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夕食は特別豪華なものではなかったが、腹を膨らませるには十分なものだった。
まわりの人間たちは何もしゃべることはせず、ただもくもくと食事をとっている。
無論、イリスもルカもここで目立ってはいけないということは知っている。
だが、剣を放すことはしない。
もしも、ということもある。
だが、閉鎖的で国教徒が多い領だ。争いは好まないことは知っているし、確率は低いだろう。
「………」
ふいに、イリスの食事をとる手がとまる。
なにかに集中するような目で、食事をじっと見下ろした。
「……イリス?」
ごくごくちいさな声で、名をよぶ。
ナイフとフォークを机に置くと、イリスはくちびるに指を当てた。
「待ってろ」
「……どこにいくんだ」
「ハンネが来ている」
「騎士団の副団長の……」
「ああ。行ってくる。飯、食ってろ。食い終わったら部屋で待ってていい」
「分かった」
椅子から立ち、食堂をぬけて扉を開ける。
思ったとおり、ハンネが壁に背をもたれて立っていた。
「どうだった」
「セハカの身柄は確保できなかった」
「なんだと?」
「まだ、調査中ということ。確固たる立証がない以上、騎士団では確保できない」
「……騎士団では、ね」
ハンネはいつもと同じ、銀髪をきつく後ろで詰めた髪型をしているが、やはり寒いのか、鎧の上に外套を羽織っている。
騎士団ではこれ以上、今のところ何もできない。
そういうのならば、シグリとして動け、ということなのだろうか。
もっとも、女王や部隊長が動かなければ何もできないのだが。
「けれど、姉上は動いている。おそらく、シグリの部隊長も」
「……ルカから、依頼されたのは俺だ。俺以外に、セハカは殺させない」
「人をきにかけてるなんて、初めてじゃないの、イリス」
「そうでもねぇよ」
「まあ、そういうことにしておく。報告はそれだけ。わたしはこれからイルマタルに戻るから。旅は、続けるんでしょう」
「ああ、まぁな」
ハンネはどこか呆れたような顔をして「そう」と、うなずいた。
「あまり、無理しないように。と、姉上から言付かってる。……色々、あるんでしょう」
「そう思うなら、こんなところに飛ばすな、と言っておけ」
「気が向いたらね」
彼女は壁から背を離し、腕を組む。
そして、ちらりとなにかに目配せをするように視線を動かした。
イリスのうしろに、騎士団の団員がいるのだろう。
ハンネが、剣を抜く音が聞こえた。
「……シオンか」
「そうみたいね。オリアン領まで追いかけてくるなんて、イリスは人気ある」
「言ってろ」
ハンネに倣い、イリスも剣を抜く。
シオンの数はおおよそ、10人ほどいるだろう。
新雪が固まったせいで、この辺りのシオンが集まったのかもしれない。
「総員、住民を守れ。わたしは頭を叩く!」
遠くで少女らしく悲鳴が聞こえる。
「ち……っ」
おそらくだが、ハンネたち騎士団は気づいていない。
「イリス!?」
悲鳴を聞き当てたのか、宿屋からルカが血相を変えて出てきたが、イリスは今は人命が先決だと判断し、ルカへ手短に「宿に入っていろ」とだけ、伝えた。
新雪はすでに固まり、滑りやすくなっている。
宿屋の影。
そこに、少女はいた。
シオンに襲われている少女は、身ぎれいな恰好で、この辺りの住民としては服装が変わっている。
「おい、そこの。シオンの連中だろ」
「………」
シオンの男は2人、いた。
しかし剣は抜いてはおらず、少女の手首をつかみ、連れ去ろうとしているのは明白だ。
「は、放して!」
「くそ……っ! こい! お前はこいつの相手し……」
イリスの切っ先は、手首をつかんでいる男の首元にある。
もうひとりは、既に殺した。
剣を抜いていない男を殺すのは、楽だった。
「その手、どけろ」
「ひ……」
「聞こえなかったか。放せ、と言っているんだ」
シオンは怯え、少女の手首をようやく放したところで、ハンネが来たようだった。
「……あなたは……」
ハンネはその少女と顔見知りのようだったが、すぐに剣を抜き、シオンへ切っ先を向けた。
「動くな。貴様の身柄は我々騎士団が拘束する」
「………」
シオンの男ひとり殺さなかったが、騎士団に任せておけば、そのうち処断されるだろう。
女王は、何よりもシオンを嫌っているからだ。
ハンネ直属の部下が、男を後ろ手に拘束し、連れて行くようだった。
「大丈夫ですか。たしか、あなたは――」
「……ありがとうございます。あの、私は、その」
「分かりました。お忍び、ということですね」
「すみません……」
「ですが、お供もつけずに、というのはいけませんね」
ハンネは少女となにかをしゃべっているが、イリスにとってはどうでもいい情報のようだった。
「じゃあな、ルカを一人にしているから戻る」
「わかった」
「……ハンネ」
「なに?」
「余計なことを、言うなよ。ルカに」
「――そうね」
鞘に剣をようやく納め、騎士団から背を向ける。
宿屋に戻ると、騎士団の何人かが、夕食を終えた客に事情聴取をしているようだった。
そのなかに、ルカはいない。
おそらく、部屋に戻ったのだろう。
「ルカ……?」
わずかなざわめきのなか、部屋に入るが、ルカはそこにいなかった。
軽く舌打ちをし、再び外に出る。
雪は降っていなかったが、だいぶ冷え込んでいた。
街灯はついているが、人の気配はすでにない。
騎士団の人間の気配がするくらいだ。
「おい」
残ってシオンの残党がいないか見張りをしている騎士団の男に、声をかける。
「……なにか」
「セヴェリ・ルカ・エクロスを見なかったか。俺よりも頭一つ分くらい背の低い男だ」
「ああ……エクロスの族長のご子息か。見なかったな。シオンどもも見ていないから、おそらくさらわれた、ということはないと思うが」
「そうか。任務、ご苦労さん」
口だけで労り、ルカを探すために街中へ向かった。




