プロローグ
木々が騒めく白い空間で、3人の男女が騒ぎ立てている。
「おい、あ・・・・・・原初さん? あれって大丈夫なの?」
「なに? ・・・・・・、ああああああああああ!!! 何してんねんコイツ!!」
叫び声が木霊する。
一本の木から葉が一枚、隣の木に引き寄せられていく。
宙に舞う一枚の葉が、吸い寄せられた葉に融合していく。
ここにある木々は世界、葉が人。
それが違う木に移動したと言うことは?
そう、転移だ。
3人の目の前で異世界転移が起きてしまった。
「嘘やろ・・・・・・どないしよ、なぁ! どないしよ!?」
一人の男が狼狽し、何が問題なのか分かっていない様子の男に詰め寄る。
「どうもこうも、俺たちには何も。なぁ?」
「うん、顕現の仕方も知らないし」
親し気な男女は狼狽した男に冷めた目線を投げる。
「ちょっと、さっき言った仕事はキャンセルな! 行ってくるわ! 管理は任せた!」
そう言うと、狼狽していた男は目の前の木に溶け込むようにその存在を透けさせていく。
「任せたって、どうやって?」
「んもぅ~!! あの子に聞いて!! ほなな!」
そこまで言うと、木々の生い茂る白い空間に先ほどの狼狽した男の姿が無くなっていた。
◇ ◇ ◇
とある家屋の一室、男は心痛な面持ちで手紙をしたためている。
今となっては、珍しくなった手書きの手紙。
宛名は無い、もしかすると必要が無いかもしれない。
男は万が一を考え、事の経緯を書くことにした。
中身は主に自分の想い人を知らしめる内容だ。
抑えきれない欲求と満たせない心を埋めるために行う、ひどく我がままな行い。
万が一が起こらなくても、自分の中に拭いきれない罪悪が残ることも理解している。
それでも、我が夢を諦めきれない自分は、なんと幼い精神をしているのだと男は思う。
やってはいけない理由は、山の様にある。
そのことは分かっているが、たった一つの自分の夢が今回の行動理由だ。
そのことは、はっきりと謝らなければならない。
今回のことで男が得るものは、本来の自分にはないもの。
必要としているものは、もう一人の自分。
異世界の自分に相当する存在。
それを一方的に搾取しようとする自分の願いは、独善的で許されざるものだと男は理解はしている。
でも、望んでしまった。
そう、手に入らない想いを。
男は手紙を書き終えると、机の上に置いて部屋のベッドに横になる。
備え付けた装置を起動し、ゆっくりと目を閉じる。
願わくば自らの意識の下、自らの手で。
叶わないなら、せめて自分の意志を汲んでくれること期待して。
◇ ◇ ◇ ◇
目を覚ますと、何故か俺は実家に居た。
独立して10年になる、滅多に帰省しない実家の天井がそこにはあった。
一体、いつ帰省したのだろう?
一切記憶が無いが、確かにそこは実家の自室だった。
おかしな件は、それだけではなく独立後捨てられたはずの学習机が部屋にあること。
そして、窓の外には見たこともない建物が見えることだろうか。
北関東の入口、何もないも無い県と揶揄される印象度最下位の我が県の、更に何もないこの地方にあのような大きな建物が必要なのだろうか?
ニュースにもならないうちに、人口増加があったのか? それとも国家規模の陰謀が動き始めてる?
無いな。うん、本当に無い。
大体新しい電波塔だって、建設中は何度もニュースになったって言うのにそれと同等の規模の建物が話題にならない訳がない。
いくら国でも、あれだけ目立つものを隠したままで建設できるわけがない。
別の窓から見える景色は、記憶にある景色そのものである事から、特別人口が増加したとか言う変な理由でもないとは思うのだけど。
・・・・・・あれか、夢か?
