おそらく、ですが、隣の領――ネア領に、なんでも死人(しびと)が生き返って、村人を襲ったという話を聞いております。なので、その件かと。あくまで、僕の推測ですが」

 

 落ち着いた声で語る。

 死人が生き返って、人間を襲うということ自体、あってはならないことだが、この少年は信じてはいるが警戒はしていないとでもいうかのようだった。


 廊下を右に曲がり、そして地下へ続く階段をくだる。

 領主の部屋は地下にあるのだ、とフェリは言った。


「どうした、ルカ」


 イリスが首に適当に巻いている灰色の布を、わずかな力で引いたルカは、視線をおとしながら何かを言おうとくちびるを開いたが、すぐに閉じた。


「なんでも、ない」

「……ここで、待っていても構わない」


 そのほうが楽なこともあるだろう、と。

 だがルカは、いく、と、小さな声でつぶやいた。


「では、こちらへ。足元、お気をつけて」


 滑り止めのつもりなのか、黒く、がさがさとしたカーペットが敷かれた階段を一段ずつ、ゆっくりとくだってゆく。

 階段をくだりきると、すぐに扉があった。

 木でできた、簡素な、けれど大きな扉だった。


「領主。おふたりをお連れしました」


 フェリが軽くノックをすると、「どうぞ」と、女にしては低い声が聞こえた。

 扉を開くと、そこには煌煌とした灯りと、机に積まれた書物に埋もれるようにして座っている、髪の長い女がいた。

 彼女は黒い髪を肩甲骨までに伸ばし、前髪をつくらず、肩に流しているのみだ。

 髪飾りのひとつもつけない女は、フェリと同じ、濃い青の目をしている。

 モスグリーンの、重たそうな長そでのワンピースを身にまとい、肩にはベージュのショールをかけていた。


「ようこそ。イリス殿、ルカ殿。フェリ、ご苦労でした」

「では、僕はこれで」

「フェリ。あなたも、ここにいてちょうだい。あなたにとっても、大事な話だから」


 ふたりのやり取りを、ただ見ているイリスの背中には、やはりルカがくっついていた。

 まるで、なにかに怯えるかのように。

 以前のような気丈にふるまおうとする姿は、ここにはない。


 領主の部屋には、大きな木の机があった。

 おなじ木でつくられた椅子は、四脚。


「どうぞ」


 お座りになってください、と、アーテルが白い手を差し出した。

 誘われるまま椅子にすわり、親子も向かい側にすわる。

 机には、灯がともった大きな燭台があった。


「改めて、自己紹介を。わたしは、このオリアン領の領主、アーテルと申します。こちらが次男のフェリ。長男はグレイ。グレイは……生まれつき体が弱く、お相手はできませんが」

「かまわない。……で、知りたいこととやらを聞きに来たんだが」


 アーテルはどこまでも穏やかに、そして知性をともす青い目を、ゆっくりと細めた。


「あぶり出した、結果です」


 と、前置きのように凪いだトーンの声で、ささやく。


「この領には、金銀財宝がねむる、と」

「母上……」


 心配そうに、フェリがおのれの母を見つめるが。

 アーテルは長細い、人差し指をくちびるに当てた。

 

「金銀財宝ね……。シオンどもが襲ったわけも、そのあたりにあるかもしれねぇな」

「ええ。そして、騎士団のかたがたも」

「シオンを追ってきたわけじゃ、ないということか」

「それは、わたしには分かりかねます、が。この領民たちは、見てのとおり……多くを望まず、ただ粛々と暮らしています」

「……領民は、知ってるのか。そのことを」


 もし、知っているのだとしたら。

 こんな贅沢も、貧しくもない生活に、嫌気をささないのだろうか。

 だが、アーテルはゆっくりと首を縦にふった。


「知っております。すべて。大事な領民たちには隠しごとなど、してはならぬ、と。元領主の夫も申しておりましたから。……信じる者もいますし、信じぬものもいます。それでよい、と思っていたのですが」

「だが、ほかの領には言わなかったはずだ」

「ええ、そうですね。まったく、そのとおりです。いくさの火だねになることは、目に見えていましたから。そして、これが、あなたに教えて頂きたいことです」

 

 ひとつ、呼吸をしてから。女は、くちびるを開いた。


「あなたは――ゼノ、という男性を知っていますか」

「……まあ、知っているといえば知っているが」


 ゼノ、という名が出てくるとは思わなかった。

 となりに座る、ルカを視界の端で見ると、緊張したように肩に力をこめているようだ。

 机の上に手を置いているアーテルは、その白い手を余計青白くさせて、ふう、と息をつく。


「ゼノが、どうかしたか」


 なにか、シグリの掟に背いたことしたのだろうか。

 そうしたら――そうした、ならば。


「彼はこの屋敷にきて、こう言いました。開いてもいい(・・・・・・)か、と」

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