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明日の幸福はどこにある

「、は?」


 ぼくは自分の耳を疑った。ぼくの目の前で哀しげにうつむく彼女は今、


「何て言った?」

「だから、もう別れましょう、って」


 ああ、誰かウソだと言ってくれ。

 最初に一つ言っておくが、ぼくは確かに彼女を愛しているけれど、異常なくらい依存しているわけではない。彼女が正当な理由をもって「別れよう」と言うのなら、素直にそれに従うつもりだ。

 では、何故ぼくがこんなに驚いているのかというと、彼女が「別れよう」と言ったその正当な理由がわからないからだ。いつだったか、彼女が別の男に告白されて以来、彼女に男の影はないし、ぼくのほうにも女の影は一切ない。そうなると、残るはぼくと彼女の直接的な関係だが――やはり思い当たることはなかった。

 ぼくが全力で思考をめぐらせている間も、彼女は黙ってうつむいたままだった。


「理由は?」


 少し責めるような強い口調になってしまったことを言ったあとで後悔したが、もう遅い。彼女はますます哀しそうな表情になり、か細い声でつぶやいた。


「……こわいんです」

「何が?」

「わたし、あなたといると幸せすぎて、こわいんです」

「……は?」


 こうして話は最初に戻る、わけではない。

 彼女が別れようと言った理由はわかった。わかったけれど、それがどういう意味なのかがわからない。

 ぼくといると幸せすぎてこわい? 幸せなのはいいことじゃないか。


「幸せすぎると、どうしてこわいの?」

「だって今、わたしはこんなに幸せで、幸せすぎるくらいに幸せで、」


 彼女はそこでいったんセリフを切り、そして、今にも泣き出しそうな震える声で先を続けた。


「もうこのあとは、不幸なことしか起こらないんじゃないか、って思って……」


 確かに人生は山あり谷ありで、楽があれば苦もある。そういえば、人生における幸せと不幸せの量は同じだと聞いたこともある。

 だけど、


「君はバカ?」

「なっ……」

「幸せの上限なんて誰が決めたの?」


 ばっと顔を上げた彼女は涙目だった。


「確かに人生は幸せなことばかりじゃないよ。だけど、幸せになっちゃいけないなんてことはないだろう?」

「そ、れは……」

「別に不幸になったっていいじゃないか。つまり君は、ぼくと一緒ならいつだって幸せなんだろう?」


 ああ、ちょっと自意識過剰な発言だったかもしれない。でも、ぼくは本気でそう思っているんだ。


「……あなたは、わたしと一緒にいたら幸せですか?」

「もちろん」


 ぼくがやさしく微笑んでみせると、彼女はふわりとぼくの腕の中に飛びこんできた。まだ目に涙は浮かんでいたけれど、そのカオに「哀しい」という感情はもう映っていなかった。

 ああ、やっぱりぼくは彼女を愛しているし、彼女に依存しているのかもしれない。そんなに異常なくらい、ではないと思うけれど。


(君と一緒なら、ぼくはいつだって幸せなんだ)




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