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リュナの王国  作者: イヲ
第一章・カレヴァの王国
3/49

 礼拝堂(カペレ)に配置されている椅子に座り、だいぶ時間がたった。


「私に敬語を使わないひとなんて、この国じゃあなただけよ」


 先に口を開いたのは女王で、その言葉にはかすかな親愛の欠片が見て取れる。

 イリスは椅子の背もたれに背を預け、行儀悪く足を組んだ。

 だがハルユは咎めることもなく、ただ背筋を伸ばしてステンドグラスを眺めているだけだ。


「本題にはまだ入らないのか」

「あら、妹から受け取ったメモ、見てないの?」

「俺は注意深いんでね。あんな街中で見ねぇよ」

「そうだったわね。あなたはそういう人だった。こう書いてあったのよ。エクロスに向かえって。それなのに、私に会いに来てしまったんだもの。まあ、それはそれで嬉しい再会だったけれど」

「それはどうも」


 エクロス大陸。

 イルマタルからはるか北にある寒冷地だ。

 彼らはエクロスの民と自称し、狩猟をして生計を立てているという。

 地名は知っているが、行ったことのない場所だ。

 

「また暗殺したい奴がいるのか」

「そんなにしょっちゅういるわけではないわ。まあ、候補はいるけれど」

「そうかい。で、何をしたいんだ。俺は休暇をもらったばかりなんだが」

「それは悪かったわね。けど、あなたに会ってほしい人がいるのよ」


 ハルユは視線をまっすぐステンドグラスに向けたまま、囁くように呟いた。


「セヴェリ・ルカ・エクロス。エクロスの族長の息子。彼に会ってほしいの」

「理由は?」

「エクロスに候補がいるからよ。族長直々に手紙が来てね。シグリに協力してほしいっていうこと」

「……面倒くせぇな……」

「何か言った?」

「別に」


 イリスは立ち上がり、礼拝堂を出るために仰々しい扉の取っ手にふれる。


「お祈りはしていかなくてもいいの?」

「あいにく、俺は無神論者だからな。女王陛下と違って」


 皮肉げに笑うと、そのまま扉を閉めた。


 途中で近衛兵に会ったが、イリスのことを見向きもしない。

 それが当然のことだ、とでもいうかのように。


 城の外に出る。

 風が吹いていた。

 この城は高い場所にあるため、周りの風景がよく見える。

 黒い鳥の目がじっとこちらを見ていた。

 イリスには動物のことばは勿論分からないし、何かを伝えようと思っていても特別、気にかけはしない。

 だが、その鳥の赤い目からは目を放せなかった。

 黒い鳥は不吉だと、魔の使いだと聞いたことがある。

 イリスはそんなもの信じないが、腰にさげた刀の柄を握った。

 それを見たのか、鳥は大きな翼を広げて北の方へ飛び去って行く。


「北か……」



 遠いな、と、胸中でつぶやいた。

 ここからだと、汽車で行くしかない。ひたすら歩いていくこともできなくはないが、疲れるし、途中で宿に泊まらねばならないので、金銭的にはさほど変わらないだろう。

 そもそも、交通費はむこう(シグリ)持ちなのだから、関係ないのだが。


 イリスはふたたび街へもどり、そのまま城下町を出た。

 門番は何も言わず、ただ軽蔑と、怖れのまなざしをイリスにむけていた。

 荷物はない。邪魔になるだけだ。

 金は後払いとなる。

 交通費くらい、先払いでもいいと思うのだが。



「………」


 巨大なホールのような駅が、目の前に広がった。

 灰色のコンクリートで敷き詰められた、建築物のゲートに入る。門番は、彼の姿を見ると城下町の門番とおなじような目でイリスを見送った。

 別にかまわない。

 イリスたちシグリは、シグリを知っている者たちにとってはハイエナのようなものだ。

 平和という当たり前(・・・・)のものに群がる、きらわれもの。それがシグリだった。


 ホールのなかは広く、ここから10か所ほど道がわかれている。それぞれ、別に駅につながれているのだ。

 ホールの真ん中には噴水があり、そこにコインを投げ入れると幸福になれる、というジンクスがあるが、イリスは見向きもせずに、10の道のうちのひとつの道を迷いなく選び、まっすぐ歩いていく。

 すれちがう人もおおい。大きな荷物を手に持っていたり、恋人同士だろうか、手をつないで仲睦まじく身を寄せ合っていたり、家族であろう、5、6人を連れだって歩いている姿が多く見てとれた。


 イリスはその大勢の人間を縫うようにすりぬけ、目的の切符売り場へむかう。

 ガラスのむこうで、ぶっきらぼうに切符を渡す女性と、目が合った。

 彼女は明らかに顔を輝かせ、にっこりとほほえむ。

 どうやら彼女は信仰者らしい。イリスにとっては関係のない話だが。

 

「エクロス大陸まで」

「かしこまりました」


 手際よく切符にインクがついた判子を押し、手渡す。


「あなたに、神のご加護がありますように」

「どうも」


 手渡された切符をおざなりに受け取ると、一応確認する。

 エクロス行き。たしかに書いてある。

 腰に下げた袋に押し込み、そのまま駅の最も奥まったところへ向かった。


 エクロス行きの汽車に乗る人間は少ない。

 その理由は分かる。

 わざわざ、何もない大陸へ行くようなものだ。

 エクロスに春はおとずれない。

 一年中、雪がふっている。

 野菜がとれず、冬ジカの肉や、熊の肉を食べて生活し、またその肉をほかの土地に出して、野菜を仕入れているところもある。

 エクロス大陸と名はいいが、地形は山が占める割合がほとんどで、人が住める場所はかなり少ない。

 全人口を合わせても、1万人いるかいないかだろう。

 その大陸のトップ――ハルユは「族長」と言っていたが、その子どもということは、かなり地位の高い人間ということになる。


 面倒な人間ではないといいが、と思い、イリスは黒い煙をあげて走ってくる汽車を見つめた。

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