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リュナの王国  作者: イヲ
第四章・燎原の火
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 身ぎれいな服装。

 この地に住むエクロスの民のような、毛皮や厚い布、革を使ったものを身に着けていない。

 だが、この少女は空気をふくむような、薄い布地、くすんだ黄色のワンピースを身に着けていた。

 木のいすの背もたれには、厚い生地のコートがかけられている。

 髪は透けそうなほどの、見事な金髪をしていた。


 少女のうしろに控えている金髪とは言えない、くすんだ黄色の髪をした男は見たことはないが。

 ただ、神経質そうな表情をしている。


「知り合いか?」


 ルカが問うが、イリスは肩をすくめただけだ。


「いらっしゃいませ」


 若い女性の店員が、イリスとルカをテーブル席へ案内した。

 ふたりが椅子にすわり、適当に昼食を注文したあと、声をかけた少女がイリスへ近づいてくる。


「あの」


 鈴のような声だ、とルカは思い、その少女を見上げた。

 きれいな顔をした少女は、神経質そうな男を従えて、イリスを見つめている。


「あの、昨日はありがとうございました」

「……ああ」


 イリスは興味がないのか、その少女の顔すら見ずにあいまいに返事をした。

 こつ、と、男の靴が床をこする音が聞こえる。


「貴方がこちらの――」

「ケントゥリア。わたしから名乗ります」

 

 ケントゥリアと呼ばれた男を、イリスはやっと見上げる。


「わたしの名は、ペルナ。ペルナ・レグルス。あなたたち(・・)のことは知っています」

「レグルス? おまえ、まさか」


 ちら、と。

 ケントゥリアは、店員の姿を探すように視線をさ迷わせたが、すぐにペルナという少女に視線を戻した。

 その意味をイリスは、知っている。


 レグルス、という名。

 いや――家名(かめい)は、シグリにも届いていた。

 この国の女王にさえ意見できる、名家。

 レグルス家は、いわばこの国――カレヴァ王国のなかに存在する、もうひとつの国家だった。

 ハルユはそれを許したのだ。

 その事実こそが、レグルスの名をカレヴァ王国にとどろかせている。

 そして驚くべきことに、レグルス家は国教の信徒を誰一人として輩出していない。

 だがハルユはそれを受け入れ、レグルス家を王国のなかの、一国家として認めている。


 なにか。

 裏があるのだろう。

 シグリであるイリスも知らぬ、裏が。


 もっとも、イリスは興味などないが。


「そのお嬢様が、俺たちに何の用だ」

「わたしの命の恩人が、どんなかたなのか気になったのです」

「……へぇ」


 イリスは、椅子に立てかけてある自身の剣をひとめ、見据えた。

 この王国にとって、重要な人物が全員、善人ではないことをイリスはうんざりするほど知っている。

 だからこそ――レグルス出身のこの少女が悪人であるのか、善人であるのかイリスはまだ分からない。


 ルカ自身は、そのうつくしい人形のような少女を見たこともなければ、レグルスという名も知らなかった。

 レグルス家は、この王国に住むものならば誰でも知っているというわけではない。

 オリアン領のように、閉鎖的で国教徒がおおい領、村に知らぬ人間もいるだろう。


「貴方がたのことを、調べさせていただきました。シグリのイリス・トルンクヴィスト殿。このエクロス大陸の族長のご子息――セヴェリ・ルカ・エクロス殿」

「それはまた、下世話なはなしだ」

「そう睨まないでください。私はこちらの――ペルナ様がご無事ならばそれでよいのです。……悪いモノだったなら、振り払うことくらい、できましょう」


 底知れぬ、うすいブルーの目をしたケントゥリアは、それでも微笑んでいる。

 これは冗談とか、本気だとか、そういったものではなく。

 ただ真実を述べているのだ、と。

 それだけの力をもっているのだ、と。

 その目が、雄弁に物語っている。


「どうでもいい。……もう一度聞く。俺たちに、何の用だ」

「わたしの命はあなたに救われたのです。その、お礼をと」

「礼なら、部隊長に伝えてくれ。部隊長の評価が俺の評価につながる」


 イリスはふたりに興味も関心もないようで、視線を外し、投げやりに呟いた。

 困ったように立っているペルナは、ルカの姿を目に移してから、にこりと微笑んだ。

 邪気のひとつもない、ほほえみだった。

 死に神の目で見ても、一点の陰りもない――ただの、少女の笑み。


「ルカどの。あなたの目から、わたしはどう映っていますか? なにか、気になるところでもありますか?」

「……いや」


 どもるように呟くと、ペルナはすべてを察したように、安堵した表情でふたたび笑む。

 不自然なほど、清浄だった。

 この村にいる敬虔な教徒より、清廉な村人より、彼女は――清浄だった。

 

「貴方がたに、相談がございます」


 いやに丁寧に、ケントゥリアは頭をふかく下げた。

 イリスはひどく面倒くさそうに、そして嫌そうに、顔をゆがめる。


「言ってみろ」


 表情とは逆に、イリスは彼を否定しなかった。

 それがすこし、意外だった。


「ここでは。すこし」

「これだから国というのは面倒で、嫌なんだ」

「貴方が言うのならば、そういうものなのでしょうね」


 ケントゥリアは読めない表情で、目を細める。

 イリスに――あるいは、シグリに決して敵意をむけない、という、宣誓にも聞こえた。


「すべては貴方の思うがまま。命を摘み取るのも、生かすのも。すべて」

「おまえ」


 なにかを言おうとした直後、すぐにくちびるを閉じる。

 店員が、料理を持ってきたからだ。

 久しぶりの鹿肉と、わずかばかりの野菜、あたたかいコンソメスープと、硬そうなパン。

 店員は料理皿を置いて、すぐに去っていった。

 おそらくだが、ルカの姿を恐れてのことだろう。


 そして――そして、ケントゥリアは、つづけた。


「この王国……カレヴァ王国において、貴方がしてはいけないことなど、何一つないのですから」

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