38話
「あれで、あのざまで使いものになるのかい? キツネくん」
「可能性があるなら、如何様にでも」
「まったく、君たち家族は度がし難いね。人も神ももっと自由になれないものかね?」
「それはあなたもでしょう」
「そうだったね」
哲夫を見下ろしながら二つの柱が、穏やかな言葉を紡ぐ。
慟哭と憤怒と後悔が入り乱れる場で、二つの凪が見守る。
己が業に囚われた二つの凪は、人の営みを見守る。
◇ ◇ ◇
何度も何度もなんども、手にした武器を叩きつける。
自分の言い表せない感情を乗せて、なんども何度も何度も。
何かで視界が歪むのもかまわず、何度も。
耳を支配する泣き声から、逃げるように何度も。
湧き上がる自分を責め立てる感情を忘れたいがために、何度でも。
手にしては振り下ろし、壊れてはまた新しい武器でただ横たわる何かをただ叩く。
単純労働に逃避て襲い掛かる感情から逃亡。
それでも幼子が母を求め叫ぶ声は、俺を離さない。
目の前にある俺に向けられる恐怖に逃げ込みたい、それでも泣き声になにかしらの感情が反応する。
その度に手にした武器は砕け散る。
もう二振りともたない武器をただ振り下ろす。
「ひぃ! もう参った、降参するからやめてくれ!!!」
何かが聞こえる。
なぜもっと早く、何でもっと早く聞けなかったんだろう。
この泣き声が始まる前に聞けなかったのだろうか?
分かってなかった、俺もこいつも。
酔っていたんだ。手にした力を誇示したくて、何が起きるのかを考えもしなかった。
ただ、仕事に来たつもりでいた。
仕事? いや、仕事に徹していたらこうはならなかった。
どこかで刺激を、恐怖を求めていた。
そして今も。
だから、こんな結果になった。
幼い子供から母親を奪う結果に。
砕けた刃は、俺をも切り裂く。
細かく、薄く皮膚を裂く。
もっと、もっと痛みを、俺に贖罪をさせてくれ。
泣き声に混じって、金属音だけが鳴り響く。
「もうええやろ、みっともないで哲夫君」
みっともない? 俺に向けられた侮蔑の言葉にまた何かが湧き上がる。
キツネが冷めた目で俺を見る。
言いようのない感情を、言葉にならない言葉を飲み込みキツネを見る。
手にしていた黒い刃を目にして、足元に投げつける。
もう、落としただけでそれは砕けるほどに脆くなっていた。
行動を止めると、周囲の風景が目に入ってくる。
悪戯の神様は、泣いている子供をあやしながら母親に向かって光を放つ。
「ほら、いい子だ。お母さんは大丈夫さ」
その声を聴くと、子供は必死に涙を押し殺そうと努力している。
助けてくれた神に、自分なりの気丈さを見せている。
強い子だ、なぜかそう思った。
それに比べて俺は・・・・・・。
足元に転がるおびただしい数の残骸。
俺に力を貸してくれるイチモクレンの残骸。
子供にもできる何かが、今はもうできない。
頬を伝う何かに、今更に気が付く。
泣いていたのか。
あの子とは違い、誰かに向けた涙ではなく自分に向けた涙。
悔しさと馬鹿さに呆れて、流れる涙は苦味を感じさせる。
助けてくれた神様にすがりつく子供にも劣る気分になる。
「そうだ、えらいぞ。君は強い子だね」
子供に掛けられる優しい言葉が胸に刺さる。
まるで自分を責める言葉の様に深く、深く刺さる。
いや、遠回しに俺を責め立てるため声をかけているのかもしれない。
「今は泣いてもいいんだよ。でも次は誰かを守れるぐらい強くなりなさい」
子供の頭越しに、悪戯の神様と視線が合う。
「泣いて怒って、それでも笑って歩きなさい。子供たちよ」
ああ、神様は厳しくも優しい。
こんな俺にも次の機会をくれるという。
神様は優しくあやす、この場にいる全員を。
泣いて怒って躓いても、立って歩く努力をしろと言ってくれる。
何時か笑える日を迎えるために。
そうか、努力は自分に向けてもいいのか。
自分を高めようとする努力が、いつか誰かのためになればいい。
人はそう想って歩くしかできないんだから。
「似てるようで似てないんやな」
「何か言った?」
「いや、なあーんも。さ、お仕事済まそうや」
「ああ」
心に靄は残るが、それでも歩き始めよう。
次の一歩のために。
次回投稿は11/14を予定しております。
では、次回投稿で。




