3
ルカは、比較的早く見つかった。
噴水のところだ。
残った騎士団以外、住民は外にでてはいない。
シオンと騎士団が戦った後だ、警戒するのも無理はないだろう。
「ルカ。宿のなかにいろっていっただろ」
「……あんたが、殺した人間を見てた」
「それで、どうかしたか」
「剣を抜いていなかった」
「そうだな」
ルカは半ば呆然と、噴水の真ん中にそびえたっている石像を見上げていた。
「言っただろ。俺は女、子ども、老人、剣を持たねぇ人間も殺してきたって」
いまさら。
そう。
いまさら、だ。
「今更、俺が怖くなったか。寝首を掻くかもしれねぇって」
「そんな、無意味なこと。イリス、あんたはしない」
「そうだな。そろそろ、宿に戻るぞ」
「……わかった」
ルカは素直にうなずき、イリスのあとをついてきた。
なぜ、噴水のある広場にいたのかは分からないが、なにか、見出したのかもしれない。
神、というものに。
イリスには、一生分からないものだろうが。
信じたければ、信じればいい。
信じられなければ、信じなければいい。
そういうのが、人間だろう。
宿に戻り、イリスは早々に風呂に入った。
残ったルカは、ベッドの上で天井を見上げていた。
イリスが言ったことは、人でなしがすることだろう。
剣を抜いていない人間を、殺すこと。
どう見ても、イリスが悪だろう。
けれど。
けれど、ルカはイリスを悪だからと言って、そう言い捨てることはできない。
なぜか、は、分からない。
嫌えたなら、楽だったかもしれないだろう。
それでもイリスのことを、嫌えない。
こわい、とは思えない。
それでも、イリスが剣を抜かないシオンを殺した瞬間を、見たとき。
ただ、どうして、とおもった。
純粋に。
どうして、殺したのだろう、と。
ただ、見たくなかったのかもしれない。
「ルカ、あいたぞ」
「……ああ」
「……どうかしたか」
「すこし、考えごと、を、していた」
イリスは軽く相槌をうつと、自分のベッドの上にすわった。
「風呂入ってきたら、聞く。どうせ、シオンのことだろ」
ひとつ、うなずく。
ルカにとって、シオンは確かに許せない存在だ。
かといって、剣を抜いていない人間を殺していいのかと言われれば、分からない。
分からない。
なにも、今は。
イリスのいうとおり、風呂に入ってからにしよう、と。
そう思っているのに。
イリスの、呆れたようなため息が聞こえてくる。
「おまえな、考えすぎなんだよ」
「……え」
「人間ひとりの命は確かに重い。だけどな、それでもどうしようもねぇこともある。俺みたいな奴がいる限り、こういうのは、なくならねぇだろうよ」
暗に、シグリがなくならない限り、と言っているようだった。
実際、そうなのだろうけれど。
シグリもシオンもいらない国になれば、本当はいいのだろう。
女王の、言うとおりの「平和な国」になるのだ。
「だがな。平和な国なんぞ、どこにもねぇ。何かしら、大なり小なり争いがある。国民全員が全員、そうだったなら――俺は、そんな国に住みたくもねぇな」
冷たく、言い放つ。
争いだけがある国がいいとは言っていないが、まったく争いのない国がいいとも言っていない。
バランスが、あるのだろう。
イリスの思う、バランスが。
理想、などではない。
ただ、あるべき姿として、そう思っているのだろう。
「軽く考えろなんて言わねぇが、そう深く考えてると、世の中、全部悪く見えるぞ」
「……あんたが、そんなこと言うんだな」
「ガラじゃねぇってわかってるさ」
イリスは、かすかに笑った。
笑ってはいるが、どこか羨望にも似たような、表情が見え隠れしている。
イリスとて、ひとを殺すことが好きだというわけではないはずだ。
「けど、あんたの言っていることは間違ってない」
「まあ、押し付けることはしねぇよ」
それだけ言うと、ベッドの上に横になった。
長めの前髪で目は見えないが、もう眠るために閉じているだろう。
「……あんたは、やさしいな」
呟くが、イリスは眠ったのか、返事はなかった。
ルカは立ち上がり、脱衣所にむかう。
衣服を脱ぐ。
蚯蚓腫れは、もう薄くなっている。
おそらく、きれいに消えることはないだろうけれど。
それでも、薄くなっていることには安堵する。
「……おれは」
どうしたいのだろう。
イリスのように、堅牢な意思があるわけでも、ひとをためらわずに殺すこともないし強くもない。
おそらくどこにでもいる存在のはずだ。
――おまえは、どうしたい?
鏡にうつる自分が問いかける。
赤い目。
黒い髪。
死に神の、おもて。
今までは、呪っていた。
この姿に生まれてしまったことを。
けれどイリスは、嫌な顔をすることも、自分が天の御使いの姿だからと言って、ののしることもなかった。
――どうしたい?
――おまえは。
――顔をしかめることも、罵ることもないから、どうなんだ?
――だから、やさしい、と。そう思っているのか?
ちがう。
だから、じゃない。
でも。
そばに、いたいと思った。
いちばん、となりにいたいと思った。
イリスのことを、もっと。もっと、知りたい、と。
思った。
バスタブに、体をつける。
沁みることはないけれど、どこか、こころが痛んだ。
「……どうして、こんなに痛いんだ」
体は、もう痛くない。
鞭で打たれることはないから。
けれど、代わりに胸が痛む。
どうして。
目を閉じるとイリスの持つ、うつくしい剣が思い浮かんだ。
その剣。
その剣は、いつかルカの身を穿つのだろうか。
族長の息子だから、と。
殺されるのだろうか。
いつか。
それでも、イリスに殺されるならば、それが一番いい、と。
そう思った。




