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リュナの王国  作者: イヲ
第三章・流転する街
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 助かる、とイリスは言った。


 甘い言葉に惑わされる人間じゃないことを、この短期間でルカは知っていた。

 だからこそ、驚いたことは、確かだ。


「しかし、どこから来るかも、いつ来るかもわからねぇ連中に、四六時中気をはってんのも、面倒だな」


 ぼそりと呟いた言葉に、ルカも賛同する。

 確かに、そのとおりだ。

 ずっと気を張っているのは、気力も体力も消耗する。


「どうするか……」


 イリスはベッドの上に寝転んで、天井を見上げた。

 そこに、答えを見出すように。


 それから数分たち、イリスは再び体を起こした。

 手には、剣。

 何かあったのか、という前に、部屋の扉が開いた。


 ひどい剣幕のミルナが立っている。

 

「ノックくらいしたらどうだ」

「そんなことしてるヒマはないわ! こっちに来て! 大変なの!」


 彼女はひどく焦って、緊張しているようだった。

 手には、おおよそミルナの容貌からはふさわしくない、無骨な剣が握られている。


 イリスはベッドから起き上がり、ルカも倣う。


「こっちよ。事情は走りながらするから」


 長い廊下を走りながら、ミルナは顔をかすかにゆがめ、悔しそうにくちびるを噛んだ。


「何があった」

「警邏が、殺されたの。いまも、たくさんの警邏たちが戦ってる。それほど、大勢なのよ、相手は」

「それで俺たちに何をしろというんだ」

「現在進行形だからよ。とにかく、人手が足りないの」


 イリスは胸中で、深いため息をついた。

 その相手とは、十中八九、シオンだろう。

 それ以外にこの国にそんな暴れ方をする「複数の」人間は、おそらくいない。

 例外があるとすれば――ルカの言っていた、それ(・・)か。

 クロノが言っていた、一人であって、一人でない。それでいて、一人でもある。

 そういったものだ。


 この屋敷の玄関とはまた違う方角に突き進むミルナの背を追って、ただ走る。

 やがて、人ひとり通るのがやっとのような、扉が現れた。

 暗く、目をこらさねば見えない扉の取っ手を迷いなく引き、ミルナは外に飛び出した。


「ルカ、おまえはそこで待ってろ。この先は、殺すか殺されるかのどっちかだ」

「だったらおれは、あんたと一緒に行く!」

「駄目だ。おまえの弓は、ヒトを殺すための道具じゃないだろ」

「……それは」


 急いで、と言う、ミルナの声が聞こえる。

 イリスは黙ってしまったルカを一瞥し、扉の外に足を踏み出した。


 うす暗い吹雪のなか警邏と、十数人の男が剣を交えている姿が見える。

 中には、血を流し地に伏している警邏もいて、生きていればこの失血量では、時間の問題だろう。

 

「ミルナ様!」

「ごめん、遅くなった」


 剣を鞘から抜き、そのまま鞘を放り投げたミルナは、駆け寄ってきた警邏の後ろにいた男を、その切っ先で牽制する。


「動けば切るわよ。あんたたち、どこの誰」

「………」


 男は不気味に笑ったまま、手にしていた剣を振り上げる。

 警邏の男と、ミルナを串刺しにする気のようだ。


「……!」


 だが、それはなかった。

 血しぶきをあげたのは、歪んだ笑みをした男で、そのまま崩れ落ち、ぴくりとも動かなくなる。


「こいつら、シオンの輩じゃねぇな」

「……イリス! どうして、」

「何故殺したか、なんて言うんじゃねぇだろうな」


 ぞっとするような、冷えた声。

 ミルナの目が、かすかにふるえた。


「殺さなければ、殺される。情報が欲しいなら、(かしら)だけ残しときゃ、いい。――だが、こいつらは、シオンじゃねぇ」


 抜き身の剣をミルナは握りしめたまま、イリスの言葉を最後まで聞かずに戦場へと走りだした。

 あの少女の話によれば、ミルナはひとを殺せないという。

 だからこそ、強いのだろう。

 殺すよりも、生かすほうが、難しいという。

 だれかが、そう言っていた。


「イリス!」


 名を呼んだのは、ここにはいてはいけないはずの、男。


「ルカ。なぜ来た。ここは」

あいつ(・・・)だ! こいつら、シオンじゃない!」

「あいつ……? まさか、おまえの言っていた……」


 ルカの言葉に、眉をひそめる。

 ならば、納得がいく。

 シオンでもなければ、この男たちは、「一人ではあるが、一人ではないもの」たちだ。


「けど、あいつじゃない。あいつは、もっと黒く濁っている。こいつらは、ただの――操り人形だ……」

「もとは、ただの人間だったってわけか」

「もう、こいつらは死んでいる。死人がよみがえって、ひとを襲ってるんだ」


 だから、ひとごろし(・・・・・)ではない、と。

 ルカはいう。

 ルカは矢筒に収めていた矢を取り出し、弓にあてがう。


「死人が生き返るなんてこと、あっちゃいけない」


 赤い目を細め、ルカはふるえる手で弓を引く。

 相手は、見た目はただの人間だ。

 それがおそろしいのかもしれない。

 ころすことが。

 ひとを。


 ひゅん、と、矢が放たれた。

 それはまっすぐに、愚直までにまっすぐに、生ける死人の額に矢が突き刺さる。


「――それだけわかれば、是非もねぇ」


 獲物を前にしたけもののように、イリスは舌なめずりした。

 吹雪のなか、地を蹴ったイリスは、矢のように飛ぶ。


 血が。

 血が、ほとばしる。

 死した生きびとの。

 腐った血が。


 銀色の刀身をした刃で、清められるように。

 


 イリスは、舞うように剣を振るった。


 ルカの目には、たしかに。

 たしかに、そう見えた。


 血をまったく浴びない、白いままの肌。髪。そして、衣装。

 これが、どこかの舞台劇だといわれても、納得するような。

 

 ルカはその光景を弓を握りしめて、ただ、見ていた。

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