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リュナの王国  作者: イヲ
第一章・カレヴァの王国
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「お兄さん、酒はいらないかい」


 汽車に乗っておおよそ1時間、女が酒をたくさん乗せたカートを押して、イリスを見た。

 そして、おや、と細い目を大きくまたたかせてから、にんまりと笑う。


「天使様でしたか」

「酒はいい。これでも仕事中なんでな」

「天使様でも、酒は飲むだろう? 仕事中ったって、汽車に乗ってるだけだ、なにもすることなんてないだろ」

「あんたの奢りなら、喜んで飲むぜ」

「おやまあ、ごうつくばりな天使様もいたもんだ」

「それはどうも」


 女は呆れたようにため息をついた。

 イリスは女から目をはなし、目を閉じる。

 がらがらと、カートを引く音を聞いてから、ふたたび目を開けた。


 この「天使様」が、もしシグリだと知ったら、どう思うだろうか(もっとも、その存在は知らないのだろうが)。

 多くの人を殺めてきたこの手を見ても、天使様だというのだろうか。


 この国は平和だという、当たり前のことを信じ切っているのだから、今話した人間が、あまたの命を消してきたなどと思いもつかないだろう。

 あの女も、切符売りの女も。


 ともすれば、おそらく。

 手のひらをかえすように怯え、恐れ、軽蔑するのだ。

 ひとごろしの罪びととして。


「………」


 左手で、剣の柄をにぎる。

 あきらかに敵意を隠さない存在に気づくのは、容易だった。

 気づかぬふりをする。

 隠し通せるのなら、是非もない。

 こんな狭い場所で、誰にも気づかれずに殺すのはイリスでも難しい。

 もっとも、剣など使わないが。

 腰に下げた袋に、毒をしみこませた丸薬が入っている。

 目をとじ、眠ったふりをしながら、袋に手をかけた。


「おい、いたか」

「分かんねぇよ。ったく、顔も分からねぇのに殺せなんて、無茶がありすぎるだろ?」

「そうはいっても、シオンの連中が血眼になって探してんだ、成功すりゃ一儲けどころじゃねぇぞ。一生暮らせるくらいの金が入る」


 ――シオン。

 シグリと同じ、暗殺部隊の名だ。

 だがこちらは国とはまったく関係のない、金で動く組織で、今はシグリに探りを入れているらしい。

 そっと、剣の柄から手を放す。

 その代わり、毒の丸薬を手のひらに隠した。


「……ん?」


 二人のうちの一人が、イリスの姿をみた。


「どうした?」

「いや、そういや、シグリの連中のなかに一人、天の御使いの風貌をした男がいるって聞いたことがあったな」

「………」


 イリスは寝たふりをつづけたまま、二人の会話を聞く。

 天の御使い、という単語を言っている割には、ひどく滑稽なものを言っているふうだった。

 まあ、あながち間違いではないだろう、とそこだけは同意する。


「おい、お前」

「……なんだよ、人がせっかく寝てたのに」

「お前、どこのもんだ」

「イルマタルだが?」

「首都住みかよ。いい身分だな」

「そりゃどうも。もういいか? 眠いんだが」

「……ちっ」


 男二人はイリスから目をそらせ、汽車の先頭へ歩いていった。

 これでやりすごせられればいい。

 だが、まあ、やはり、ということか。


 男二人はきびすを返して、イリスのほうへと向かってきた。

 殺気立っているのがわかる。

 どこからか(・・・・・)情報を仕入れたのかもしれない。


「おい、お前。シグリだな?」

「悪いが死んでもらうぞ」


 どこかの三下のようなセリフに、やっとイリスは目を開いた。


「何のことだよ」

「とぼけんな、ネタは上がってんだ」

「………」


 碧眼の瞳が、じっと二人を見据える。

 その視線に、わずかにたじろいだようだった。

 だがすぐに思いおこして、腰に差した短剣の鞘をぬいた。


抜いたな(・・・・)


 ぞっとそるような、寒々しい――いや、それでは生ぬるい。氷のような声、と言ったほうがまだましだろう。

 イリスは周りに無関係な人間がいなかったことに感謝しながら、革の手袋(グローブ)をした手を、今すわっていたガタつく椅子に手をかけて、飛んだ(・・・)


 汽車の天井まで飛び、脆そうな荷台に足をかける。

 うろたえる男たちの様子を冷ややかに見つめながら、手にしていた丸薬ふたつをにぎりしめた。

 じゅっ、と音がする。

 丸薬のまわりをコーティングされた、毒に不必要なものをぬぐったのだ。

 こうすることで、即死に近いかたちで死ぬことができる。


「う、上だ! 構えろ――」

「遅い。この、のろま」


 イリスの口はしが、不気味にゆがむ。

 一人の男が口を開けたのを見やると、ためらうことなく、手のなかの丸薬を、手ごと口に突っ込んだ。

 そして、驚愕にあんぐりと開けたもう一人の男の口のなかにも、同じく丸薬を反対の手で突っ込む。



 ある男は、貧しい生まれだった。

 ある男もそうだ。

 金があれば、何でもできる。

 金さえあれば、何でも買える。

 そう思って、シオンの下っ端に取りついた。

 シグリの一人でも殺せられたら、金をやる、と。


 男たちに足りなかったものは、たったの二つだ。

 ひとつは、身の丈に合わない仕事をしたこと。

 ふたつめは、覚悟が足りなかったこと。


 たったそれだけだ。


 男たちは倒れ、もう二度と呼吸をすることはなかった。


「……ったく、手が汚れたじゃねぇか」


 イリスは吐き捨て、通路に横たわる二つの死体をイリスの前の座席に座らせた。

 自ら動かない体を担ぐのは、やはり面倒だ。

 重たくて仕方がない。


「あんたらが悪いんだぜ。先に鞘を抜いたのは、あんたらだ。鞘を抜く時は、死ぬか生きるか、その覚悟があるかどうかだ。来世があればもっと、賢い生き方をするんだな」

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