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リュナの王国  作者: イヲ
第三章・流転する街
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 死びととの戦いは、そう長くは続かなかった。

 相手はただの操り人形だ。

 意思も、知恵もない、ただの。


 ――死したひとびとだ。


 魂もなにも、ない。


「なんで……こんな、こと……」


 病院へ運び込まれた警邏の男たち、そして命を落とした男たちは、すでにここにはもう、いない。

 ただ、吹雪のなか立ちつくすミルナは、絶望をのぞき込んでいるような、そんな表情をしていた。


「冒涜だわ。死者への」

「死者には、なんの意思もない。もう、何も感じない。冒涜だと感じるのは、ミルナ。お前が生きているからだ」


 イリスはとうに鞘におさめた剣を持ち、血に染まった白い大地を特に、なんの感慨もなく見下ろした。

 血の、生き届かないところに、ただ立っている。

 ルカは黙り込み、ミルナの背中を見ていた。


「でも、私は、こんなのいや。けど、なんで、こんなことができるの? 死んだひとを、お墓から掘り起こすなんて」

「……掘り起こした、のは、たぶん、死人そのものだ。死人の爪に、土がついてたから」


 それに、と。

 ルカがそれ(・・)を言っていいのか、迷ったように言いよどむ。


「なんとなく、だけど。感じた。あの、どす黒い霧の持ち主の、色、みたいなのが」

「色?」

「黒ずんだ、いろんな色を塗りたくったような、色。そんなの、人間じゃない。だから、分かる」

「そんなのが、どうしてこんなところに」

「わからない。近くにいるか、遠隔でもそんなことができる存在なのか。まだ、情報が足りない」


 ルカが言う、どす黒い色を持つ存在がなぜここを襲撃したのかも、まだ何も分からない。

 軽率に考えることも、行動することもこれからは避けねばならないだろう。


「だが、向こうはこっちが丸見えってことだ。ミルナ、あまり感情的に動くなよ」

「どうして……どうしてそんなこと、言えるの? うちの隊員が亡くなってるのよ」

「感情的になるなって言ってるんだ。視野が狭くなるぞ」


 それだけ言い、イリスは屋敷のなかに入って行った。

 残されたミルナは、ぐっとくちびるを噛んで、手を握りしめる。


「悪気があって、言ったわけじゃないと思う」


 ルカのことばに、彼女は「分かってる」と、頷いた。


「イリスが言いたいことは分かる。隊員が亡くなったのは、初めてのことじゃないのに、こればっかりは慣れない、わね」


 泣いてはいないようだが、辛そうだった。彼女は。

 だが、ルカにできることは何もない。

 励ますのは、筋違いだ。

 一度うつむいてから、ルカもイリスに倣い、屋敷へ入って行く。


 屋敷の空気はじっとりと重たく、どこかうっそうとしている気がした。

 夜、だからだろうか。

 分からない。




 イリスが、剣の手入れをしながら、どこか疲れたようにベッドにすわっている。


「イリス……」

「魔術だな。死人をいじくることができるなんて、それ以外考えられない」

「おれも、そう思う、けど。どうして、今」

「さぁな。魔術なんて使う人間の考えていることなんて、どうせろくでもねぇことだろ。考えても仕方ない」


 ひとつ。

 思いつくことがあるとしたら。

 クロノ領主から預かっている、本。


「……イリス、本は、どうした」

「鍵付きの引き出しに入っている。さっき確認したが、開けられた形跡はない。だが、向こうからすれば、筒抜けなんだろうな。面白くねぇ話だ」

「そんなに、それは――何でもできるのか」

「ああ。言っただろ。基がなくても、何でもできる。死人を操ることもな。もしかすると、生き返らせることもできるかもしれない」


 絶句したルカをひとめ見ると、イリスは手入れをする手を止めた。

 この世界のことを、すべて知っているわけではない。

 けれど、一般の人間が知らないことを、知っている。

 その事実に、ルカを引きずりこもうとしていることに気づいた。


「……悪い。忘れてくれ。おまえに、言うことじゃなかった」

「なん、だよそれ。あんたが知っていて、おれが知っちゃいけないことなんて、あるのか」


 ルカは機嫌を損ねたように、ベッドから立ち上がる。

 剣の手入れを中断したままのイリスの目の前へ歩みより、見下ろした。


「おまえはもう、この国の闇に片足をつっこんでる。これ以上、知るのは危険だ」

「危険かどうかは、おれが決める」

「……おまえは、あの女の恐ろしさを知らねぇから、そんなこと言えるんだ」


 剣を鞘におさめ、壁に立てかける。

 ただ――イリスは、目を合わせなかった。

 どこかで、恐れていたのかもしれない。

 知られることが。

 あの、女王の裏の顔、そのものを。


 ルカは悔しげに歯噛みし、目を合わせないイリスに苛ついているようだった。


「もう、寝ろ。俺も寝る」

「……っ」


 そのままイリスはベッドに横になった。

 

 もう、何も言わなかった。

 イリスも、ルカも。




 ただ。

 悔しかった。

 認めてくれていたのだと。

 信頼してくれていたのだ、と。

 思っていた、のに。


 別に、イリスはルカを傷つかせたいわけじゃないことは、知っている。

 だから、くるしい。つらい。



 ひとを――信じた痛みは。

 こういう、ものなのだろうか。


 けれど。

 信じなければよかったと、そうは思わない。

 イリスは、やさしい人間だから。

 ひとを殺すその手が、どれほど血にまみれていようとも。

 


 人の命を断罪する、その姿はルカにとって、どこか――恐ろしい程にうつくしく、見えた。

 天の御使いの姿かたちをしているからではない。

 イリス自身の、たましい、というものが。

 おそらく、うつくしい、のだと思う。

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