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リュナの王国  作者: イヲ
第二章・爾後の嵐
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 ヤナはもう、食事を作って奥の部屋に閉じこもっているようだった。

 かといって、食事が冷めてしまっているわけでもない。

 できたてというわけでもないが。


「挨拶する人間はいないのか?」

「別に……いない」

「そうか。なら、いいが」


 イリスの言い回しに、わずかな違和感を感じた。

 顔をあげると、彼は何も気づいていないように、オートミールを咀嚼している。


「なんだ」


 イリスは視線に気づいていたのか、オートミールを飲み込んでから、ルカと目を合わせた。


「なにも、無事に帰ることができるとは思っていないだろう。戦うのは俺だが、絶対無事ということはない。俺が死んで、おまえも死ぬかもしれない。それだけ覚悟しておけ」

「……分かっている」

「ならいい」


 「むこう」とて、そう易々と殺されるわけではない。

 あの禍々しい男は強い、弱い、そういったものは感じられなかった。

 逆に、感じられないからこそ恐ろしかったのだ。


「……イリス?」


 ふいにスプーンを置いたイリスは、眉をひそめて、腰に下げている剣の柄に手をあてる。

 そして、がた、と音がした直後、イリスは椅子を蹴り、立ち上がった。


「ルカ。おまえ、昨日の夜言っていたな。セハカ殿がシオンの誰かと話していたと」


 早口で言うそのことばに、ルカはただ頷くしかなかった。


「その誰か(・・)は誰だ? 女か。それとも男か」

「女だった」

「そうか」


 短く言い切ると、イリスは椅子に座ったままのルカの前に立ち――その位置は、ちょうど扉の横だった――扉を、あろうことか蹴破った。

 がたん、という大きな音がして、ルカは思わず椅子から立ち上がり、そこから足を引く。


 それから――何かが、飛んできた。

 小さな、肉眼では追いきれない何か(・・)

 イリスの剣がそれの軌道をそらさなかったなら、ルカの頭を貫いていただろう。


「……やっぱりあんたか」


 イリスの切っ先は、ヤナに向けられていた。

 そして、彼女の手には、見慣れぬ黒い鉄の塊のようなものが握られている。


「おかしいと思ってたんだよ。あんたの態度が」


 ヤナの顔は真っ青になっており、頬がわずかに削げ落ちているようにも見えた。


「いつ……気づいたの」

「決定的だったのは、今だな」

「……私を、殺すの?」

「返答による。なぜ、ルカを狙った」

「シオンから通達があっただけよ。だいぶ前に(・・・・・)ね。シグリがやってくると聞いたのは、おとといだったからだいぶ焦ったわ。ここを出る前にそいつを殺さなくちゃいけなかった」


 鉄の塊のようなものをこちらに向けたまま、ヤナは凶悪な笑みをうかべた。


「そうか。分かった」

「がッ!!」


 ヤナの指が動く前にイリスは剣を翻させ、彼女の顎に思い切り柄で殴った。

 短い悲鳴をあげたヤナは、床に倒れてそのまま動く気配はない。


「殺したのか?」

「顎を殴っただけで死ねるかよ。気絶してるだけだ」

「………」

「イリス殿、ルカ、何の音だ?」


 セハカが部屋から出てくると、ひきつったような顔をした。

 先刻のヤナのように、顔色が青白い。


「何のつもりだ、イリス殿。ヤナに何をした?」

「すこし気絶させただけだ。この武器……見たことがあるか? セハカ殿」

「……ない」

「そうか。ならいい。じき、シグリから通達がくる。夜のうちに伝書鳥を飛ばしたからな。まあ、間に合わないだろうが……」

「何のことだ?」

「俺もただでこの家を出るわけじゃない(・・・・・・・・)ってことだ。昼には家を出る。あんたの息子を借りるぞ」

「ただで……まさか、あの部屋を」

「軟な座敷牢だったな。まあ、それはどうでもいいことだ。手紙には書いていない。だが――あんたに聞きたいことがあるようだな、シグリは」


 それは暗に、「自分が」といっているふうだった。

 セハカの表情が凍る。

 その表情で、すべてを物語っていた。

 「もう隠せない」と。だが、ここには、警邏が大勢いる。シグリがくるとしても、1人やそこらだろう。

 シグリは先鋭部隊だ。そうそう、人は割けないはず。

 セハカは僅かな希望にすがるしかなかった。


「……ルカ、お前、シグリを手懐けるとはな」

「……っ」


 イリスには聞こえないとでも思ったのだろうか、小声でぼそりとルカの耳元でつぶやいたが、無論イリスにも聞こえていた。


「手懐けられたつもりはないが――セハカ殿。あんたのことをよく調べさせてもらうぜ。言っておくが、これはシグリの意思だ。ルカの意思じゃない」

「……好きにしたらいい」


 セハカは気を失っているヤナをそのままに、自室に戻って行った。

 関係あると勘ぐられるのがいやなのだろう。


「ヤナは……どうするんだ」

「もうじき目を覚ますだろ。その前にシグリがくるかどうかは分からねぇが。まあ、どっちにしろこの女はもう、行き場所なんてどこにもない」


 冷めた目でヤナを見下ろすイリスは、もう彼女のことはどうでもいいようだった。

 ヤナの、このあとのことなど、本当に気にもとめないのだろう。


「可哀想だとでも思っているのか。この女は、おまえを殺すためにここに雇われたんだぞ」

「……そんなこと分かっている」

「捨てるべきものは、捨てておけ」


 イリスはルカから顔をそむけ、廊下の向こうへ歩いていく。

 捨てるべきもの。気を失っているヤナを見下ろす。

 もう、その手には鉄の塊はなかった。

 イリスが拾ったのだろう。おそらく。

 ルカが捨てるべきものとは何だったのだろうか。

 反対に、イリスが捨ててきたものは、ルカには分からない。

 途方もなく大きいものなのかもしれなかった。

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