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リュナの王国  作者: イヲ
第四章・燎原の火
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 あいさつもさせずに、イリスは急くようにくちびるを開いた。

 それに応えたケントゥリアは、本題に入る。


「興味ねぇな」

「そうおっしゃると思いました。ですが、ご相談とはまさに、そのことなのですよ」

 

 きゅう、と。

 男の、薄いブルーの瞳が細められた。


「レグルス家は、誰一人として国教徒を出してないのはご存知ですね? それは聖典に関する教養がない、代々の当主様が貴方のように無神論者だから、というわけではありません」

「ああ」


 イリスは半ば投げやりに頷き、先をうながす。

 ケントゥリアのとなりに座っているペルナは、真剣な表情、あるいは緊張した面持ちで、イリスを見つめていた。


「簡単なことです。ただ単に、欲しいのですよ。――レグルス家の、(わざ)が。口伝のみで伝わる、その知識が」

「業、知識、ね……。そんなものがあの女の庇護をうける理由になるのか」

「もちろん。ええ、なりますとも。このカレヴァ王国に必要なもの(・・・・・)。それはヒトを操るための、業。そして、知識に他ならないのですから」

「……カレヴァ王国に必要なものじゃねぇ。あの女が(・・・・)必要なものだ。それは」


 そう吐き捨て、いらだちを隠すことなく。

 シグリを傘下に置き、レグルス家を利用する。

 さすが、あの女の考えそうなことだ、と。失笑するしかない。

 そしてその思考を読み取ったように、ケントゥリアはほほえみを浮かべ、「それはもちろん」とうなずいた。


「もちろん、知っております。それを知らないほど、当主様は愚かではありませんから」

「――それで、俺に何をしろというんだ?」

「次期当主になられるペルナ様のまわりに、小賢しく愚かで、そして救いようのない人間が、嗅ぎまわっているようです」

「シオンか」

「そうであるかもしれません」

「……あるかもしれない?」


 そして、この部屋にきて初めて――ペルナがくちびるを開いた。


「シオンのようで、シオンではないような。そんな気がするのです。シオンであるのならば、どうにかなります。ですが、曖昧な存在は、掴もうとするとするりと逃げてしまう。まるで、影のように」

「かげ」


 今までの会話の内容が頭に入っているのか、いないのか。

 ルカ自身も分からなかったが、彼女のことばを本能的にひろった。


「イリス……」


 ルカはその赤い目をイリスに向け、「魔術」ということばを使ってもよいのかどうか、と。尋ねようとしているようだ。

 軽くうなずき、立ち上がってネア領の領主――クロノから借りた複製本を取り出す。

 そして、ペルナにその本を見せた。

 その瞬間、彼女の顔色がさっと変わる。

 

「それは……!」

「ある人間から借りたものだ。中は見せられねぇが。顔色が変わったってことは、なにか知っているんだな。魔術(・・)について」

「イリスどの。これを持っていて、なにか変わったことは?」

「ああ、まあ……そういえばいたな。死人(しびと)()った奴が」

「死人を……」


 ペルナは考え込むようにくちびるに指をあてている。

 彼女のかわりに口を開いたのは、ケントゥリアだった。


「死人を繰ることは、まあ――女王にとって下劣のすることだ、と。首を刎ねるでしょうね。ですが、その魔術を使う人間は今のところ、見ていません。騎士団、シグリ、そしてペルナ様の目をかいくぐることができるものが――本当に人間なのかは。怪しいところですが」

「人間じゃないという、ことも……ある、のか?」

「ルカ殿。貴方の目で、それはどう見えましたか。人間に――見えましたか?」

「……いや……おれは、おれの、目には。人間には見えなかった……。でも」


 どうしても、どう考えても、どう見ても。

 あれは、見えなかった。あんな、濁った黒色をもつ、男なんて。

 けれど「男」と、はっきりわかっているのならば、もしかすると――人間なのかもしれない。


「ルカ殿がそうおっしゃるのならば、そうなのでしょう。人間にあらず、と、言い切るまでにはなっていない、ということも含めて」

「他のシグリにでも依頼したらどうだ。俺は違う依頼で手いっぱいだからな」

「いいえ。イリス殿。これは貴方にしかできません」


 ケントゥリアは、はっきりと、宣言するように言い放った。

 この男の言いたいことが、分かってきた。

「シグリのイリス」ではなく、イリス・トルンクヴィストに、依頼をしたいのだろう。


「貴方にとっても、そしてルカ殿にとっても悪い話ではないと思うのですが」

「あの男について、何か知っているのか」


 ルカの声は、わずかに不安をにじませている。

 顔の見えない男。

 その男はシオンではないことは分かっているため、ルカはことばを濁したのだろう。


「知っているといえば知っておりますが、ルカ殿が見た姿とは、違うかもしれません。なので同一人物かはあやしいところですが。それでもよろしければ、お話ししましょう」


 一回、うなずく。

 承知ととったケントゥリアは、むかしばなしをするように、目を細めて語り始めた。


「あれはひと月ほど前。私がペルナ様のお供をさせていただいた時です。レグルスのお屋敷に異変を感じました。いえ、感じたのはこちらの――ペルナ様なのですが。庭園に出ますと、ひとりの警邏が死んでいるのを発見しました。彼は外傷もなく、医師に依頼して身体を開いても、病気どころかいたって健康体だったようです。突然死に至るための何か(・・)さえ発見できませんでした。ですので――これを、レグルス家では魔術によって殺されたのだと。そう断定いたしました」

「魔術、ね……。まあ、医者が匙を投げたんじゃ、そうとしか思えねぇな」

「しかし、なぜ殺されたのかが分からないのです。その警邏は誰からも好かれるような人間でしたので。恨む人間などいない、と、口をそろえて他の警邏、はては当主様まで仰るのですから」


 それは表向きかもしれない。

 芝居を打っていたことも否定できない、と。

 そう思う。

 真っ向から他人を信じてはならない。

 表があれば必ず裏もある。


「おまえ、それが真実だとでもいうのか?」


 ケントゥリアの言葉を切り捨てるように。

 吐き捨てた。

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