―5―
陽はもうすっかり暮れ、昼間の暑さは少しだけ和らいでいる。
駅前ロータリーの先にある中央公園に、この夏、新たに噴水広場が出来た。
昼間は小さな子供を連れた母親たちが、子供に水浴びなどをさせたりしている。真ん中の大きな噴水の周りには、小さな像やイルカの石造があり、子供たちはその石造から、時折吹き出てくる噴水に、きゃあきゃあと声を張り上げながら楽しそうにそこで遊ぶ。
夜になるとその噴水は七色にライトアップされ、幻想的な雰囲気を漂わせる。その頃には若いカップルたちが寄り添う姿が多くなる。
今もそんな夜の時間だ。
幻想的なこの噴水広場に、アコースティックギターの音色が満ちている。
ギターを弾いているのは、沢田恵梨香だった。
恵梨香はカンナとのコンビを解消し、結局コンテストを棄権しなくてはならなくなり、その後暫く落ち込んでギターを弾くことをやめていたが、やはりプロミュージシャンになる夢を諦めきれず、最近になって一人でこの噴水広場で演奏するようになっていた。
恵梨香が演奏を始めると、直ぐに人だかりが出来て、皆食い入るように恵梨香の演奏に耳を傾けるが、恵梨香のほうは未だに満足して演奏を終えることが出来ないでいた。
カンナと一緒にやっていた頃のような演奏が出来ずに、いつも演奏を終えるたびに溜息をついていた。
(やっぱ、カンナと一緒じゃないと駄目かも……)
今日の三曲目の演奏を終え、観客の拍手を背に溜息をついた。
何度もカンナと仲直りしようと考えたが、またカンナと肉体関係を持たなければならないかと思うと、とてもじゃないけれども出来なかった。自分には本来そういう趣味はない。かといって、他に一緒にやりたいと思う人間も見つからず、結局一人で不完全燃焼する演奏しか出来ないでいた。
ギターのチューニングを確認しながら、また溜息をついた。実は今の溜息の原因は、一人での演奏に不満だからではなかった。
横目でその原因の方をちらりと見た。
ずっと恵梨香をうっとりとした表情で見ている女の子がいる。それは、石田つくしだった。
(なんなのよ、一体あのこは……、さっきから変な目つきで私のこと見てて……、それに何なの? あの手袋は、まだ冬でもないのに、しかも左手だけなんて……)
恵梨香は次の曲を演奏しようかどうしようか迷い始めた。
(なんか、あのこが見てるとやりづらいわね……)
恵梨香はやはり気分が乗らず、今夜の演奏を止めることにした。
恵梨香がギターを片付け始めると、集まっていた人たちは残念そうな顔をしてその場を立ち去り始めた――。
「さて、ハーモニーでお茶でもしよっと」と振り向いた途端、恵梨香はぎくりとして一歩後ずさった。
つくしが、直ぐ後ろに立っていたのだ。
「あの……」と、つくしは言った。物凄く切羽詰った表情をしている。
「な……、なに?」恵梨香は身を硬くして訊き返した。
「あの……、私……、あの……、す、凄く好きになっちゃって……」つくしは、またさっきのようなうっとりとした表情になった。
(す……、好き?)冷たい汗が、恵梨香の背中を伝った。
(冗談じゃないわ! なんで、私って女からそんな風に、思われちゃうのかしら!? 簡便してよ! 私はそういう趣味はないの!)
