Chapter.0「美しき殺人鬼」
2260年。
1人の殺人鬼に因って世界は震撼した。
始まりは英国。黒い噂の絶えない、議員だった。そこから、世界各地で1人、また1人と犠牲者が増えていった。
正体不明。神出鬼没。人々は殺人鬼をこう呼んだ。『現代の斬裂魔』、と。だが、その殺人鬼は突如姿を消した。
人々が殺人鬼の存在を忘れ、3年の月日が流れた。
2263年。
―――――何もない、真っ白な空間。そこに彼女は『居た』。いや、正確には『拘束されている』。
此処は凶悪な犯罪者達を集めた監獄『Near Hell(地獄の側)』。彼女はその最下層に拘束されていた。
彼女はとても退屈でしょうがなかった。手首は頑丈な手錠で固く縛られているし、口は顔全体をマスクで覆われて声を発しても相手へは届かない作りになっている。
(食事も終わったし今日も羊を数えて寝るか…。)
そう思い、瞼を閉じる。その時
「出ろ、殺人鬼。ヒャハハ!面会だってよォ!」
品性の欠片もない大声で叫ばれ、彼女は顔をしかめた。看守だ。
「ほら、立て!面会だっつてんだろうが!」
彼女は強引に立たされた。そのまま独房から引きずり出される。
彼女は、何故自分に面会が来ているのか分からなかった。彼女には知り合いも家族もいない。
すると、彼女の考えている事が分かったのか、看守は
「お前も遂に、『社会にご奉仕』だってよぉ!ヒャハハ、面白れぇな!物好きも居たもんだ!」
看守は愉しそうに笑っていた。
面会室に入ると、先ず奇妙な男が目に入った。
白衣を着ている分には普通だが、首から上が普通じゃなかった。
何故なら、その男は紙袋を被っていたからだ。目の部分だけが切り抜かれていて、そこから覗く双眸は爛々と輝いていた。
「何してる!さっさと座れ!」
彼女は、 椅子に座り、男と対面した。
「やあ、いい天気だね。いや、君は外の天気を知らないから言ってもしょうがないか。」
男の口から出た最初の言葉がそれだった。彼女は黙って男を見つめる。
「……?ああ、そうか。それはこっちには声が届かないようになってるんだった。おい、そこの君。」
紙袋の男はすぐ後ろにいる看守に言った。
「すまないが、彼女のマスクを外して貰えないか?」
看守は、何でそんな事を、と言いかけたが渋々指示に従った。
そして、彼女は久しぶりに肌で空気を感じた。ゆっくりと深呼吸し、瞼を開ける。その動作はその場にいた者の目を奪った。
眩しい程の銀髪。血を塗りつけたかの様な深紅の瞳。白く透き通るような肌。
それが『現代の斬裂魔』と呼ばれた殺人鬼、フランツィア・エルヴァンハイムの姿だった。