幸せな夕食(原作:葵凜香先生『オイシイ料理は僕らを救う』)
これは、カンコツ工房先生の、“換骨奪胎小説プロジェクト”の暖簾分け作品です。依頼を受けた作品を新たに作り直す……簡単に言うとリメイクしてみよう、という企画です。今回は葵凜香先生から依頼を受けました『オイシイ料理は僕らを救う』をリメイクしてみました。葵凜香先生の作品とあわせて、是非読んでみてくださいませ。
家の中、そこで響くは耳を塞ぎたくなる程の怒号。そしてはびこるのは、
暴力。
奴の……親父の蹴りが、俺の母の腹に数発入る。
「ご……ご免なさい!ご免なさい!」
手で体を守りながら、ひたすら謝り続ける母。だが、
「ああん、何がご免なさいだ、ふざけるな!」
再びの蹴り。そして、平手打ちが母の頬に炸裂する。
その勢いに体が飛ばされ、テーブルに頭をぶつける母。
そう、いつもの光景、いつもの修羅場。そして、
「やめろよ!やめてくれよ、親父!」
いつもの様に俺が止めに入る。
全く、たかが酒が切れていた、それだけの為に、こんな……。
「邪魔するな!引っ込んでろ!」
だが、そんな事も耳に入らず、俺をも殴ろうとする奴。それを見て母は慌てて、
「ご免なさい、すぐ、今すぐ買ってきますから!」
痛む体を押さえながら立ち上がり、ヨロヨロと歩いて財布を取り出す。
「そうだよ!買ってくりゃいいんだ!さっさとしろっ!」
急かされる様に、玄関へと追いやられる母。それに俺も続き、
「一緒に行くよ」
そう言って母と共に外へと出て行った。
暗い闇、人通りの少ない夜道を、俺達二人は歩いて行く。
奴の暴力、そう、それは俺が物心ついた時から行われていた。母曰く、奴にも優しい時があったというが、正直俺には信じられなかった。仕事もせず、母のパートの給料に頼り、家に寄生する。それこそが奴、紛う事なき奴の本性なのだから。
そして、延々と続くこの修羅の道。暴力と、罵声がはびこる日々。奴のせいで家計も苦しく、全ての苦労は母の肩にのしかかっていた。
何とかしてやりたい俺だったけど、まだ中学生の無力な俺には、どうする事も出来ず……。
悔しさを胸に秘めながら、無言で道を歩む俺。そして、常夜灯が光る灯りの下に来た時、
「母さん、血が……」
今まで暗くてよく分からなかったが、唇の端が切れて血が流れているのに気がつき、俺はその唇に手を伸ばそうとする。すると、
「大丈夫よ。この位なら何でもないわ」
そう言って唇を押さえ、母はにっこり微笑む。許せなかった、こんな事をする奴が。湧き上がるその腹立たしさに俺は、
「殺そう」
そう母に言った。
それに驚いた様な表情をする母。
「奴を殺そう。俺、まだ中学生だし。捕まっても、事情を知ってくれれば、大した罪にはならないよ。だから……」
思いつきの様に、つい出てしまった言葉。
だが、それに母は首を横に振り、
「そんな事考えちゃ駄目。大丈夫、お母さんが何とかするから。だから……」
母は、その常夜灯の下から再び歩き出した。そして背にいる俺に向かってポツリと、
「優ちゃんは心配しないで。お母さんを信じて……」
そして不意に振り返り、どこか強い眼差しで、
「お母さんを信じてね」
そして、次の日。
「ははは、テメーに食わせる金はねーとよ。学校でしこたま食ってくるんだな!」
いかにもおかしいといった、奴の笑い声が家の中に響く。
それに拳をグッと握る俺。
そう、部活が終わり、学校から帰ってみると、夕食が一人分しか用意されてなかったのだ。それも奴の為の。
理由は、家計が苦しいから。
何故、何故と、俺は胸に問う。
漂うはいい香り。否が応でも食欲を刺激する……。
それに悔しい思いを抱えたまま、兎に角今は我慢と、俺は自分の部屋へと駆けていった。
そして……。
それから、母は毎日奴の為だけに食事を作る様になった。それも、今迄よりも豪華に、量も多く。酒も思う存分飲ませ……。
それを唯横目で見るしかない俺。やるせなかった。だが、そのお蔭か何なのか、奴は以前よりも機嫌が良い時が多く続く様になった。暴力も幾分減った様に思え……。
これが母の思惑だったのだろうか。信じてね、と言った理由の……。だが、いつまでもこんな生活が続くと、流石に俺も納得がいかなくなってきた。そして、奴が留守の時を見計らって、
「どうして……こんな仕打ちを俺に?」
とうとう堪えきれず、母に訴えた。すると、それに母は悲しそうな顔をし、ひたすらご免ねと言って、涙を流すばかりで……。
それに、俺は罪悪感に苛まれる。そう、これ以上はとても責められない程に……。
そして、俺は母を信じる事にして口を噤み、そのまま時は過ぎていった。当然の如く、その間奴は相変わらずの怠惰な生活を続け、見る見る内に太ってゆき……。
すると、そんなある日、
「な……何か、動悸がする……頭も、少し痛い」
奴がそんな事を言い出した。それに母はいかにも心配げな表情をし、
「あらあら、病院にいった方がいいんじゃないですか?」
「はっ、これっぽっちで病院?冗談じゃない」
そう言って、奴は病院に行こうとはしなかった。そう、元々怠惰な性格、ちょっと頭が痛いとか、動悸がするぐらいで病院にいく様な奴ではなかったのだ。
そうして、たまにそんな事を訴えながらも、特に何か大きな自覚症状があるという訳でもなく、淡々と日々は流れゆき……、
「あああ!うう、うあっ!!」
ある日突然、奴は苦しみ出した。
胸の辺りに手を当ててのたうち回り。
俺は急いで電話の受話器を取る。だが、それを母は手で制し……。
苦しみ続ける奴。そしてそれを見ながら母は、
「あれだけぐうたらな生活をして、食べたいものたらふく食べて、お酒も飲んで、タバコ吸ってれば、こうもなるわね」
どこか冷たさも秘めたその声、それに俺はゾクリと背筋に悪寒が走るような思いになる。
そう、そんな生活の付けが回る様、誘導したのは……。
しばらく待って、漸く電話の受話器に手を伸ばす母。そして救急車を呼ぶと、
「お父さんに出していた御飯、食べてみる?昨日のお味噌汁が少し残ってるから。とても食べられたものじゃないわよ」
しょっぱくて……。
そして、奴は死んだ。死因は……心筋梗塞。
それから俺達は一通りの雑務を済ませ、漸く一段落つくと、
「はい、優ちゃん、夕食よ」
差し出されたのは、出来立てのカレー。
久しぶりの、母の手料理だった。
俺は鳴りそうなお腹を抑えながら、スプーンに手を伸ばすと、
「お父さんには高い生命保険、かけていたのよねぇ……」
ポツリとそう呟く母。
それに俺は笑いたい気持ちになった。
そしてそのカレーを、そう、奴に出したという味噌汁とは全く違う、本当に美味しいカレーを俺は一口頬張った。
いかがだったでしょうか?
リメイク作品第三弾になります。
今回は読了時間五分で、というリクエストつきでした。
ですが、五分……中々の大きな壁でした。
その枠の中に入れるのに必死になり、正直作品の方は消化不良の感も……(T T)
葵先生の苦労をしみじみ実感、といった感じでした(> <)