恵梨香が無視して立ち去ろうとすると、つくしが前に立ち、切羽詰ったような表情を見せた。
「あの……」
「なによ、どいてくれる?」
「すいません、あの、お願いが……」
「なに?」恵梨香が不機嫌そうな表情で訊くと、つくしは俯いてモジモジし始めた。
「私……、あの、私と……」
(まさか、私と付き合ってほしいなんて言うんじゃないでしょうね?)と恵梨香が考えていると、「あの、私と一緒にやっていただけないでしょうか?」と、つくしは呟くように言った。
「はっ? やるって何を?」
「あの、私、歌がやりたいんです」
「歌? なに言ってんの? 歌なら勝手にカラオケでも何でも、歌えばいいじゃん」
「そうじゃなくて、あの、自分の歌を……」
「はっ? ひょっとして、私にあんたのバックでギターを弾けっての?」
「はい……」と、つくしは申し訳なさそうに言って、上目遣いで恵梨香の様子を伺うように見た。
「冗談じゃないわ」と恵梨香は吐き捨てるように言って歩き出そうとしたが、思わず立ち止まった。つくしが両手で、恵梨香の腕を掴んだからだ。
「お願いします!」
「なに言ってんの、離してくれる?」
「お願いします! 私、一人じゃ出来ないんです!」
「知らなっ! …………」つくしの手を振りほどこうとして、恵梨香はぎくりとした。強く腕を引いた途端、つくしの左手から手袋が外れてしまったのだ。
つくしは慌てて手袋を拾ってはめなおしたが、恵梨香はしっかりと彼女の手を見てしまった。
つくしは左手を後ろに隠して、俯いている。
「あなた……」恵梨香は言葉に詰まった。
「私……、本当はギターが弾きたいんです……。でも、もう弾けないから……」
つくしはそう呟くと、顔を上げて恵梨香に必死な表情を向けた。
「お願いです! 私と一緒に! お願いします!」
「分かったから、ちょっと待って」
必死の表情で迫ってくるつくしを、なだめるように恵梨香は言うと、「分かったけど、そんな簡単には私だってやる気にならないわよ。あなたのこと、何にも知らないんだから、とにかく、せめてあなたの歌を一回聴かせてくれないと」と言った。
つくしはバックからポータブルMDプレーヤーを取り出した。
「これ……、ゾニーのコンテストに応募した曲です……」
「えっ? あなた、あのコンテストに応募したんだ」
「はい……」
「そう……」と言って、恵梨香はMDプレーヤーを手に取り、イヤホンを着けた。
再生ボタンを押して暫くすると、軽快なアコースティックギターのリフが流れ出した。カッティングを交えたリズミカルなアコースティックギターのイントロに、恵梨香は思わず耳を集中した――。
つくしが心配そうな表情で恵梨香を見ていると、恵梨香は突然目を見開いた。そして、睨むようにつくしの方をじろりと見ると、直ぐに視線を逸らして目を閉じた。
恵梨香は身体で小さくリズムを取っている。目を瞑り、必死に耳に集中しているようだった――。
恵梨香は突然イヤホンを外すと、MDプレーヤーをつくしに突き返した。
「えっ!? あの……」つくしがおろおろしていると、恵梨香はつくしを無視して、ギターをケースから出し始めた――。
自分に背を向けてチューニングをしている恵梨香を、つくしは心配そうに見つめている。
チューニングを終えジャラーンとGのコードを恵梨香は鳴らすと、つくしの方に向き、にっこりと微笑んだ
「やるわよ」と恵梨香は言って、つくしの曲のイントロを弾き出した――。
(凄い! 凄い、このこ。何なの一体)
恵梨香はつくしの歌に感激しながら、ギターを弾くことに夢中になっていた。恵梨香一人で演奏していたときよりも、遥かに沢山のギャラリーが二人の回りに集まっていることにも気づかずに――。
そして、今まで一人で不完全燃焼しか出来なかった分を取りもそうとするかのように、何度も繰り返し、つくしと二人で演奏を繰り返した――。
*
道端には落ち葉が多くなってきた。明けて間もない薄暗い道を、つくしは健司の家へと向かっていた。
「先生!」
健司の家の前の道に出ると、ポストから新聞を取り出している健司の姿を見つけて、つくしは走り出した。
