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リュナの王国  作者: イヲ
第四章・燎原の火
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「真実、とは。……なるほど。イリス殿。貴方は徹底的に、ひとを信じぬのですね。まあ、シグリである貴方なら、そうおっしゃるとは思いましたが」

「御託はいい」

「失礼いたしました。たしかに、私が知っている警邏は、たしかに人当りもよく、誰よりも勤勉でした。けれどそれは他人の評価です。裏ではどのような人間だったのかは分かりません」


 ペルナはわずかに俯き、その警邏を悼むように目を閉じた。

 それを視界の端で認めて、ふっと息をつく。


「裏ではわけのわからねぇことをしていたなら、余計普通のやり方では殺さないだろうよ。あるいは、口封じか、見せしめか。ルカが見た、その男とやらに」

「魔術は、いにしえから伝わる術。けれど使う人間は、この世界にはあってはならないのです。国を簡単に亡ぼすことのできる、術。それを人間にむけられれば、ひとを殺すことも容易でしょう」


 ペルナは膝の上においた右手を、左手でつつみこみ、呟いた。

 国を亡ぼせるのなら、たったひとりの人間の命を踏みにじることなど、赤子の手をひねるほどに容易いことだろう。


「わたしが見たのは、倒れていた警邏と――そして、長い影。女性とも、男性ともつかない、ただの影です。まるで……そう、あの形は、――国教の神の姿。男でも女でもない……異形の(・・・)神」


 異形の神。

 ペルナ・レグルス――。

 おそらく、年齢はルカよりも年下だろう。

 まだ幼いくちびるが、異形の神、と、まるで憎々しげな色をまとわせたのを、イリスは感じた。

 

「それは一瞬のできごとでした。その影はまるで、地面に染み込んでいくようにして……消えたのです」

「男でも女でもない。なるほど。ひとりではなく、ひとりでもある。そう言っていたな」

「……そう、だな」


 イリスは先ほどから、ネア領領主、クロノの名を伏せている。ルカも倣って、何も言わないことにした。

 なにか、意図があるのだろう。


「だが、ルカは男だと断定した。ペルナ。おまえは男でも女でもない、と言った。それこそが真実なんだろ。この国を亡ぼす存在は確かにいた。魔術なんてくだらねぇものを使って、人間を殺すことができるなら――それこそ、シグリの面目丸つぶれだがな」


 魔術があれば証拠も何も残さず、ひとを殺すことができる。

 だがシグリは、「シグリ」という組織があるため、証拠は決して消えない。

 魔術という単語自体、民には知らされていないのだから。

 禁書になっている本以外には、その単語は、どの書物にも書かれていない。

 その禁書もイルマタルにある、女王が住む城以外には出されておらず、知るものもいないだろう。


「だからこそ、シグリ所属ではない、ただの――殺しのやり口が非常に鮮やかな貴方に依頼をしたいのです。ペルナ様を嗅ぎまわっている、それを殺害してくださいませんか?」

「殺すのは俺の唯一の手段だがな、部隊長……いや、シグリをだまして殺しをやることは禁じられていることを、おまえたちは知っているだろ」

「ええ、知っております」

「おまえ、俺の首が刎ねられても痛くも痒くもないだろうがな」


 イリスは一度黙り込み、冷めた目でケントゥリアとペルナを見据えた。


「俺は、先にやらなけりゃいけねぇことが、あるんだ」

「セハカ・ナル・エクロス。ルカ殿の父君を殺害する任務ですか」

「そうだ」


 ルカの肩が、緊張のためか硬くなる。

 ケントゥリアがなぜこの事を知っているのかなど、問題ではない。

 むしろ、知っていなくてはおかしい。


「セハカは、俺の手で必ず殺す。俺の手でなければいけない。そう、約束したからな」

「ケントゥリア。先約があるのならば、そちらを優先するのが道理でしょう?」

「ペルナ様。ですが……」

「約束は守ってこそのもの。わたしなら大丈夫」


 おそらくだが。

 ペルナは、これまで何らかのものに襲われていたのかもしれない。


「……話が終わったなら、出ていけ」

「約束はして頂けないのですか」


 ケントゥリアの、有無を言わせぬような言葉に、舌打ちをする。


「おまえ……シグリの掟を知っているはずだ。勝手に行動したシグリは、首を刎ねられる。……別に、寝床の上で死ねるとは思っちゃいねぇが、その時(・・・)は俺が決める。俺が死ぬのは、やりあって殺されるときだけだ。掟に殺されるような、無様な死に方はしねぇ」

「イリスを――、イリスを殺すような真似を、するな!」


 言葉に詰まったように、ルカが叫ぶ。

 ケントゥリア、そしてペルナがベッドから立ち上がったルカを見た。


「イリスだって人間だ。イリスだって、人の心を持っている。それなのに、なんで、そんな」


 そんな――。

 そんな、道具みたいな。

 なんで、そんな道具みたいな言い方しかできないんだ。


「ルカ。いい。俺はそういう男だ」


 人間として生きていくことを諦めた、とでもいうかのような。


 ふたりは何も言わず、ケントゥリアに背を押されるようにして、ペルナと共には部屋を出ていった。



 静寂だけが、部屋を満たす。

 ルカはベッドから立ち上がったまま、うつむいていた。


「ルカ」


 その声は今まで聞いたことのないほど、耳に心地のよいものだった。

 ルカがすわっていたベッドに、イリスがすわる。

 視界の端に、白銀の髪の毛が見えた。


「俺は、俺たちは、そういうふうにできているんだ」


 まるで、諭すように。


「だから、誰も気に病むことはない」

「……あんたはそれで、いいのか。シグリに……心を、殺されて、他の人間にも……心を殺されて、道具みたいに、人形、みたいに、そう、思われて」


 声がわずかにふるえている。

 怒っているのか――それとも、哀しんでいるのか。

 イリスには、分からない。


「おれ、おれは、いやだ……。あんたは、人間だ。女王の玩具でも、道具でも、人形でも……ない」

「ルカ」

「おれは殺されたっていいんだ。セハカの子どもだから。だっておれは何もしなかった。知っていたんだ。セハカが何をしていたのか。たくさんの……おれと同じか、下の女の子たちを、残酷な方法で……殺してたのを、見ていたんだ……」


 だから、殺されることなんて、たかがそんなこと。

 そんなことは、悔しくも、哀しくも、おそろしくも、ない。


「クロノも言っていただろ。おまえは、何も悪くない。被害者だと。俺も、そう思う」


 イリスの声はやさしかった。

 やさしいひとだと。ルカは思う。

 うわべだけの、安易なやさしさではない。

 こころからの、素直な、そして単純なものだった。

 だから、その言葉は本心そのものなのだろう。


「……シグリの部隊長と。それから……女王が、おれを殺せと、そう言ったなら……あんたは、おれを殺すんだろう」

「そうだな」

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