表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リュナの王国  作者: イヲ
第三章・流転する街
15/49

 朝食をとり、宿を出る。

 ネア領の場所は、ルカが覚えている。

 年に数回、使いに出されていたからだ。

 領主の知り合いに、数えきれないほどの金を渡すために。

 それが何なのか分からなかったが、盗びとに一回、襲われた。

 その時に背負っていた背嚢の中身が金だと知った。

 幸いにも、巡回していたネア領の警邏たちに助けられ、金も命も失わずにすんだ。

 人工的な銀色の、鎧を纏っていた。

 助けてくれたのは、男の人だったと思う。

 けれど、その中にひとり、女の人がいた。

 男の人たちと同じように、鎧を身にまとって、腰には剣を下げていた。



 そのことを、イリスに告げた。

 彼はわずかに考えたあと、「そうか」とだけ言った。

 つぶやきではなく、確信のようなものをにじませた言葉だった。


「知り合いなのか」

「いや。ただ、エクロス大陸のどこかの領に、女の警邏がいると聞いたことがあっただけだ。領お抱えの警邏なら、強いんだろうな」

「……戦う所は見ていない」

「なら、余計だ」


 イリスはそれ以上、喋ろうとはしなかった。

 どういう意味か分からなかったが、イリスはどこか、確信めいた表情をしていた。

 その女が強いのだと。


 足を半ば機械的に動かし続けて、半日がたった。

 それまで、シオンや盗びとから襲われることはなかった。

 シオンも、警戒しているということだろうか。


「ここだ」


 ネア領への入り口は、一か所しかない。

 それ以外の場所は林や森にかこまれ、獰猛な動物が住んでいるためだった。


 入口には警邏が二人、立っていた。

 ルカを見ると、ああ、と頷くようなそぶりを見せ、領へ入るように促す。

 顔見知りの男だったからだろうか。

 死に神の髪と瞳をもつルカに、興味はないようだったが、信頼はしているようだった。


 街の中は、雪は積もってはいるものの、人びとの往来があった。

 通りの両側には、仕入れてきた貴重な野菜を売る人間や、鹿肉を売る人間、毛皮を売る人間もいる。

 イルマタルとはくらべものにならないがエクロス大陸にとっては、ネア領はなくてはならない、商業地域だった。


「ルカ」

「?」

「後ろからついてきている女はおまえの知り合いか」

「え……」

「立ち止まるな」


 後ろもふりかえるな、とイリスは小声で囁いた。

 ルカは背中に力を入れて、領主が住む通りの奥へ足を無理やり向ける。


「髪は明るい赤毛で、長い。白の服を着ている。目は黒い」

「……警邏だ。さっき、話した」

「名前は」

「知らない。話をしただけだから」

「そうか」


 イリスは思いだしたかのように足を止めた。

 それにつられてつんのめりそうになったルカは、すんでのところで転ぶことはなかった。


「お前、誰だ」

「お前、とはお言葉ね」


 ルカが振り返ると、やはりあの時の女だった。

 明るい赤髪を両耳の上で結った、若い女。


「あなたたちのことは知っているわ。セヴェリ・ルカ・エクロス。そして、イリス・トルンクヴィスト。そしてあなたがシグリだということもね」


 小声で囁いた女に向けて、イリスは剣の柄を握った。

 だが数秒たっても、鞘から抜くことはせず、ただじっと女を見下ろしている。


「私の名前は、ミルナ。あなたたち、クロノ様に会うんでしょう」

「クロノ……? 領主の名前か?」

「そんなことも知らずに来たの? イリス」


 呆れたように腰に手をあてた様子は、まるで少女のようだった。


「別に興味ねぇからな」

「ああそう。けれど、ルカ。あなたは何らかの目的をもってきたのね。イリスは用心棒ってところかしら」

「遠からず、近からずだ。お前に話す道理はない」


 女は肩をすくめて、白い合わせの洋服の懐から、薄紫色の紙をルカに渡した。


「これは……」

「クロノ様に会うための書状。あの方は多忙だから、早く行った方がいいわよ」


 それだけ早口で言うと、ミルナと名乗る女は颯爽と去って行った。

 

