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リュナの王国  作者: イヲ
第四章・燎原の火
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 光が雪に反射し、めまいを覚えるほど、まぶしい。

 新雪は誰も踏んだあとがなく、ただやわらかくそこにあった。


 歩きづらいが、今のところ追手も来ていない。


「少し、休憩するか」


 太陽が真上にきたころ、イリスが切り出した。

 ちょうど、岩がせり出ている場所がある。そこに腰をおろして、アイラから渡されたパンにかじりつく。

 硬いが、腹持ちは良さそうだ。


「ネア領は、もう大丈夫なのか」

「あいつがいるだろ。殺さずに生かすことができる奴は、本当に強い人間だからな。ネア領の警邏も、あんなことがあった後だ。警備を強化しているだろうし、油断しなければ、大丈夫なはずだ」


 イリスは、ミルナのことを強い、と言った。

 殺さずに生かすこと。

 それができる人間は、強い、と。


 だが、ルカには分からない。

 それが、本当に強いことなのか、と。

 たぶん、イリスとミルナが戦ったとすれば、イリスが勝つだろう。

 ミルナは、ひとを殺せないから。

 イリスは、ひとを殺せるから。

 彼は殺すことしかできない、から。

 生と、死。

 それを誰よりも分かっているのは、イリスのほうだろう。


 そして、どっちつかずの自分は、ミルナよりもずっと弱い――。


「ルカ」

「……?」


 指先についたパンくずを払いながら、イリスはふいにルカの名を呼んだ。


「おまえは、そのままでいい」

「え――」

「そろそろ行くぞ」


 ルカのことばを待たずに、そのまま背を向け、歩き出す。


 そのままでいい、というわけにはいかない。

 自分では。

 ルカ自身は、変わらなくてはいけないと思う。

 弱いままなら、きっとイリスの隣に立つ資格もない。

 イリスがそれを否定したとしても、ルカ自身がゆるさない。


「イリス」

「あ?」

「ひとは、変わる、と思う」

「ああ、そうだな。不変なんてことはねぇ」

「けどあんたは、そのままでいいと言った」

「……そうだな。俺の、自分勝手な願いだ」


 目をあわせず、ただ淡々とこたえるイリスの背中を見る。

 新雪を足でかきわけながら、ただただ歩いた。


「そろそろ、オリアン領だ」

「そうか」

「あんたは、神を信じていないんだろう」

「まぁな」

「前も言ったが、オリアン領は、国教徒がおおい。だから、あまり目立った言動はしないほうがいい、と思う」

「分かったよ」


 オリアン領の門が見えてきた。

 門番は長い槍を持ち、イリスとルカを見つけると、にこりとほほえんだ。

 ただの旅びとだと、思っているのだろう。

 オリアン領は、国教徒がおおいため、巡礼の地としても知られている、とルカは言った。


「巡礼のかたがたですか?」

「ああ、まあ、そんなものだ」

「そうですか。どうぞ」

 

 答えたのはイリスだった。

 意外だったが、オリアン領は閉鎖的だ。たしかに巡礼者と思われたほうが、動きやすいかもしれない。

 

「なに、ぼうっとしてんだ。いくぞ」

「あ、ああ……」

 

 街の中を行きかう人間は、みな穏やかな表情をしていた。

 幸福そうな表情で、同じ方角へ向かってゆく。

 イリスはその方角を見ると、巨大な噴水があった。

 噴水のまわりには、教徒が大勢集まり、手を合わせている。

 水を吐き出している中心の白磁の石は、国教のシンボルである石像が立っていた。


「あそこが巡礼地のようだな」

「そう、だな。行くのか」

「いや。興味ねぇからな。今日はもうじき夜がくる。宿を探したほうがいいんじゃねぇか」

「わかった」


 巡礼者の波をかき分けるように石畳を歩き、宿をさがす。

 ここの多くは建物は石でできているのか、どこか寒々しい。

 一番最初に目についた宿屋に入ると、「いらっしゃいませ」と、か細い声が聞こえてきた。


「部屋、空いているか」

「ええ、空いております。一部屋でよろしいですか」

「ああ」

 

 老女が、にこりとほほえんで、鍵を差し出してきた。

 イリスはそのカギをうけとると、そのあてがわれた番号の部屋に入る。

 暖炉があったが、火はついていなかった。

 だが、部屋は広く、ベッドがふたつと、風呂と洗面所、トイレは別々になっていた。


「ずいぶん、立派な部屋だな」

「イリス、火をつけていいか」

「ああ、頼む」


 イリスはベッドにすわり、息をついた。

 思った以上に、新雪の道を歩くのは体力を消耗する。

 一日歩いてシオンが襲ってこなかったのも、新雪のせいもあっただろう。

 イリスとしても、ありがたがったが。


 冷たかったほおが、徐々にあたたかくなってくる。

 ルカがつけた暖炉は、すでに木を火が燃やし、ぱちぱちと火花が散っていた。


「意外だった」

「なにがだ?」

「門番に、言ったこと」

「ああ――」


 今気づいた、というように、イリスは足をくんだ。


「口先だけなら、べつに何とでも言える」

「いやじゃ、ないのか?」

「別に。人殺しがそんなナイーブじゃやってられねぇよ」

「……そう、か」

「今日は休んで、明日から、街中歩いてみるか」

「分かった」


 窓をみあげる。

 雪の白さが、街灯の灯りに反射して外は明るく感じるが、もう夜だ。



 夕食をとるために食堂に行くと、しんとしていた。

 しずしずと食事を口にしているが、決して口を開くことはないようだった。


「夕食をとるときは、あまりしゃべらない方がいいという教えがあるらしい」

「へぇ」


 小声でルカがつぶやくと、納得したようにイリスはうなずいた。

 

「息苦しいな」


 ぼそり、と吐き出したが、誰もイリスのことを見向きもしない。


「イリス。さっさと食べよう」

「そうだな」

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