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リュナの王国  作者: イヲ
第三章・流転する街
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 中には長細い机が置かれていた。そして、背もたれが長めの椅子もある。

 上座にクロノが座り、下にイリスとルカが座った。


「話とはなんだね? まあ――だいたい分かってはいるがな」

「クロノ領主、どこまで知ってるんです」

「ああ、おまえの父親のことと、おまえが探している、男のことだ」

「そこまで……」


 クロノは重たげに頷くと、ゆっくりと話し始めた。


「あの男は名前がない(・・・・・)。名のない男は、一人ではないのだ。いや、一人ではあるが、一人というわけではない。その意味というのが――ルカ。おまえの目でみた結果だ。もやがかかって見ることができなかっただろう」

「……はい」

「あの男は、この国を亡ぼす力を持っている」

「まさか、その力ってのは――魔術――」


 深い、ため息をついたのはクロノだった。

 しわのある目のあたりを指でさすり、痛ましいものを見るように、イリスに視線をむけた。


「その単語を使うことを許されるのは、王族に連なるものだけのはずだが?」

「シグリも許されている」

「そうか。まあ、いい――」

「まて、魔術って、なんだ?」

「世界を亡ぼすとも、救うともいわれる、人知の及ばぬ力だ。剣術とも、弓術とも違う。(もと)が必要ない。だから恐れられ、封印されたんだよ、遠い昔、神話の時代にな」


 そんなものが、とルカがつぶやく。

 知らなかった。

 知らない、世界だ。

 神話の。

 神話の世界、とは。

 それさえ分からない。


「言っておくが、おとぎ話なんかじゃねえぞ。だが、信じる信じないかは自由だがな」

「信じないなんて言っていない。むしろ、納得がいく。あんな人間、見たことなかったから」

「いいか、ルカ。領主の名において命ずる。そのことばは言ってはいけない(・・・・・・・・)。このカレヴァ王国の国民に、その存在を知らされるわけにはいかぬのだ」

「――はい」


 頷くルカを、クロノはその黒い目でしっかりと見届けた。

 その真摯な姿に安堵したのか、彼はそっと笑んだ。


「おまえのような聡明で勇気ある少年には、無用の長物だ」

「おれは、そんな人間じゃ、ありません」


 うつむくルカの肩を、クロノの大きな手で触れる。

 見知らぬ、体温だった。


「おまえがどんな人間かは、おまえと、そして周りの人間が決めるものだ。おまえがたとえそう思っていても、私はそう思っている」

「………」

「領主。その男がどこにいるのか、知っているのか」

「いや……。言ったとおり、あの男は、底知れぬ力を持っている。だからこそ、隠れるのもうまいのだろう。私も、顔を見たわけではないからな。だが――そうだな、おまえたちなら信頼できる。少し待て」


 クロノは椅子を引き、部屋から出ていった。


 暖炉の。

 暖炉の音だけが、ルカの耳をうがつ。

 ぱち、ぱち、という、不安定な音。


 イリスはなにも言わない。

 ただ、ぼんやりと暖炉の火を見つめている。


「イリス、――……っていうのは、そんなに、危険なものなのか」

「ああ……まあな。俺は興味ないが。おとぎ話としてなら、国民も知っているが、それが本物なんて思う馬鹿なやつはいねぇだろうな。あまりにも、夢物語すぎる。血のにじむ努力も何も必要なく、ただそれを描き(・・)謡う(・・)だけだ。たったそれだけで、国は崩壊する。亡びる。だから、王族にしか伝わっていないんだよ、その文字も、歌も」


 律儀に「魔術」という言葉を使わないルカに、イリスは目を細めて、わずかに笑ってみせた。

 彼の笑みらしい笑みは、初めて見たかもしれない、と思う。


「あんた、笑えるんだな」


 思わず、口に出す。

 口に出してから、しまった、と思うが、イリスは怒ることはなかった。


「仕事中はあまり笑わないようにしている。――まあ、不自然じゃない位に、だがな」

「そうか……。嫌じゃ、ないのか。感情まで仕事に支配されるのは」

「別に、そんなことを思ったことはない。部隊長に、そう教わってきただけだ」


 彼は、長く細い指を机の上で組み、ふっと息をついた。

 まるで、なにかを振り払うように。


「いや、そうじゃないな。そういうわけじゃ、ない」

「……?」

「今まで悪かったな」

「なにがだ」

「あまり、おまえと話さないようにしていた」

「わざとだったのか」

「ああ、そうだ。どこかで、おまえのことを信用していなかったのかもしれない」


 見極めていたのだ、と。

 イリスは言った。

 勝手な言い分ですまない、とも。


 イリスへの見方が百八十度、変わった気がする。

 ほんとうは、ということ。

 ほんとうは、やさしい男なのではないか、と。


「だが、おまえは違った。信用にたる男だ」

「……おれが」

「悪かった」


 ルカの言葉を遮るように、イリスは続けた。

 イリスは。

 イリスは、真摯だった。


「謝るようなことは、ない」

「――そうか」

 

 わずかな沈黙。

 それを破ったのは、クロノの声だった。

 扉を開けた彼は、手に、古い本を持っている。


「これを、持っていくといい。なにかの手がかりになるはずだ」

「これは?」

「本の複製品(レプリカ)だ。これ自体には何の効力もない。文字も、言葉もでたらめだ。だが、だからこそ――これを持っていれば、あるいは男から接触があるかもしれん」


 イリスに渡された本を手に取り、(ページ)をめくる。

 紙には埋め尽くされた無意味な文字の羅列と、時折読めない文字がいくつかあった。

 おそらくだが、本当に意味などないのだろう。

 ただ、真似をしようとしただけで。


「これは借りておく」

「ああ。だが、くれぐれも扱いには気を付けてくれ。他の人間には見せぬように」

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