真珠の涙をすくってあげる
「わたしの愛は、重いですか?」
ある休日の昼下がり、彼女はぼくの部屋に入ってくるなり、イスに座っていたぼくの目の前にちょこんと正座をし、そう言った。
またどういう思考の飛躍をしたのかはわからないが、その質問の答えは簡単だった。
「何を今さら」
それを聞いた彼女は瞠目すると、哀しそうに眉を下げてうつむいてしまった。
「……ある人に、わたしたちの関係は『泥沼』だと言われました」
「泥沼?」
「お互いに依存しあって、一度はまったら抜け出せないから、だそうです」
「へえ?」
誰が言ったかは知らないが、なかなか的を射た表現だ。
――まあ、そんな皮肉ったような言い方をする人物なんて、ぼくの知る限りでは一人しかいないけれど、今は触れないでおこう。
「で? どうしてそこから君の愛が重いってことになるの?」
「……だって、依存してる、とか、すごく重い感じがするじゃないですか」
「まあね」
「束縛だって重いって言う人がいるのに、依存ですよ!? どれだけ重いんですか、わたしの愛!」
しょんぼりしていたかと思えば、いきなり激昂して大声を出す。彼女は感情の起伏が激しいな、と冷静に考えていると、
「……それに、あなたは即答するしっ……ふえっ、ううー……」
彼女は泣き出してしまった。
ああ、またか。彼女はいつからこんなに涙もろくなってしまったのだろう。
「わ、わたしの愛は、そんなに重いですか……?」
「バカだね、君は」
「ま、またバカって……!」
「君がバカなんだからしょうがないだろう?」
「なっ……」
ぼくはイスから立ち上がって彼女の前に腰を下ろし、その目を真っ直ぐに見つめた。さっきは色んな意味で上から目線だったけれど、これで彼女と対等になったはずだ。
「確かに君の愛は重い。でも、そんなの今さらだ」
「……はい」
「でも、それが君の愛だってことに変わりはないだろう?」
「はい」
「だったら、それでいいじゃないか。重さも依存も全部ひっくるめて、ぼくが君の愛を受け止めてあげるよ」
「、はい……っ」
ぼくの言葉を聞いて、彼女のほおにぽろぽろと流れる涙を指で拭ってやりながら、思わずため息をこぼす。
「まったく、君はいつからこんなに泣き虫になったの?」
「あ、あなたが泣かすようなことを言うからじゃないですか……」
えぐえぐと子供のように泣きじゃくる彼女を見て、今度はくすりと笑みがこぼれた。
「それに、そのある人は『お互いに依存しあってる』って言ったんだろう?」
「そ、うですよ……?」
「じゃあ、ぼくも君に依存してるってことじゃないか」
「そうですね……、え?」
彼女は今、何かに気付いたようにぱっと顔を上げた。そのカオは驚きに満ちていて、涙も引っこんでしまったようだ。ああ、彼女が一つのことについてもう少しよく考えてくれたら、天才的な思考の飛躍は減るんじゃないだろうか。
「それは、つまり……」
「重いのは君の愛だけじゃないってことだよ」
「ほ、ホントですか……?」
「ここでウソをついてどうするの?」
「つまり、あなたもわたしに依存していて、あなたの愛も重い、とっ!?」
彼女が奇声を発したのは、ぼくが急に彼女の腕を引いて抱き寄せたから。
「……認めたくないけど、そういうことかな」
「わたしの愛は、重くてもいいんですか……?」
「もちろん」
――もしかしたら、ぼくの愛のほうが重いかもしれないけどね。
そして、彼女はぼくの腕に抱かれて泣いた。