「よう、石田」
「先生、おはようございます!」
「毎朝ご苦労だなあ」
「いえ、全然平気でーす!」
(だって、先生に会えるんだもーん)
健司からヘレンを預かると、つくしはヘレンを連れて朝の散歩へと向かった。行き先は近くの中央公園だ。
車椅子に乗って必死に進むヘレンを、つくしは愛おしそうに見つめた。後ろ足を無くしても、懸命に生きているヘレンを見るたびに、つくしは励まされる思いを感じていた。
中央公園の野外音楽堂の裏へ差し掛かると、トレーニングウェアに身を包んだ、つくしと同じ歳くらいの女性がストレッチをしていた。つくしがヘレンの散歩を始めるようになって、ここで毎朝見かける人だった。
つくしは思い切って話しかけてみようと思い、彼女に近づいていった。
つくしが近づくと、その女性はストレッチをやめ、つくしの方に振り向いた。
「おはようございます」とつくしが挨拶をすると、「おはよう」と、彼女は笑顔で答えた。額には汗が滲んでいる。
「毎朝会いますよね?」
「そうね、そのワンちゃんとも」
「ヘレンて言うんです。私は石田つくしって言います」
「私は佐山しおん。よろしくね」
「はい。――佐山さん、高校生ですよね?」
「ええ、南高の三年」
「私は東高の二年です。でも、三年生でもまだ、部活とかやってるんですか?」
「えっ?」しおんは不思議そうな顔をした。
「あの、陸上部かなんかで、毎朝トレーニングしてるんじゃ……」
しおんはにっこりと微笑んで、首を振った。
「私は吹奏楽部。でも、部活はもう引退してるわよ」
「そうなんですか……。でも……、運動が好きなんですね?」
しおんはまた、にっこりと微笑んだ。
「本当は、運動は苦手なんだけど。でも、どうしても体力つけなきゃいけないから」
「はあ……」つくしは不思議そうな顔を見せた。その顔を見てしおんはまた微笑むと、「私、ドラマーになりたいのよ」とドラムを叩く素振りをしながら言った。
「へえ、ドラムですか。バンドとかやってるんですか?」
「ううん、まだ。でも、一緒にやってもいいって言うベースの人だけいるんだけど、その人に言われちゃったのよ。ドラム叩く以前に体力とパワーを付けなきゃだめだって。だから、毎朝ランニングして、放課後はジムで筋トレとかしてるのよ」と、しおんは二の腕の力瘤を見せながら言った。
(すごっ!)つくしはしおんの力瘤を見て、目を丸くした。
「あの、私も歌をやってるんです」
「そうなの。一人で? それもと、バンドで?」
「あの、ギターの人と二人で」と、つくしはピースサインを見せて答えた。
「最近、ここの噴水広場でライブとかやってるんで、よかったら見に来てください」
「分かったわ」と、しおんは言って手を軽く上げて見せると、走り始めた。
*
夜の噴水広場には沢山の人が集まり、人垣が出来ていた。その人垣の向こう側では、つくしと恵梨香が演奏している。
二人がエンディングを決めると、大きな歓声と拍手が起こった。
「今日はありがとうございました。今晩はこれで終わりです。みなさん気をつけてお帰りください」つくしは観客に向かってそう言うと、深々とお辞儀をした。
「大分サマになってきたわね」恵梨香はそう言うと、ペットボトルに口を付けた。
「はい」つくしは汗を拭きながら、満足そうな顔で答えた。
「でも、最近バンドとかもいいかなあって思うんですけど」
「そうねえ……、でもなかなかいい人がいないのよね。私たちのレベルについてこれる人が」恵梨香は上目遣いで考え込むような表情で言った。
「つくしちゃん!」
「しおんさん! あっ!?」つくしは、しおんの隣に立っていた女性を見て驚いた。
「ヤッホー、久しぶり」その女性は言った。
「小梅さん!?」
「びっくりしちゃった。つくしちゃん凄いんだもの。小梅さんから聞いたんだけど、ゾニーのコンテストで、本選まで行ったんだってね」しおんは興奮した口調で言った。
「あんた、本選どうしたのよ。私、観にいったのに」
「すいません……」つくしは、左手を後ろに隠して言った。