未だに俺は夢の中に居るのかもしれない。
そう思い頬をつねってみると、痛い。
確かに痛みは感じる、最近の夢は痛みも感じるようだ。そう夢だよ、だって良く見ると道路には一般的なガソリン車らしき車ではなくタイヤの無い車が走っている。
それだけではなく、見知った農耕風景の中にもおかしな点が見えた。
機械的なものが一切見られない。耕運機を始め何もかも。
それに、空に巨人が泳いでるし、間違いない。夢だ。
外のあまりにもあまりな光景に、めまいを起しベッドの近くに手を付く、すると音を立てて何かが崩れ、その拍子に転んでしまった。
いったー! 手切った? あー! 最悪・・・・・・。
幸いにも血は出てないけど、何かからだの中に異物感は残っていた。
くっそー! 何なんだ、この状況。
あ! これあれか! 異世界に来てるってことか? だったら掲示板にスレを上げないと!!
【別世界からの】異世界に来てしまったようだけど、何か質問ある? 【訪問者】的な。
はぁ、とんだオカルト脳だな。
漫画、ラノベ、アニメは大好物だ。オカルトだって大好きだ。陰謀論なんてもうたまらない!
けど・・・・・・こんな現実要らないなぁ~。
そういった類のものは、現実離れしているから面白いのに・・・・・・。
さて、必死で現実逃避を試みているけど状況は一向に変わらない。
現状の打開には、自室を出て階下を確認する必要があるように思う。しかし、危険な気がしてならない。
仮にここが、異世界だとしよう。そうすると、親ってどうなってるんだろう? もし万が一、俺の知っている親がいなかったらどうしよう。
もし、万が一これが現実で、俺を知らない人が通報したらどうしよう。今までの30年で警察の御厄介になることは、無かったけどここに来て可能性が浮上してくる。30で賞罰が付くのは意外と痛いよな。
いっその事、夜まで待てないだろうか?
ああ、駄目だな。外を見ると未だに日は上りきってない、残念なことに午前中のようだ。
幸い付けた覚えのない鍵がドアに付いているから、あちらからこちらに入られる心配は無いはず。
ウロウロと部屋の中を回っているが、目に付く物の中には俺が知らない、使用方法も分からないものが有ることから、ここが俺の知る実家ではないことが確定している。
そして、残念なことに先ほどから感じている尿意が、これが夢でないことを告げている。
どうしよう? 出て行って鉢合わせしたらなんて言えばいい? ・・・・・・いっその事、ここで済ましてしまうか?
いや、駄目だ。ここにはボトルらしきものは無い。
それにボトラーでない俺には、仮にボトルがあっても緊張で出ないだろう。
漏らすか?
いやいやいや、流石に俺でもそこは超えてはいけないラインだぞ?
人には犯してはいけない大罪がある。そう、大人のお漏らしは八つ目の大罪だ。
こんな事考えてたら、尿意って引かないかな?
ああ駄目だ、なんで意識してしまった尿意って、簡単には引かないんだろう!
どうする? どうする俺?
・・・・・・もう、漏らすよりはいいだろう。
通報でもなんでもすればいいさ。正直もう限界です!!
内またで早足になりながら、階下のトイレに駆け込む。
誰にも遭遇せず、トイレに侵入する事が出来た。
はあぁ~。
我慢は良くないよな、何でこんなストレスを課していたんだろう?
人間出来ないことをするのは良くないよな。
手を洗い出て行くと、視界に何かが映る。
「あら、起きたの?」
その何かは、俺を認識しても何も言ってこない。
母親の顔をした誰か。
脳の認識がどうなっているかは、専門的知識が無い俺には分からない。
確かに、顔自体は多少若くはあるが、母親のそれと一致している。
でも、何だろう? 臭い? 雰囲気?
何かが、その人を母親ではないと認識してしまっている。
「母さん?」
「なに?」
怪訝な表情の母親らしき人が、俺の顔を覗き込んでくる。えもいえぬ不快感。
洗面所に駆け込み嘔吐してしまう。
何も入っていないのか、胃液だけが逆流していく。
数回の逆流により、嘔気は去ってくれたが目の前に映るそれに、再び嘔気が呼び起こされる。
鏡に映る俺に似た誰かの顔。
俺の十代の頃には、違和感が無かったのかもしれない。
若い頃の顔がそこにはあった。
誰だ? さっき見た顔は俺なのか?
嘔吐したからなのか、恐怖からか洗面台において体を支えている手に力が入らない。
心臓の動きがいやに早く感じる。
視界が白くなっていき、立っていることもできず倒れ込む。
これが俺の体験した異世界での最初の一幕。
俺の望んではいなかった冒険の始まり。