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リュナの王国  作者: イヲ
第三章・流転する街
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 扉をノックする音がして、アイラの声が聞こえてくる。


「お二人とも、お夕食ができました」


 扉をあけると、アイラが笑顔で立っていた。

 どこか、嬉しそうだ。


「ミルナお嬢様がご一緒に、と。こちらへ。食堂がございますので」

「ありがとう、ございます」


 廊下には、壁に掛けられたランプにぼんやりと光がともっている。

 ひどく明るい、というわけでもなく、うす暗いというわけでもないその光は、どこか高ぶっていた心を落ち着かせた。


「わたし、ミルナお嬢様から聞いてはいないのだけれど、イリス様はどちらから?」

「俺はイルマタルだが」

「まあ、そうでしたの。イルマタル。それはまた、遠いところから……。それに、ルカ様、でしたね。――大変だったでしょう」

「アイラさんも、知っていたのか?」

「……領主から聞きました。クロノ様も、被害者だとか」


 アイラは言いづらそうに、そっと呟いた。

 聞くことでもなかっただろうか、とルカは思うが、このネア領の領主さえ、被害にあっているということは、他の領地も被害にあっているのだろう。

 ネア領は比較的大きな領地だ。

 ほかの小さな領地も、きっと。


「いえ。申し上げることではありませんでしたね」


 彼女は背中を向けながらも、笑っているふうだった。

 おそらく、無理をして。


「さあ、こちらです」


 食堂は、広かった。

 クロノの客間ほどではないが、ルカの家の食堂よりも広い。


「来たわね。ほら、はやく座って。冷めちゃう」


 ミルナはすでに椅子に座っており、三人の姿を認めると、立ち上がって笑ってみせた。

 よく笑うひとだと、思った。


 二人が椅子に座る。

 アイラは嬉しそうに「よかったですね、お嬢様」と手を合わせて見せた。


「ずっと、旦那様も奥様もいらっしゃらないから。久しぶりに、他のかたとお食事ができて。わたしも、嬉しいですわ。ひとりでお食事なさると、味気ないでしょう?」

「そ、そんなことないわよ。ひとりだって、アイラの食事は美味しいわ。今回はたまたまよ、たまたま」


 薄い赤色の髪の毛を揺らしながら、彼女は勢いよく座った。

 この大きな家には、たしかに生活の跡がみられる。

 ミルナや、アイラ。

 そのほかの女性だけではない、たしかな生活の香りがあった。


「旦那様と奥様は、今、イルマタルに。女王陛下にお会いになるとかで」

「……なんだと? 女王に?」

「ええ。イリス様。つい、朝方発たれました。――おそらく、ですが。族長のことで。勅令がくだったようです」

「そうか……」


 どこか呆れたように、それとも、憎々しげに、吐き捨てた。


「相変わらず、仕事熱心な女だ」


 その言葉は、誰の耳にもとどかなかった。



「なに難しい話しているのよ。父さんも母さんも仕事で忙しいんだから仕方ないでしょ。……別に、もう儲ける必要ないのに」


 私が、稼いでいるんだから。


 そう、胸を張って言い放った彼女は、自信に満ち溢れていた。

 ルカには、ないもの。

 けれど、そこにはひがみや、妬みといったものはない。

 そうさせるものが、彼女にはあった。

 おそらく、それがミルナの魅力なのだろう。


 料理は、野菜が集まるネア領らしく、種類も豊富だった。

 サラダが体が冷えるからと、あたたかいスープに入っていた。


「おいしいわ。アイラ、さすがね」

「ありがとうございます、お嬢様」

「おれの家の料理とも、違う」


 おいしかった。

 本当に。

 見かけは、ヤナのものとほとんど同じなのに。

 これが、心がこもっているということなのだろうか。

 分からない。

 ルカには。


「そりゃそうでしょ。家によって、それぞれ味は違うわよ。味付けだったり、盛り付けだったり」

「そういうものなのか……」


 ルカは、友人と呼べるものも、親友と呼べるものもいない。

 あの、牢獄のような家が、ルカの世界だった。

 けれど、そのことをミルナは知っているのだろう。

 知っているからこそ、言ったのだろう。


「あなたたち、どうするの。これから」

「ここで、思った以上に収穫があったからな」


 イリスは咀嚼したパンを飲み込んでから、呟いた。

 すべては、ルカにゆだねられている。

 もう少しここで調べてもいいが、と思うも、時間がないのかもしれない、とも思う。


「雪が止んだら、ここをたつ。次は、ここの隣の領。オリアン領に行く」

「オリアン領って、あの、閉鎖的な?」

「ああ。……初めて、あの男を見たのはここだが、ネア領の隣はすべてオリアン領内だ。だから、そこに行っていた可能性が高い」

「ほんとに、そんな人がいるの?」


 ちら、とイリスがアイラがいた場所を見るが、すでに姿はなかった。

 ミルナが小声で言っているところを見ると、クロノから大体の話は聞いているようだ。


「いる、と、それだけは断言できる。あんなもの、人間だといえないかもしれないが、たしかにいる。たしかに、存在している」


 かみしめるようにミルナへ告げると、彼女は表情をかたくして、「そう」と頷いた。


「あなたのことは疑わないわ。その眼で見たのなら、それが真実なのだろうから」


 ふいに、外から、ごおん、ごおん、という鐘の音が聞こえてくる。

 祈りを捧げる時間なのだ、と。

 鐘の音が告げている。


「あんたは、祈らないのか」

「私は祈らないわ。祈るものなんて、ないもの。祈りたいものがある人だけ、祈ればいいわ。私はそう言われて育ってきた」

「へえ、そりゃ、立派な心掛けだ」


 イリスの問いに、まるで誇ってみせるように答えた。

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