深愛セレナーデ
「あなたは、愛する人を殺してまでも、その人を手に入れたいと思いますか?」
そんな突拍子もないことを切り出したのは、もちろん彼女だ。その真っ直ぐな瞳は、ぼくを捕らえて離さない。
「そんなこと、考えたこともなかったよ。君はどう思うの?」
「わたしは……そう思います」
「つまり、君はぼくを殺したいってこと?」
「うえっ!?」
自分で言い出したことなのに、何故か彼女はすっとんきょうな声を上げた。今までのシリアスな雰囲気が台なしだ。
「何驚いてるの?」
「え、いや……よく考えてみればそういうことですよね」
そうですよね、うん、と一人でぶつぶつとつぶやく彼女。「よく考えてみれば」ということは、今までよく考えていなかったということか。まったく、見切り発車もいいところだ。
というか、それはよく考えなければ殺す対象となる愛する人がぼくだとわからなかったということだろうか。もしそうならば――少し落ちこむ。
しかし、鈍感な彼女がそんなぼくの気持ちに気付くはずもなく、再びぼくを見据えて口を開いた。
「で、あなたは愛する人を殺してまでも、その人を手に入れたいと思いますか?」
「思わない」
「どうしてですか?」
「ぼくは死体愛好家じゃないから」
愛する人を殺したって、どうにもならない。それはもう「ヒト」ではなく、ただの「モノ」だ。ぬくもりもないし、話すこともできないなんて、そんなものはいらない。
すると、彼女は哀しそうなカオをしてうつむいてしまった。
「つまり、わたしのことをあまり愛していないということですか?」
「は?」
その言葉に、今度はぼくがすっとんきょうな声を上げてしまった。
「何でそうなるの?」
「だって、わたしはあなたを殺してまでも手に入れたいと思っています。つまり、あなたを殺したいくらい愛しているんです。でも、あなたは違う。だから、そんなにわたしのことを愛していないんでしょう……?」
セリフの終わりに近づくにつれて彼女の声は震え、その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
ああ、まったく。彼女は相変わらず思考の飛躍が天才的だ。
「じゃあ、仮に君がぼくを殺したとして、それから先はどうするの? ぼくはしゃべれないし、動くこともできないんだよ? 君はそれでもいいのかい?」
ぼくがそう言うと、彼女は目をぱちくりと瞬かせた。これはまさか――
「え、と……そこから先は考えてませんでした」
――やっぱり。
ぼくは呆れてため息をついた。
「バカだね、君は」
「なっ……」
「『殺したいくらい』なんて、あくまで比喩だろう? 本当に殺してしまったら犯罪じゃないか」
「う、ごもっともです……」
幼い子供を諭すように話すと、彼女の頭は次第に垂れていった。そして、本当に機嫌を損ねた子供のようにむくれてつぶやく。
「……どうせわたしはバカですよ」
「ああ、ホントにバカだね、君は」
「そんなにバカバカ言わなくてもっ……!」
そう言いかけた彼女の細い腕を引いて自分のほうに引き寄せ、抱きしめる。それは、子供のような彼女が一番安心する方法だった。
「……っ、わたしのこと、愛してますか?」
「もちろん」
「殺したいくらい、ですか?」
腕の中の彼女が上目遣いでこちらを見つめている。
「……ああ、そうだね」
殺したいくらい、愛してるよ。
それはただの比喩表現で、もし現実に有り得たら自分が殺されてしまうというのに、彼女はとても嬉しそうに笑った。
まったく、彼女は本当にバカだ。殺さなくたって、ぼくはとっくに彼女のモノ、なのにね。