「ミルナ……あいつ、強いな」


 誰にも気づかないような声で、イリスがつぶやく。

 ルカは気づいていたが。


「行くぞ。クロノっていったな。ここの領主は」

「――ああ」

「どんな奴なんだ」

「あの男よりはまともなひとだ」




 ルカは慣れた足取りでこの通りでひときわ目立つ、屋敷の入り口へと向かった。

 入り口は大きな柵に囲まれ、門番が立っている。

 鎧を身に着けた男がふたり。


「クロノ様に謁見したいという者か」

「これを」


 ルカが手渡したのは、ミルナから受け取った薄紫色の書状だ。

 それを見た門番の男は、ぎょっとした顔をし、「これは」と呟く。


「ミルナ様からの……」

「やはり、ただの警邏じゃないようだな」

「当たり前だ。あのかたは、ネア領の警邏のなかで一等強い。今まで、ただの一度も勝てたものはいない」

「ミルナ様からの書状があるとなれば、信用たるものたちなのだろう。通りなさい。だが、くれぐれもクロノ様にご無礼のないように」


 巨大な柵でできた門が開く。

 ぎい、と軋んだ音をたてて。


 雪のなかでも咲く花だけを寄せ集めた庭。

 紫、

 赤、

 黄。

 さまざまな色。

 さぞ手入れは大変だろう。

 雪は降るが、ここは雨が少ない。だが、もしかするとあまり水を必要としていないのかもしれない。


 扉を開くと、シャンデリアが下がった廊下がずっと続いている。

 ただその他に部屋はないのか、石づくりの壁が詰められていた。


「壁が石なのに、ここは暖かいな……」


 ルカのつぶやきに、イリスはふと足を止める。


「イリス?」

「いや……誰かに見られている」

「だが、ここは廊下しかない……」

「そういう思い込みが一番危険だ」


 イリスは剣に手をあて、注意深く再び歩き始めた。

 クロノという名の領主は、いまだよく分からない性格をしている。

 ただ、ルカの第一印象からすれば、「いいひと」だった。

 警邏たちの言葉からすると、慕われているのだろう。


 イリスを先頭に、歩いておおよそ2分ほどたっただろうか。

 ようやく、人と行き会った。

 その彼女は驚いた顔をして、腕に抱いていた荷物がずり落ちそうになっている。


「ああ、クロノ様のお客様?」

「……あんたは?」


 彼女は、ふふ、と口許だけで笑んで、ちいさく会釈をした。


「私はクロノ様の――」

「テナ」


 ゆったりとした声に、イリスが顔をあげる。

 テナ、と呼ばれた女は、現れた男にゆっくりと頭をさげた。


「テナは私の妻だが――おまえたち、ミルナからの書状を持っているようだな? それに、おまえ、覚えているぞ。セヴェリ・ルカ・エクロスだろう」


 そっと頷いたルカは、かすかな声で、「領主にお聞きしたいことが」と呟いた。


「……いいだろう。こちらへ来るがいい」


 会釈したテナは荷物を抱えたまま、歩いていった。


 クロノという領主の男は、黒い髪をし、目は濃い灰色をしていた。

 そして、あごには黒い髭を生やしている。

 わずかに、白いものがちらついているところをみると、それなりの年齢なのだろう。


「自己紹介は歩きながらでも構わないか?」

「客人、おまえのことは知っている。シグリだそうだな」

「ああ、そうだ。俺はイリス。イリス・トルンクヴィスト」

「――イリス? どこかで聞いた名だな」

「さあ、そんなに目立ったことはしてきていないんだがな」


 イリスは剣から、すでに手を放していた。

 どこか考えあぐねているようなクロノに、敬語など忘れたかのように話しているが、彼は特別、気に障る様子はない。


「そうか。ならば、そうなのだろう。さあ、ここが客間だ。入ってくれ」


 鉄のような見た目の扉をクロノがあけると、暖炉に火がともっていた。

 まるで、もとより訪うことを知っていたかのように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