そんなつくしを、小梅は不思議そうな顔で見た。
俯いているつくしに、恵梨香は「誰?」と小梅を指差しながら訊いた。
「あんた、知ってるわ。去年のコンテストで、本選まで行った人でしょ?」
「ええ、そうですけど」恵梨香は小梅に顔を向けた。
「私は松本小梅。今年の地区予選で、そこのスーパーボーカリストに負けちゃったけど」
「はあ……」恵梨香は生返事を返した。
「つくしちゃん、つくしちゃん。ねえ、一緒にバンドやらない?」しおんはつくしの手を取って言った。
「ええ!? バンド!? わあ! やりたーい!」つくしもしおんの手を取り、軽く飛び跳ねながら答えた。
「ねえ、恵梨香さん。いいでしょ? 小梅さん、最優秀ベーシスト賞取ったのよ。めちゃめちゃカッコいいんだから」
「最優秀ベーシスト賞ねえ……」恵梨香は腕組みしながら考え込んだ。
「別に無理にとは言わないけどさ、一回やってみない?」小梅は恵梨香に向かって言った。
「そうね、やってみてから考えましょう」と恵梨香が言うと、つくしとしおんは手を取り合って、きゃあきゃあと嬉しそうに喜んでいた。
*
初めての練習は、商店街の外れにある『柏屋楽器店』のスタジオを借りてやることになった。
恵梨香がギターの準備をしていると、つくしが傍へ寄ってきた。
「きゃあ! 恵梨香さん、今日はエレキなの!?」
「んっ? ああ、バンドだからこっちのほうがいいかなって思って」恵梨香はつくしに自分のエレキギターを見せながら言った。
「凄い! しぶーい! なんてギター? いいなあ」つくしは羨ましそうな表情で言った。
「特注なのよ。形はレスポールだけど、セミアコなの」
「セミアコ?」
「セミアコースティックギター。真ん中に太い芯があって、その周りは空洞なの」
「へえ、すごーい。いいなあ、弾きたいなあ、んー、弾きたい弾きたい弾きたい!」
「あんた、そういやどうしたのよ。その手」
羨ましそうに恵梨香のギターを見ている、つくしに小梅は訊いた。
つくしは「えっ?」と言って小梅を見た後、寂しそうな表情をして恵梨香をちらりと見てから、ゆっくりと左手の手袋を外した。
「えっ!? なにそれ!? どうしたの?」
小梅は目を丸くして訊いた。しおんも驚いているようだった。
「本選の前の日に、交通事故にあって……」
「そうなんだ……」と小梅が呟くと、スタジオの中はしいんと静まり返った――。
皆が俯いている中で、つくしは顔を上げ笑顔を見せると、「でも、私にはこれがあるから!」と声を張り上げて言った。
皆、つくしに注目した。
「じゃん! マイマイク! お父さんに買ってもらっちゃった!」と、つくしは一本のワイヤレスマイクを高々と掲げた。
スタジオの中が、またしいんと静まり返った――。
初めてのバンド練習を終え、バンドのメンバーは、つくしの家のカレー専門店に集まっていた。
「私、カツカレー」小梅がメニューを見ながら言った。
「私、シーフードにしよう」と小梅が見ていたメニューを覗き込みながら、しおんが言った。
「恵梨香さんは?」つくしが水を配りながら訊いた。
「じゃあ、グリーンカレーにする」と恵梨香は答えた。
恵梨香は、つくしがカウンターの中へ入り、父親の手伝いをしている姿をぼんやりと眺めながら、今日の練習の様子を振り返っていた。
恵梨香の感触では、七十点といった出来だった。つくしは問題なし。小梅が意外にもよかったのが、拾い物だったと恵梨香は思った。しおんはまだまだこれからといった感じだが、リズム感だけは抜群なようなので、経験を積めば化けるかもしれないと思っていた。なにより、しおん本人のやる気が凄い。何が何でもプロになりたいといった雰囲気をしおんから一番感じていた。
でもやはり、今ひとつインパクトに欠けているような感じがすると恵梨香は思っていた。
つくしはバックの演奏次第で、無意識に歌い方を変えている。バックがどういう演奏をするかが、このバンドの課題だと恵梨香は思っていた。
「うめー! このカレー!」
恵梨香は小梅の声にハッとして、彼女を見た。小梅はもうカツカレーを平らげようとしていた。それを見て、恵梨香は慌ててスプーンを取った。
