君に束縛の指環を
「今日は三月十四日だよね」
「ええ、そうですけど……それがどうかしましたか?」
ぼくの唐突な質問に、きょとんとしたカオをこちらに向けた彼女。
「ということは、一ヶ月前の今日はバレンタインデーだったってことだよね」
「……それが、どうかしましたか?」
少しの間を置いて返ってきた声は、心なしかさっきよりも不機嫌そうだった。多分、原因は「バレンタインデー」という単語だろう。
「いや、今年はココアクッキーに見せかけたプレーンクッキーだったな、と思ってね」
「……素直に焦げたクッキーだったね、って言えばいいじゃないですか!」
「だって、正直に言ったら君が傷つくだろう?」
「それはそれは、お気遣いありがとうございます」
にこり、仕返しだとでも言わんばかりの皮肉めいた笑みに、ぼくは苦笑した。
一ヶ月前の今日、つまり二月十四日のバレンタインデーに、ぼくは彼女からクッキーをもらった。しかし、彼女は料理がちょっと、いやかなり――ぶっちゃけものすごく下手なので、そのクッキーは焦げていたのだ。それはもう、プレーンクッキーだとは言えないくらい、真っ黒に。まあ、だからといって食べられないわけではないので(中は奇跡的にプレーンクッキーだった)、もちろん完食したけれど。
「……どーせわたしは料理が下手ですよ」
彼女が拗ねたように口をとがらせてつぶやく。へえ、どうやら自覚はあるらしい。まああの悲惨なクッキーから考えれば当たり前か。
「でも、食べられるんだからいいじゃないか」
「……そうですか?」
「そうだよ」
「……そう、ですよね。料理は見た目よりも味、そして何より愛情ですよね!」
ぼくはそこまでは言っていないのだが、彼女の機嫌は早くも直ったようだ。いつもはマイナスの方向に思考が飛躍するのに、どうしてこういうときだけはプラスの方向に行くのだろうか。
まあ今はそんなこと、どうでもいいか。
「はい、これ」
「え? 何ですか?」
「今日はホワイトデーだろう?」
すっと差し出したのは小さな箱。ホワイトデーのお返しというやつだ。彼女はそれをそっと受け取ると、おずおずと上目遣いでこちらを見てきた。
「開けてみてもいいですか?」
「もちろん」
リボンをほどき、ゆっくりと箱を開けた彼女の目が大きく見開かれる。
「指環……?」
「君はこういうのがないと、また不安がるだろうと思ってね」
ぼくがそう言うと、彼女は手で口を押さえ、目を潤ませた。
「それに、ぼくも君のことを縛りつけておきたいし、ね」
「……ずるいです……」
「え?」
「わたしだって、あなたを縛りつけておきたいのに……」
「じゃあ、おいで?」
ぼくがにっと笑みを浮かべ、彼女に向かって手を広げれば、彼女の目から一気に涙があふれ、そのままぼくの腕の中に飛びこんできた。背中に腕が回され、ぎゅ、と抱きしめられる。
「君にできる『縛りつけ』なんて、これくらいだよ」
うっ、うっ、と腕の中で嗚咽を漏らす彼女にそう言って、くすりと笑ってやった。
しばらくすると、彼女は顔を上げ、潤んだ瞳で真っ直ぐにこちらを見つめてきた。
「わたしのこと、愛してますか?」
「ああ、もちろん。君は?」
「わたしも、だいすきです……っ」
震える声でそう言って、彼女はぼくの腕の中でまた泣いた。ああ、彼女は相変わらず泣き虫だ。でも、ぼくはそんな彼女のことを、
(世界中の誰よりも、愛しているよ)




