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「おれの、父……セハカのことは……」
「――苦労したな、ルカ」
クロノは、気まずそう言った。
椅子に再び座り、ルカに視線をあわせる。
「私からも何かしら、できたらよかったのだが」
「いえ……」
「セハカの家に、ハンネが入った」
イリスが、慎重な口調でつぶやいた。
領主は驚いた表情をし、それから「そうか」と重くうなずく。
「それならば、ルカ、族長は」
「当然の報いだ……。そうならなければ、おかしい」
それは、死を意味する。
セハカの、死。
彼が何をしてきたのか。
誰も知らない。
けれど、ルカは知っている。そして、その犠牲者たちも。
「セハカは何をしてきた?」
ルカは緊張したように肩をあげ、目を伏せる。
「セハカは、身寄りのない、まだ幼い少女を――監禁して、殺してきた。一人や二人じゃない。大勢だ。両手で数えきれないほどの」
「おまえは止めなかったのか」
「イリス。ルカを責めるのはやめろ。止めたからこそ――見ただろう、ルカの身体の痣を」
「……ああ、そうだな」
イリスに正義感など、ない。
お門違いだ、と分かっている。
彼とて、同じほどに殺してきた。
ルカの言う、少女も、剣を持たぬもの――戦うすべのないものも。
同じじゃないか、と。
責めるべきものが違った。
だからこそ、クロノのことばをすぐに肯定した。
「疑問があるんだが。なぜ、セハカは女王に書状を送った? 自ら罪を認めるようなものだ」
「感づかれていたこそだ。身の潔白を証明するには、この、姑息なやり方がいいと思ったのだろう。おそらく、セハカはシオンと繋がっている。シオンに金を払い、女王から派遣されたシグリを殺そうとしていたはずだ。まあ、見事に失敗したが。もう、時間の問題だろうな。もしかすると、逃げているかもしれない」
「シグリの目からは逃げられない」
クロノの回答に、イリスはどこか、腹の奥。そのあたりが熱くなった気がしていた。
怒り、憎しみ。それを表しているのかもしれない。
なぜか、は分からない。
そういったものには、縁がなかった。
感情。
罪悪感。
そういったもの。
去勢された、イリスの過去。こころ。
誰よりも信頼がおける、部隊長の――。
「イリス? どうした」
ルカがイリスの顔をのぞくように、首をかたむけた。
「いや、何でもない。――領主。あんたが言ったことが本当なら、ルカも刑に処されるのかもしれない。実の息子が、いるのなら」
「おれは、別に構わない。止められなかったのは事実だ。どんな刑でも受ける覚悟はある」
「ルカ。おまえはまだ大人に頼っていい年齢だ。ルカのことは私が擁護する。約束しよう」
「……領主」
クロノは深く微笑み、机の上で指を組んだ。
「おまえは被害者だ。族長の。刑に処されることはあってはならない」
やさしい、大人。
ルカの周りには、そういった大人はいなかった。
優しくされると、どこかむずがゆい。
黒髪赤目だからと、非難され、指をさされるだけだった。
だが、クロノは違った。ただ、思いやってくれている。
それに、どう応えるべきなのだろうか。
考えあぐねているとき、扉をノックする音が聞こえた。
「領主。そろそろ……」
「ああ。分かった。悪いが、これで私は失礼する」
「領主」
「なんだ? ルカ」
「その……ありがとう、ございます」
領主は再び笑み、何も言わずに扉を開けて出ていった。
何も言わなかったということは、まだここにいてもいいということなのだろう。
「イリス、おれはセハカのことを許さないし、罰を受けるべきだと思う」
「ああ」
「けど、あんたの目的は……」
違うんだよな、と言おうとしたルカを止めたのは、イリスだった。
「そんなことを考えることはねぇ。おまえはおまえのやりたいようにやればいい。俺はそれを否定しない」
「おれの、やりたいように?」
「まあ、人任せかもしれないが。おまえの目的は、俺の目的だ。忘れるな」
「なんか……責任重大だな」
「そりゃそうだ。そろそろ、行くぞ。今日の宿をとらないとな」
「分かった」
イリスとルカが領主の屋敷を出ると、外は吹雪いていた。
雪はひどく頬を打ち、ルカは思わず目を閉じる。
やはり、この厳しい降雪には慣れない。
「ひどい雪だな……」
「こりゃ、早めに宿を探した方がいいな」
イリスが先頭に立ち、早足で宿を探し始めた。
視界は雪でかすみ、イリスの背中を必死に追いかける。
通りの店はほぼ閉まってしまい、食べ物を買うこともできない。
だが、宿を探してもどこも満室が続いていた。
「……これじゃ、野宿だ」
「こんなところで寝たら死ぬだろ」
「だけど……宿がない」
「徹夜で歩けばいいだろう。歩いていれば眠らない」
「……本気で言っているのか?」
「意外と馬鹿な男だったのね」
きっぱりと言い切ったのは、聞いたことのある、女の声だった。
ミルナ、と呟く。
「あら、覚えてくれてたのね、ルカ。何だか困ってるみたいじゃない。宿を探しているんでしょ」
「どこから湧いてくるんだ、お前は」
「失礼ね。あんたは。せっかく困っているだろうと思って宿を用意したのに」
「本当か?」
「まあ、宿と言っても、私の家だけどね」
ルカの言葉に、ミルナは機嫌を直し、両手を腰にあて、胸を張った。
イリスは様子を窺うように彼女を見ていたが、やがて肩をさげ、「邪魔するか」と、ルカに呟いた。
「そうそう、素直が一番よ。私の家は、クロノ様のお屋敷の近くだから」
「助かる」
「――この雪、いつ止みそうだ?」
「結構、かかりそうね。2、3日はかかるんじゃないかしら。安心して。雪が止むまで、世話をしてあげる」
にこりと笑ったミルナは気分がいいのか、さっと長い髪をひるがえすようにして、二人に背を向けた。