(おいしい!)と一口食べて思ったときだった。
「でも、なんかさあ、やっぱ鍵盤が欲しいわね」と小梅が言った。
(鍵盤……。確かに……)恵梨香がなんとなく思っていたことを小梅が口にすると、恵梨香は心の中で頷いていた。
「鍵盤て、ピアノとか?」つくしが、カウンターの中から訊くと小梅は頷いた。
「小梅さんの前のバンドの人は?」
「あのこは、ギターのヤツと出来ちゃった結婚しちゃったのよ」と小梅は言ってから、「そうだ!」と声を張り上げ、恵梨香の方を見た。恵梨香にはなんとなく、小梅が何が言いたいのか分かるような気がした。
「カンナなら駄目よ」と、小梅が言う前に恵梨香は言った。
小梅は一瞬戸惑った表情をして、「なんでよ」と訊いた。
「私とはやらないと思う」小梅の問いに、恵梨香はそう答えた。
「カンナさんて?」つくしが小梅に訊いた。
「エリちゃんの相棒。去年のコンテストで、エリちゃんと一緒に本選まで行ったのよ」
「ええ! すごーい!」つくしは目を輝かせて言った。そして、「ねえ、恵梨香さん。頼んでみようよ」と恵梨香に言った。
恵梨香は困った。カンナとやりたいのは山々だが、一緒にやることになって、また肉体関係を迫られたらと考えると、素直に頷けなかった。
「あんたたち、どうしてやめちゃったの?」
「えっ……」小梅の問いに、恵梨香は言葉が詰まった。
それでも、「ねえ……、恵梨香さんお願い……」と、つくしが恵梨香の左腕を抱きしめて、おねだりするように言うと、恵梨香はごくりと唾を飲み込んで、頷いていた。
「きゃあ! やったー!」と、後ろから恵梨香を抱きしめてはしゃいでいるつくしに、恵梨香はなんだか胸の奥がきゅんとなるような感じがして、戸惑っていた。
*
「ここがカンナさんのウチ?」と、つくしはカンナの住んでいるアパートを見上げながら、恵梨香に訊いた。
「そう……」恵梨香もアパートを見上げ、あの頃の夜を思い出さないではいられなかった。
「はじめまして、私、石田つくしです」と、ドアを開けて顔を見せたカンナに、つくしは深々とお辞儀をして、挨拶した。
「なにしに来たの? このこ誰?」と、カンナは怪訝そうな表情で恵梨香に訊いた。
「えっと、あの……」恵梨香はカンナに視線を向けられず、もじもじしていた。
「あの私、恵梨香さんとバンドをやっているんですけど、カンナさんにウチのバンドで一緒にやってもらえないかと、お願いに来たんですけど」
「バンド?」カンナはつくしに視線を移した。
「はい!」つくしは元気よく答えた。
「あの……、無理にとは……、言わないから……」と横から恵梨香が言うと、つくしは「いえ! どうしても、カンナさんに一緒にやってもらいたいんです!」とカンナに迫った。
「ふーん……」カンナは腕組みをして、考え込むように呟くと、恵梨香の方に視線を向けた。
恵梨香は思わず視線を逸らした。
「あんた、まだあの男と付き合ってんの?」
カンナの言葉に恵梨香はどきりとした。
「えー! 恵梨香さん、彼氏いるんだ!」
「いや……、あの……」
恵梨香が戸惑っていると、「まあ、いいわ」とカンナは言ってつくしの方に視線を移した。
「やってあげるわ。バンド」
「ほんとですか!?」
恵梨香が驚いた表情をして、カンナを見ると、カンナはにやりと口元を緩ませて、「あなた可愛いわね、仲良くしましょうね」と、つくしの髪を撫でながら言った。
恵梨香はどきりとした。カンナがつくしを見ながら舌なめずりをしたのを見逃さなかった。
「よかったですね、恵梨香さん!」
帰り際、そう言って喜んでいるつくしに恵梨香は言った。
「つくしちゃん、絶対にカンナと二人きりになっちゃ駄目よ」
恵梨香の言葉につくしは首を傾げた。
「いい!? 約束よ! 絶対に駄目だから」
恵梨香がつくしの両肩を掴んで、必死な表情で言うと、「なんかよく分からないけど、分かった……」とつくしはおずおずと答えた。
それでも恵梨香は、心の中に沸いてくる不安な気持ちを抑えることが出来なかった――。