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リュナの王国  作者: イヲ
第四章・燎原の火
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 ルカは、比較的早く見つかった。

 噴水のところだ。

 残った騎士団以外、住民は外にでてはいない。

 シオンと騎士団が戦った後だ、警戒するのも無理はないだろう。


「ルカ。宿のなかにいろっていっただろ」

「……あんたが、殺した人間を見てた」

「それで、どうかしたか」

「剣を抜いていなかった」

「そうだな」


 ルカは半ば呆然と、噴水の真ん中にそびえたっている石像を見上げていた。


「言っただろ。俺は女、子ども、老人、剣を持たねぇ人間も殺してきたって」


 いまさら。

 そう。

 いまさら、だ。


「今更、俺が怖くなったか。寝首を掻くかもしれねぇって」

「そんな、無意味なこと。イリス、あんたはしない」

「そうだな。そろそろ、宿に戻るぞ」

「……わかった」

 

 ルカは素直にうなずき、イリスのあとをついてきた。

 なぜ、噴水のある広場にいたのかは分からないが、なにか、見出したのかもしれない。

 神、というものに。

 イリスには、一生分からないものだろうが。


 信じたければ、信じればいい。

 信じられなければ、信じなければいい。


 そういうのが、人間だろう。


 宿に戻り、イリスは早々に風呂に入った。

 

 残ったルカは、ベッドの上で天井を見上げていた。

 イリスが言ったことは、人でなしがすることだろう。

 剣を抜いていない人間を、殺すこと。

 どう見ても、イリスが悪だろう。

 けれど。

 けれど、ルカはイリスを悪だからと言って、そう言い捨てることはできない。

 なぜか、は、分からない。

 嫌えたなら、楽だったかもしれないだろう。

 それでもイリスのことを、嫌えない。

 こわい、とは思えない。


 それでも、イリスが剣を抜かないシオンを殺した瞬間を、見たとき。

 ただ、どうして、とおもった。

 純粋に。

 どうして、殺したのだろう、と。

 ただ、見たくなかったのかもしれない。


「ルカ、あいたぞ」

「……ああ」

「……どうかしたか」

「すこし、考えごと、を、していた」

 

 イリスは軽く相槌をうつと、自分のベッドの上にすわった。


「風呂入ってきたら、聞く。どうせ、シオンのことだろ」


 ひとつ、うなずく。

 ルカにとって、シオンは確かに許せない存在だ。

 かといって、剣を抜いていない人間を殺していいのかと言われれば、分からない。

 分からない。

 なにも、今は。

 イリスのいうとおり、風呂に入ってからにしよう、と。

 そう思っているのに。

 

 イリスの、呆れたようなため息が聞こえてくる。

 

「おまえな、考えすぎなんだよ」

「……え」

「人間ひとりの命は確かに重い。だけどな、それでもどうしようもねぇこともある。俺みたいな奴がいる限り、こういうのは、なくならねぇだろうよ」

 

 暗に、シグリがなくならない限り、と言っているようだった。

 実際、そうなのだろうけれど。

 シグリもシオンもいらない国になれば、本当はいいのだろう。

 女王の、言うとおりの「平和な国」になるのだ。


「だがな。平和な国なんぞ、どこにもねぇ。何かしら、大なり小なり争いがある。国民全員が全員、そう(・・)だったなら――俺は、そんな国に住みたくもねぇな」


 冷たく、言い放つ。

 争いだけがある国がいいとは言っていないが、まったく争いのない国がいいとも言っていない。

 バランスが、あるのだろう。

 イリスの思う、バランスが。

 理想、などではない。

 ただ、あるべき姿として、そう思っているのだろう。

 

「軽く考えろなんて言わねぇが、そう深く考えてると、世の中、全部悪く見えるぞ」

「……あんたが、そんなこと言うんだな」

「ガラじゃねぇってわかってるさ」


 イリスは、かすかに笑った。

 笑ってはいるが、どこか羨望にも似たような、表情が見え隠れしている。

 イリスとて、ひとを殺すことが好きだというわけではないはずだ。


「けど、あんたの言っていることは間違ってない」

「まあ、押し付けることはしねぇよ」


 それだけ言うと、ベッドの上に横になった。

 長めの前髪で目は見えないが、もう眠るために閉じているだろう。


「……あんたは、やさしいな」


 呟くが、イリスは眠ったのか、返事はなかった。

 ルカは立ち上がり、脱衣所にむかう。

 衣服を脱ぐ。

 蚯蚓腫れは、もう薄くなっている。

 おそらく、きれいに消えることはないだろうけれど。

 それでも、薄くなっていることには安堵する。


「……おれは」


 どうしたいのだろう。


 イリスのように、堅牢な意思があるわけでも、ひとをためらわずに殺すこともないし強くもない。

 おそらくどこにでもいる存在のはずだ。


 ――おまえは、どうしたい?


 鏡にうつる自分が問いかける。

 赤い目。

 黒い髪。

 死に神の、おもて。

 今までは、呪っていた。

 この姿に生まれてしまったことを。


 けれどイリスは、嫌な顔をすることも、自分が天の御使いの姿だからと言って、ののしることもなかった。


 ――どうしたい?

 ――おまえは。

 ――顔をしかめることも、罵ることもないから、どうなんだ?

 ――だから、やさしい、と。そう思っているのか?


 ちがう。

 だから、じゃない。


 でも。

 そばに、いたいと思った。

 いちばん、となりにいたいと思った。


 イリスのことを、もっと。もっと、知りたい、と。

 思った。


 バスタブに、体をつける。

 沁みることはないけれど、どこか、こころが痛んだ。


「……どうして、こんなに痛いんだ」


 体は、もう痛くない。

 鞭で打たれることはないから。


 けれど、代わりに胸が痛む。

 どうして。


 目を閉じるとイリスの持つ、うつくしい剣が思い浮かんだ。

 その剣。

 その剣は、いつかルカの身を穿つのだろうか。

 族長の息子だから、と。

 殺されるのだろうか。

 いつか。


 それでも、イリスに殺されるならば、それが一番いい、と。

 そう思った。

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