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リュナの王国  作者: イヲ
第三章・流転する街
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「おれの、父……セハカのことは……」

「――苦労したな、ルカ」


 クロノは、気まずそう言った。

 椅子に再び座り、ルカに視線をあわせる。


「私からも何かしら、できたらよかったのだが」

「いえ……」

「セハカの家に、ハンネが入った」


 イリスが、慎重な口調でつぶやいた。

 領主は驚いた表情をし、それから「そうか」と重くうなずく。


「それならば、ルカ、族長は」

「当然の報いだ……。そうならなければ、おかしい」


 それ(・・)は、死を意味する。

 セハカの、死。

 彼が何をしてきたのか。

 誰も知らない。

 けれど、ルカは知っている。そして、その犠牲者たちも。


「セハカは何をしてきた?」


 ルカは緊張したように肩をあげ、目を伏せる。


「セハカは、身寄りのない、まだ幼い少女を――監禁して、殺してきた。一人や二人じゃない。大勢だ。両手で数えきれないほどの」

「おまえは止めなかったのか」

「イリス。ルカを責めるのはやめろ。止めたからこそ――見ただろう、ルカの身体の痣を」

「……ああ、そうだな」


 イリスに正義感など、ない。

 お門違いだ、と分かっている。

 彼とて、同じほどに殺してきた。

 ルカの言う、少女も、剣を持たぬもの――戦うすべのないものも。

 同じじゃないか、と。

 責めるべきものが違った。

 だからこそ、クロノのことばをすぐに肯定した。


「疑問があるんだが。なぜ、セハカは女王に書状を送った? 自ら罪を認めるようなものだ」

「感づかれていたこそだ。身の潔白を証明するには、この、姑息なやり方がいいと思ったのだろう。おそらく、セハカはシオンと繋がっている。シオンに金を払い、女王から派遣されたシグリを殺そうとしていたはずだ。まあ、見事に失敗したが。もう、時間の問題だろうな。もしかすると、逃げているかもしれない」

「シグリの目からは逃げられない」


 クロノの回答に、イリスはどこか、腹の奥。そのあたりが熱くなった気がしていた。

 怒り、憎しみ。それを表しているのかもしれない。

 なぜか、は分からない。

 そういったものには、縁がなかった。

 感情。

 罪悪感。

 そういったもの。

 去勢された、イリスの過去。こころ。

 誰よりも信頼がおける、部隊長の――。


「イリス? どうした」


 ルカがイリスの顔をのぞくように、首をかたむけた。


「いや、何でもない。――領主。あんたが言ったことが本当なら、ルカも刑に処されるのかもしれない。実の息子が、いるのなら」

「おれは、別に構わない。止められなかったのは事実だ。どんな刑でも受ける覚悟はある」

「ルカ。おまえはまだ大人に頼っていい年齢だ。ルカのことは私が擁護する。約束しよう」

「……領主」


 クロノは深く微笑み、机の上で指を組んだ。


「おまえは被害者だ。族長の。刑に処されることはあってはならない」


 やさしい、大人。

 ルカの周りには、そういった大人はいなかった。

 優しくされると、どこかむずがゆい。

 黒髪赤目だからと、非難され、指をさされるだけだった。

 だが、クロノは違った。ただ、思いやってくれている。

 それに、どう応えるべきなのだろうか。


 考えあぐねているとき、扉をノックする音が聞こえた。


「領主。そろそろ……」

「ああ。分かった。悪いが、これで私は失礼する」

「領主」

「なんだ? ルカ」

「その……ありがとう、ございます」


 領主は再び笑み、何も言わずに扉を開けて出ていった。

 何も言わなかったということは、まだここにいてもいいということなのだろう。


「イリス、おれはセハカのことを許さないし、罰を受けるべきだと思う」

「ああ」

「けど、あんたの目的は……」


 違うんだよな、と言おうとしたルカを止めたのは、イリスだった。


「そんなことを考えることはねぇ。おまえはおまえのやりたいようにやればいい。俺はそれを否定しない」

「おれの、やりたいように?」

「まあ、人任せかもしれないが。おまえの目的は、俺の目的だ。忘れるな」

「なんか……責任重大だな」

「そりゃそうだ。そろそろ、行くぞ。今日の宿をとらないとな」

「分かった」


 イリスとルカが領主の屋敷を出ると、外は吹雪いていた。

 雪はひどく頬を打ち、ルカは思わず目を閉じる。

 やはり、この厳しい降雪には慣れない。


「ひどい雪だな……」

「こりゃ、早めに宿を探した方がいいな」


 イリスが先頭に立ち、早足で宿を探し始めた。

 視界は雪でかすみ、イリスの背中を必死に追いかける。

 通りの店はほぼ閉まってしまい、食べ物を買うこともできない。

 だが、宿を探してもどこも満室が続いていた。

 

「……これじゃ、野宿だ」

「こんなところで寝たら死ぬだろ」

「だけど……宿がない」

「徹夜で歩けばいいだろう。歩いていれば眠らない」

「……本気で言っているのか?」

「意外と馬鹿な男だったのね」


 きっぱりと言い切ったのは、聞いたことのある、女の声だった。

 ミルナ、と呟く。


「あら、覚えてくれてたのね、ルカ。何だか困ってるみたいじゃない。宿を探しているんでしょ」

「どこから湧いてくるんだ、お前は」

「失礼ね。あんたは。せっかく困っているだろうと思って宿を用意したのに」

「本当か?」

「まあ、宿と言っても、私の家だけどね」


 ルカの言葉に、ミルナは機嫌を直し、両手を腰にあて、胸を張った。

 イリスは様子を窺うように彼女を見ていたが、やがて肩をさげ、「邪魔するか」と、ルカに呟いた。


「そうそう、素直が一番よ。私の家は、クロノ様のお屋敷の近くだから」

「助かる」

「――この雪、いつ止みそうだ?」

「結構、かかりそうね。2、3日はかかるんじゃないかしら。安心して。雪が止むまで、世話をしてあげる」


 にこりと笑ったミルナは気分がいいのか、さっと長い髪をひるがえすようにして、二人に背を向けた。

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