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リュナの王国  作者: イヲ
第四章・燎原の火
33/49

 ケントゥリアの声は凪いでいて、自分が言ったことは正しいことなのだと。

 そのような自信さえ、あるようだった。


 イリスの目が、碧眼の目が、嫌悪にゆがむ。


「ああ、ああ、そうだな。俺たちがしてはいけないことなど、この王国にとって何一つないだろうよ」

「イリス……」

「ルカ。おまえはシグリのことをどう思っているのか知らねぇが、そういうもんなんだよ。俺たちは」

「いいえ。イリス殿。私は、シグリのことを申し上げたのではありませんよ」


 ペルナは何ひとつ、ことばを紡いでいない。

 ただ、ケントゥリアの言っている意味を全て理解はしているようだ。


イリス殿が(・・・・・)してはいけないこと(・・・・・・・・・)と、申し上げたのです」

「………」


 ルカの、ほおが。背中が。

 ぴりぴりと、なにかを感じている。

 こういう感覚は知らない。

 イリスから発せられている、「それ」。

 殺気、とか。気迫、とか。

 そういったちゃちなものではない。

 言うなれば――(いかづち)

 なにが、どうあって、そうなるのか。

 それさえ跳躍した、なにか。 

 天災と言われても、納得してしまうような。


「では――またのちほど。貴方がたが泊っていらっしゃる宿も、存じておりますので、こちらからお伺いいたします」


 優雅にケントゥリアはこうべを垂れると、ペルナも軽く頭をさげて、最初に座っていた席へ戻り、再びついたようだった。

 そして、何事もなかったかのように――デザートを口にしている。


「イリ、ス?」


 ルカがのぞき込むようにイリスの目を見た。

 そして、息をのむ。いや、呼吸が止まった、といったほうがいい。

 それほど。

 それほど、暗く、くすぶり、濁り、うつろで。

 しかし、与えられた光をそのまま返すような、水晶のような目をしていた。

 圧倒的な、矛盾を感じるその色。


「……あんたは」

「メシ、食うぞ」


 冷めちまう、と言って、イリスはスプーンを持った。

 それから食堂から二人が出ていった気配を感じたが、もう何も話すことはなかった。

 イリスとルカも。

 食堂から出るまで何もことばを交わすことはなかった。


 空から、いまだちいさな雪が舞っている。

 さして気にする様子もなく、ふたりは村を出た。

 イリスの足はオリアン領に初めて踏み入れた村へ向かっている。


「宿へ帰るのか、イリス」

「ああ」


 そっけない返事は、いつもとおなじ。

 すこしだけ、安堵した。

 (いかづち)のような気配も、もうない。


「あの二人が、いつ来るか分からねぇからな」


 その言葉は、ルカにとって驚くべきものだった。

 先ほどまでのイリスの態度だと、あの二人とはもう、会いたくはないと思っていたものだから。

 口には出さなかったけれど。

 

「あんたは、その……ケントゥリアっていう男を、どう思うんだ」


 イリスの後ろを歩くルカの疑問に、すこし考えるふうをしてから、こう言った。


「べつに。どうも」


 本当に、どうも思っていないような声色だった。

 表情は分からなかったけれど。

 いつものように、特別表情を浮かべることはないのだろう。


 宿がある村へつくと、先日とおなじように、幸福そうな表情をしている信徒が大勢歩いている。

 みな、噴水のほうへ向かっているようだった。


 宿のなかは暖かかったが、ひとがいなかった。

 誰ひとり。

 おそらく、祈りの時間が迫っているから噴水のほうへ向かっているのだろう。

 それはそれで、ありがたいのだが。

 あてがわれた部屋に入ると、ルカは暖炉に薪をくべた。


 やがて音をたてて薪が燃え、火が大きくなる。


 ベッドにすわって、それをぼうっと見つめているイリスは、やはり何を考えているのか分からない。

 ただ、座っているにも関わらず、腰には剣を佩いていた。


「ルカ」

「……?」

「おまえ、レグルス家のことを知っているか」


 しらない、とかぶりを振る。

 視線を決してあわせず、イリスは暖炉を見ながら息をついた。


「そうか。まあ、そうだろうと思ったよ。レグルスの家は女王ハルユに認められた、唯一無二の、カレヴァ王国のなかにある、もう一つの国家だ」

「そんなもの、が」

「ああ。あるんだよ。残念ながらな。ハルユのお気に入りの玩具のひとつでもある」

「玩具……」

「あの女はこの国のことを、ちっとも、何とも思っちゃいねぇよ」

「でも、平和を願っている」

「願うだけで叶うなら、そこらのガキでもできるだろ」


 もっともだ。

 願ったり、祈ったりしても、叶うことなどない。

 だが、ルカにとってあらゆる意味で命の恩人となった女王のことを、それほどまで――けなすことはできなかった。

 

「この王国は、あの女にとっての箱庭だ。いらないものは捨て、いるものは入れる。こんなものは、自然の淘汰(とうた)ではない。わがままで、傲慢で、狡猾で……たったそれだけの、つまらねぇ女だ。ガキのほうが、まだかわいげがある」

 

 憎んでいる、というわけではないが。と。イリスは言った。


「まあ、女王に可愛げなんぞ、求めちゃいねぇがな。国民も、俺たち(シグリ)も」

「それじゃ……まるで」


 まるで、シグリが国民扱いされていないような言い方じゃないか、と、そう言おうとした直後、ドアをノックする音が聞こえてくる。


「ケントゥリアです」

「入れ」


 イリスが促すと、すぐにドアが開く。ケントゥリアとペルナが入ってきた。

 ベッドの上にすわったままの二人を見ても、彼らはなにも言わない。

 ただ椅子があったため、イリスが視線だけで座るよう、促した。


「失礼します」


 それほど立派ではない椅子が、ペルナのような身ぎれいな少女がすわるとそれなりに見えるのが不思議だ。


「それで、相談ってのは何だ」

「レグルス家がなぜ、女王の庇護を受けていられるか、ご存知ですか?」

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