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身ぎれいな服装。
この地に住むエクロスの民のような、毛皮や厚い布、革を使ったものを身に着けていない。
だが、この少女は空気をふくむような、薄い布地、くすんだ黄色のワンピースを身に着けていた。
木のいすの背もたれには、厚い生地のコートがかけられている。
髪は透けそうなほどの、見事な金髪をしていた。
少女のうしろに控えている金髪とは言えない、くすんだ黄色の髪をした男は見たことはないが。
ただ、神経質そうな表情をしている。
「知り合いか?」
ルカが問うが、イリスは肩をすくめただけだ。
「いらっしゃいませ」
若い女性の店員が、イリスとルカをテーブル席へ案内した。
ふたりが椅子にすわり、適当に昼食を注文したあと、声をかけた少女がイリスへ近づいてくる。
「あの」
鈴のような声だ、とルカは思い、その少女を見上げた。
きれいな顔をした少女は、神経質そうな男を従えて、イリスを見つめている。
「あの、昨日はありがとうございました」
「……ああ」
イリスは興味がないのか、その少女の顔すら見ずにあいまいに返事をした。
こつ、と、男の靴が床をこする音が聞こえる。
「貴方がこちらの――」
「ケントゥリア。わたしから名乗ります」
ケントゥリアと呼ばれた男を、イリスはやっと見上げる。
「わたしの名は、ペルナ。ペルナ・レグルス。あなたたちのことは知っています」
「レグルス? おまえ、まさか」
ちら、と。
ケントゥリアは、店員の姿を探すように視線をさ迷わせたが、すぐにペルナという少女に視線を戻した。
その意味をイリスは、知っている。
レグルス、という名。
いや――家名は、シグリにも届いていた。
この国の女王にさえ意見できる、名家。
レグルス家は、いわばこの国――カレヴァ王国のなかに存在する、もうひとつの国家だった。
ハルユはそれを許したのだ。
その事実こそが、レグルスの名をカレヴァ王国にとどろかせている。
そして驚くべきことに、レグルス家は国教の信徒を誰一人として輩出していない。
だがハルユはそれを受け入れ、レグルス家を王国のなかの、一国家として認めている。
なにか。
裏があるのだろう。
シグリであるイリスも知らぬ、裏が。
もっとも、イリスは興味などないが。
「そのお嬢様が、俺たちに何の用だ」
「わたしの命の恩人が、どんなかたなのか気になったのです」
「……へぇ」
イリスは、椅子に立てかけてある自身の剣をひとめ、見据えた。
この王国にとって、重要な人物が全員、善人ではないことをイリスはうんざりするほど知っている。
だからこそ――レグルス出身のこの少女が悪人であるのか、善人であるのかイリスはまだ分からない。
ルカ自身は、そのうつくしい人形のような少女を見たこともなければ、レグルスという名も知らなかった。
レグルス家は、この王国に住むものならば誰でも知っているというわけではない。
オリアン領のように、閉鎖的で国教徒がおおい領、村に知らぬ人間もいるだろう。
「貴方がたのことを、調べさせていただきました。シグリのイリス・トルンクヴィスト殿。このエクロス大陸の族長のご子息――セヴェリ・ルカ・エクロス殿」
「それはまた、下世話なはなしだ」
「そう睨まないでください。私はこちらの――ペルナ様がご無事ならばそれでよいのです。……悪いモノだったなら、振り払うことくらい、できましょう」
底知れぬ、うすいブルーの目をしたケントゥリアは、それでも微笑んでいる。
これは冗談とか、本気だとか、そういったものではなく。
ただ真実を述べているのだ、と。
それだけの力をもっているのだ、と。
その目が、雄弁に物語っている。
「どうでもいい。……もう一度聞く。俺たちに、何の用だ」
「わたしの命はあなたに救われたのです。その、お礼をと」
「礼なら、部隊長に伝えてくれ。部隊長の評価が俺の評価につながる」
イリスはふたりに興味も関心もないようで、視線を外し、投げやりに呟いた。
困ったように立っているペルナは、ルカの姿を目に移してから、にこりと微笑んだ。
邪気のひとつもない、ほほえみだった。
死に神の目で見ても、一点の陰りもない――ただの、少女の笑み。
「ルカどの。あなたの目から、わたしはどう映っていますか? なにか、気になるところでもありますか?」
「……いや」
どもるように呟くと、ペルナはすべてを察したように、安堵した表情でふたたび笑む。
不自然なほど、清浄だった。
この村にいる敬虔な教徒より、清廉な村人より、彼女は――清浄だった。
「貴方がたに、相談がございます」
いやに丁寧に、ケントゥリアは頭をふかく下げた。
イリスはひどく面倒くさそうに、そして嫌そうに、顔をゆがめる。
「言ってみろ」
表情とは逆に、イリスは彼を否定しなかった。
それがすこし、意外だった。
「ここでは。すこし」
「これだから国というのは面倒で、嫌なんだ」
「貴方が言うのならば、そういうものなのでしょうね」
ケントゥリアは読めない表情で、目を細める。
イリスに――あるいは、シグリに決して敵意をむけない、という、宣誓にも聞こえた。
「すべては貴方の思うがまま。命を摘み取るのも、生かすのも。すべて」
「おまえ」
なにかを言おうとした直後、すぐにくちびるを閉じる。
店員が、料理を持ってきたからだ。
久しぶりの鹿肉と、わずかばかりの野菜、あたたかいコンソメスープと、硬そうなパン。
店員は料理皿を置いて、すぐに去っていった。
おそらくだが、ルカの姿を恐れてのことだろう。
そして――そして、ケントゥリアは、つづけた。
「この王国……カレヴァ王国において、貴方がしてはいけないことなど、何一つないのですから」




