ウソつきな彼女の憂鬱
「あなたなんかキライです」
「それは光栄だね」
ああ、何度このやりとりをくり返しただろう。
「あなたなんか、大キライです」
「君も大概にしたら? バカの一つ覚えみたいに同じことをくり返して」
「あなたに言われたくありません」
「それは君が同じことを言うからだろう?」
すると、彼女はまたあなたに言われたくありません、と同じことを言ってそっぽを向いてしまった。まったく、イタチごっこもいいところだ。
事の始まりはついさっき。彼女が突然質問をしてきたので、ぼくは素直に自分の意見を述べた。ただそれだけのことだったのに、ぼくの答えを聞いた彼女の機嫌が悪くなってしまったのだ。
ぼくと彼女は家がトナリ同士で、いわゆる幼なじみというやつだ。だから、ぼくは彼女の性格を熟知しているし、こんなことは日常茶飯事なのだが、毎回毎回機嫌を損ねられるこちらの身にもなってほしい。
「まったく、『そんなもの』はどこにもないのに」
「わたしは『もしあったら』と言いました。つまり仮定の話です。あなたはそれまで否定するんですか?」
「仮定の話ってことは、君もそんなものはないってわかっているんだろう?」
「もしかしたら、あるかもしれません」
「もしかしたら、ないかもしれないよ」
両者譲らず、互いににらみ合う。先に目をそらしたのは彼女だった。そして、ぼそっと「あなたなんか嫌いです」とつぶやく。そのセリフ、何回目だろう。そう思って、自然とため息が出てきた。
「ため息をつきたいのはこっちです。わたしはただ『永遠の愛があったら素敵ですよね』って言っただけじゃないですか」
そう、今回の発端は彼女のそのセリフだった。
永遠の愛だなんて言われても、まず「永遠」というものが何かよくわからないのに、そんなものがあるわけがない。ぼくはただそう答えただけだ。
「ぼくは事実を述べたまでだよ」
「でも、あったら素敵だと思いませんか?」
「そんなものはないからよくわからない。そもそも、恋愛感情自体が幻想のようなものだろう?」
「っ、あなたなんか大っキライです!」
どうやらぼくが最後に放ったセリフは、彼女の逆鱗に触れてしまったらしい。その証拠に、
「どうして泣いてるの?」
「……っ、キライ、すぎてっ、泣けて……くるんですっ」
「ああ、そう」
声を殺しながらぼろぼろと大粒の涙を流す彼女。まったく、どうして嫌いな人間に涙なんていう弱味を見せることができるのだろうか。
ぼくは深いため息を吐き出した。
「ホントにバカだね、君は」
「誰がバ……、わ」
依然として泣いている彼女の細い腕を掴み、自分のほうに引き寄せると、彼女はぼくの腕の中にすっぽりと収まった。キライだと言った人間に抱きしめられているというのに、彼女が抵抗を見せる気配はない。
「ぼくが嫌いなんじゃなかったの?」
「いえ、大キライです」
「ああ、そう」
キライ、では収まらず、大キライときたものだ。――まあ、これもいつものことだから別にいいんだけど。
「でも、残念だね」
「はい?」
「ぼくは君のこと、だいすきなんだけど」
「、っ」
頭を上げてこちらを見た彼女に向かっていたずらっぽく笑ってみせると、そのカオが見る見るうちに赤く染まっていった。相変わらずわかりやすい。
かと思えば不服そうにほおをふくらませ、
「恋愛感情は幻想なんじゃなかったんですか?」
「そんなこと言ったっけ?」
「……わたし、あなたのそういうところがキライです」
「大キライ、じゃなくて?」
「……大っキライ、です」
「ああ、それは光栄だ」
結局降り出しに戻ってしまった会話。でも、さっきと違うのは、彼女の顔が真っ赤だということ。彼女はそれを隠すように、ぼくの胸に顔をうずめたのだった。