ヒマワリと僕
「行けぇ!」
その掛け声とともに、僕はめいっぱいペダルを踏みつける。
二人乗りの自転車が、カゲロウでゆらゆらする長い下り坂を下りていく。
じんじんと真上から照りつける太陽。
両肩が熱いのは、君が夏をつかまえて、そこに乗っけているせいだ。
雲はどデカいまま、僕らを追いかけている。
永遠に続くような気がしていた、その年の夏。
僕らの汗は、まだ同じ匂いがしていた。
自転車に乗る時、僕はいつも背中を向けたきりだけど、君が笑っているのがわかる。
その笑顔を想うと、胸がどんどん先へ行こうとするんだ。
いつか勝手に心臓だけがペダルを漕いで行ってしまいそうだ。
君は本当にご機嫌で、「中商にラーメン食べに行くぞ」って雄叫びを上げる。
僕は「はいよ」ってお腹から返事をする。
夏は終わらない。終わらないって思っていた。
だけど、季節はいつも僕らの目を盗んで、いつのまにかひっそりと色を変える。
その月何度目かの中商で、白い湯気の中、ふいに君は言った。
「なぁ、手紙って書いたことある?」
僕は首を振る。
「メールがあるじゃんか」って答えたら、怒った顔をして、「アドレスも番号も知らないんだよ!」って怒鳴り返された。
そして僕は見た。気の強い君の横顔がほんのり赤みを帯びているのを。
それは、ラーメンが熱かったせいだけじゃない。
とたんに、僕はカウンターに座った背中がとっぷりと暗闇に落ち込んで行くのを感じた。
下り坂を滑っていくのと一緒で、夏もそこにとどまっていてはくれない。
確実に歩みを進めて、最後のほうは早足で駆け抜けて行くんだ。
中商での日から何日か後、渡り廊下で君を見かけた。
知らない誰かと一緒だった。
よくは見えなかったけど、君は泣いているみたいだった。
僕の胸はドキドキしたけど、前へと進みはしなかった。ぎゅっとその身を縮めて、後ろへ後ずさった。
放課後、校門で君とバッタリ会って、君は当たり前のように僕の後部座席に乗り込んだ。
「行けぇ!」と張った声は、いつもより威勢が良くなかったけど。
僕は懸命にペダルを漕ぎ出した。
僕が前を向きっぱなしの間、君はいつも笑顔なんだ。
だから僕は、前方だけに注意して。肩に置かれた手の熱も忘れて。一心不乱に漕ぎ続ける。
だけど。
君は途中で、僕の後頭部におでこをくっつけて。
少しだけ泣いた。
このままもうしばらく漕ぎ続けたら、あの長い長い下り坂に出る。
そのスロープを、これまでの最高速度で下りきって。
そして、カーブをひとつ曲がったなら、海が見えてくるから。
そこまで行こう。
僕はいつまでも前を向いているから。知らんふりをしているから。
君はきっと涙を止められるはずなんだ。
ヒマワリはいつも太陽のほうを見上げている。
だけど、うんと遠くにいる太陽には、ちっぽけなヒマワリは見えていない。
それでいい。
僕は、いつも君を見守っている。だから、笑っていて欲しい。
ひとりじゃないよ。ここにいるよ。
僕は、君の、ヒマワリ。