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リュナの王国  作者: イヲ
第三章・流転する街
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 べつに、祈りを強制されたところで、祈りたいことなどない。

 せいぜい、無駄な時間をすごしたな、と思うだけだ。

 口には出さないが。

 真剣に祈っている人間もいるのだから、と。

 そう言い聞かせている。


 イリスは、すべての料理を少しずつ食べてから、平らげた。

 くせ、のようなものだ。

 毒か何か入っているか調べるために。

 もっとも、あらゆる毒の、微々たる量ではイリスは死なないのだが。

 

「馳走になった」

「お口にあいましたでしょうか」

「ああ」


 アイラと、見たことのないもう一人の使用人は、皿をさげるために再び部屋に入っていた。

 使用人は、少女、といった年齢で、ルカと同じような、黒い髪の毛をしていた。

 目も黒で、おとなしそうな顔をしている。


「雪はまだ、やみそうもねぇな」

「2、3日は止まないって言ったでしょ。そんなに急いでいる旅じゃないんじゃないの。すぐに亡びるってわけでもあるまいし」


 楽観的とは思うが、ミルナの言うとおりだ。

 無理に出て、凍死でもしたら元も子もない。


「ま、すこしのんびりしたら? 今まで忙しかったんでしょ? イリス、あんたはとくに」

「……さぁ」


 肩を軽く上げて、どこで嗅ぎつけたのか分からないが、とりあえずしらばっくれておく。

 ルカの視線を感じたが、感づかないふりをした。


「だが、タダで俺たちを世話することもねぇだろ。小間使いでもなんでもするぜ」

「おあいにく様。家のことは困っていないわ。彼女たちの仕事をとりあげろとでもいうの?」

「そうかよ。なら、遠慮なく、邪魔させてもらうが」

「それでいいの。お客なんだから。一応ね」


 ミルナは、二つに束ねた赤い髪を翻し、じゃあね、また明日、おやすみ、と一息で言い、部屋から去って行った。


 残されたのは、イリスと、ルカ。そして――どこか、委縮してる様子の使用人の少女。

 アイラはもう、いない。


「……なにか、あるのか」


 イリスは少女を見もせずに、腕をくんだ。

 黒い、くるぶしまであるドレスに、白いエプロンをした少女は、ぐっと手のひらを握りしめて、あの、と細い声で二人の前に足を一歩、踏み出す。


「あの……お願いが、あるのです……」

「だれかを殺せってか」

「ちがいます! そんな、恐ろしいことは」


 肩までの黒い髪の毛がゆれ、少女はかぶりを振った。


「おそろしい、ことは……。ただ、わたし、聞いてしまったことがあって。お嬢様にも、言えなくて」

「……シオンか」

「! ご存知、だったのですか」

「ああ。あんた、俺がシグリだって、分かってるんだろ? なら、話が早い。シオンが、誰を狙っている?」


 まだ名も知らぬ少女は、イリスのことばに安堵したように、胸の前で手を組んだ。


「お嬢様……ミルナさまです」

「あいつの腕なら、シオンの一人や二人、どうということはないと思うが?」

「お嬢様は、ひとを殺せません」

「殺したことがねぇから、俺に殺せ、と。そういうことか? さっき、違うと言っていたのはうそだったか」

「いいえ。そこまでは。シオンたちを殺さなくても、警邏たちが捕縛すれば、問題ありません。けれど、違うのです。お嬢様は、お優しいかたです。お強いかたです。だからこそ、ひとを傷つけることは、できません。傷つけるのは、お嬢様が傷つけてもしかたない(・・・・・)と決めた人だけ……」


 少女は一気にまくしたて、それから、静かに呼吸する。

 イリスはその様子を、じっと見つめていた。


 おもしろくない、というのは簡単だ。

 ミルナ自身が傷つけるのがいやだから、イリスに頼む。

 それは、少女にとって、たやすいものだと思っているのかもしれない。

 なぜなら、少女はミルナがいなくては困るからだ。

 雇い主。

 もしくは、やさしいから。

 そういった、心情的なもの。


「言うのは、簡単だ。だが、ここで世話になっている以上、俺も断る理由はないだろうな」

「では……」

「いいだろう。だが、俺は殺すすべしか知らない。警邏どもに引き渡すのは、死体だ。それだけは、忘れるな。おそらく、ミルナは知るだろう。自分の手を汚さず、他人に殺させた、と」

「イリス」


 言いすぎだと思ったのだろう、ルカがイリスの名を呼ぶ。

 少女も、どこか恐ろしいものを見るような目でイリスを見つめていた。


 そうだ。

 そういう目で見られることは、慣れている。

 恐怖。

 後悔。

 そういう、もの。


「シオンが、ミルナを狙っている。なら、その露払いをするのは、俺だ。それでいいな」

「……はい。どうか、お嬢様を、お守りください」


 少女は深くあたまをさげて、部屋を出ていった。

 おそらくだが、もやついた、いやなものを胸に抱いて。


「イリス、言いすぎだ」

「だが、本当のことだろう。――まあ、本当のことでも、言っていいことと悪いことがあるが」

「イリス……」

「俺は、こんな言葉しか、しらない」


 だから、悪かったと思うこともできない。


 イリスのつぶやきに、ルカは何も言えなかった。

 ただ、目を伏せただけで。


「戻るか」

「あ、ああ」


 イリスは椅子をひき、あてがわれた部屋へむかう。

 カーペットが敷き詰められた廊下。

 だからか、足音はわずかにしか聞こえない。

 やっかいだな、とイリスはおもう。


 足を踏み込むたびに、体が沈む感覚が襲う。

 あの少女が言った、ミルナを狙うシオンが、もしもこの広い屋敷に入ったとて、床中に敷き詰められたカーペットでは、イリスの耳も、あまり役に立たない。



「本当に、いいのか」

「恩を売られたままじゃ、気味が悪い」


 壁に剣をたてかけ、ベッドに座ったイリスは目をきつく細めた。

 いやなものを、見るような目だった。


「シオンをやるのに、シグリの許可をいちいちとる必要はねぇからな。民間人を襲うなら、シグリも黙ってはいられないだろ」

「殺す、のか」

「ああ」


 当然だとでもいうようにこたえるイリスはとげとげしかった。

 何が悪い、とか。

 何がいい、とか。

 そういったものは、分かっている。

 けれど。

 イリスは、それでもやらざるを得ない。

 そう、躾けられてきたのだ。

 去勢されてきたのだ。

 

「だが、ここじゃあ、少し骨が折れるな」

「?」

「足音がほとんどないし、あいつの部屋も知らない。いつ、どこに、何をしに行くのかもな。命を狙われているのなら、朝も夜も関係ない。いつ、死んでもおかしくはないからな」

「……おれが」


 ルカが、なにかを決意したようにくちびるを開く。


「あ?」

「おれが、耳になる。おれは耳がいい。遠くの冬ジカの足音も、聞こえる」


 そのことばに、イリスはぎゅう、と目を細めた。


「その意味、分かってるんだろうな? おまえ、人殺しに加担するってことだぞ」

「分かっている。おれだって……おれだって、役に立ちたい。あんただけに、つらい思いをさせたくない」

「……その覚悟があるなら、俺は何も言わねぇ」

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