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リュナの王国  作者: イヲ
第二章・爾後の嵐
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 家を出て、おおよそ一日がたった。

 ネア領につくのは、おそらく明日の昼過ぎになるだろう。

 暗くなるのが早いエクロス大陸は、早々に宿をとらなければならない。

 

 あたりは暗く、遠くにぽつぽつと灯りがついているだけで、周りには何があるのか分からない。

 だが、夜目の利くイリスが先頭に立って歩いているため、危険はない。

 闇にまぎれてシオンが襲ってくる場合もあるとして、ルカを先頭にすることを、イリスが渋ったためだ。


「あと30分ほどでつくはずだ。このまま、何事もなければな」

「……何事もなければ?」

「言っただろう。シオンの連中はまだあきらめていない。あいつらは、しつこいからな。地の果てまでも追ってくる」


 イリスはおもむろに立ち止まり、剣を鞘から抜いた。

 抜刀、したのだ。


「どけ」


 イリスの手がルカの腕を引く。

 それは、一瞬のことだった。

 暗闇にまぎれていた人間がいたことなど、気づかなかった。

 気配すら、しなかった。


「イリス!」


 イリスはルカに背中を向けたまま、剣を相手に向けている。

 ようやく、夜目が効くようになったルカは、その相手を見据えた。

 見知らぬ顔。

 誰かもわからない相手に、狙われている。

 それが、どうしようもなく悔しい。


「黙っていろ」

「お前か。汽車の中にいたシオンを殺したのは」

「ああ、そうだが」

「そうか。ならば、相当な手練れとみる」


 見知らぬ顔をした男2人は、剣の切っ先をイリスに向けたまま、にい(・・)、と笑った。

 かたき討ち、とは違うようだった。

 そもそもが、戦うことを目的としているような。


「お前たちは何が目的だ?」

「つまらないことを言う。シオンと名乗っている以上、人間を殺す以外、あるまい」

「言い返すようだが、それもまた、つまらない答えだな。シオンども。俺は何故、ルカを狙うのかと聞いている」

「ただのしりぬぐいだ、あの女の」

「シオンの面汚しだよ、あいつは。さっさとそいつを殺せばいいものを。ずるずる引きづりやがって。情でもわいていたわけでもねぇのに、金が欲しかったんだろうよ、そいつの親父殿からな」


 ちら、とイリスはルカの顔を見下ろした。

 いつものイリスの行動を知るものであれば、それは驚きを隠せなかっただろう。

 ルカはその赤い瞳をきつく細めて、嫌悪感をあらわにしていた。


「おれは……殺されるために生きているんじゃない……」

「誰だってそうだ。だが、それは本人の意思とは関係ない。人の命を値踏み、比べ、そしてそれは下る」


 ぼそり、と呟いたのはイリスだった。

 女王の意思のことを言っているのだろう、とルカはぼんやりと思った。


「無駄口はここまでにしようじゃねぇか、ああ? 女王の狗がよお!」


 二人の男は、イリスを囲むように素早く動き、剣を今まさに貫かんとした。

 だが、それは成らなかった。

 片手に鍔のない剣、そしてもう一方の手には短刀が握られている。

 ぎち、ぎち、と、耳をふさぎたくなるような、鉄と鉄がこすれる音が聞こえた。


 イリスは二刀流というわけではない。

 ただ、必要に迫られたのみであった。


 ルカは動けずにいた。

 ただ、この命のやりとりを見ていることしかできなかった。

 

 男二人の表情は歪んでいる。ルカの呪いの瞳にそれは入ってきた。

 この二人がどれほどの命を奪ってきたのか、それは「悪」と瞳は判断した。

 (わる)ものだと、簡単に口に出せるほどの。

 だが、イリスは。


 イリスの白い髪に、碧眼の姿。

 天の御使いと呼ばれる、それ。

 後ろからでもわかる。

 イリスは、笑っていた。

 いや、嘲笑っている、といったほうが正しいのかもしれない。

 命を。

 生命を。

 おおくの人びとが、それは「大切なもの」だと言い放つ、そのものを。

 それを、その思いを、処断する。

 それがイリスたち、シグリなのだ、と。


 イリスは祝福された瞳の色を濁らせるように細め、力ずくで二人の剣を薙ぎ払った。

 だが、剣はその手から離れない。

 二人はイリスに向き直り、剣を向き直した。


 そして息をつく暇もなく、今度はイリスの首を狙い、剣を振るった。

 ルカは、一瞬息が止まったことに気づく。

 イリスが強い力で突き飛ばしたのだ。

 邪魔だと判断したのだろう。

 手には皮のグローブがつけられてはいたが、深い雪の冷たさはあった。

 ちかりちかりと、鉄のこすれあいによる火花が散る。

 二人と一人。

 はたから見れば、勝敗はあきらかだった。

 だが、――押されている。シオンの二人が。

 

 イリスの剣は不確かなふうに動く。

 一定のリズムをつけない、まるで独学で学んだような剣術。

 奇妙なそれは、相対する人間を圧倒する。

 「知らない」のだ。

 そんな剣の振り方も、凪ぎ方も。

 だから、対処のしようがない。


「ぐ……っ」


 ルカがいる場所に、血しぶきが飛ぶ。

 暗闇のなかでもわかる、命のほころび。


「ひ――ッ!!」


 喉がひきつる音が聞こえる。

 それはルカでもイリスでもなく、一人の、男の声。

 相対していた、一人の声だった。

 崩れ落ちた。

 血しぶきをまき散らせながら。


 イリスは、もう一人の獲物を仕留めるために、剣の柄を強く握りしめた。

 死んだ一人の男を見て動揺したのか、男は一歩、足を後ろに下げた。

 それは、死への歩みだった。

 足元には、腐った木の塊があった。

 後ろに倒れこんだ男へ、イリスの剣は心の臓を正確に貫いた。

 

 それだけ、だった。


「……はぁ……はぁ……」


 耳が痛むほどの静寂のなか、イリスが大きく呼吸をしている。

 肩が上下し、やがてそれも静まった。


「イリ……ス」

「……行くぞ。夜が深くなる」


 剣を鞘におさめ、イリスはルカに背中をむけて呟いた。

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