下、魔王と国王
粛清を終えた国王、もとい魔王は、この身体の持ち主の最期の願いの実現のため、彼のかつての仲間の女と、新しく取り立てた正義感の強い官吏と共に国の政を動かし始める。しかし、それは本来、魔王の自らおこした行動ではなかった。
「我はこの呪いをいつまで背負い続けねばならんのだ」
「この国の人々が、平和で幸せな生活を送ることができるようになるまで。そう言われたでしょ?」
「それがいつなのかと訊いているのだ」
女は微笑むだけで答えない。魔王は舌打ちをすると、部屋を出て行った。
――――それは国民が平和で、幸せな生活を送れるような国にすること。
老人の言葉に、少年は呆気にとられた。
「ふっ。何を言い出すかと思えば」
少年は嘲笑し、吐き捨てた。
「魔王の我が、人間どものための政治をすると思うか?」
「ああ、するさ。お前にはそれを実現させねばならない義務が、ある!」
老人が細い身体で少年に飛びかかる。しかし、少年は老人の胸元に腕を突き刺す。女が絶句する。
「魔力の使えないお前など我には到底及ばぬわ」
老人が血を吐く。しかし、その顔は、笑っていた。
「魔力を……使えない? ふふっ……使わなかっただけだ……」
床が光りだす。今まで表情を崩さなかった少年が狼狽した。
「この魔法陣、まさか……」
「あの時と同じだな……魔王よ。不用意に何でも……触るものじゃない……」
少年は突き立てた腕から老人の中へ吸い込まれていく。女が泣き叫んだ。
「それでは兄上の理性が!」
「……頼んだぞ……国を立て直すか、壊すか……お前次第だ――」
「いやあ、ありがとうございます。国王様たちに畑仕事を手伝っていただくなんて」
農夫たちがにこにこして畑を耕す。粛清から四ヶ月近く。女の提案で、この日は王と国の官吏たちが農作業の手伝いをしている。
「……これは腰にかなり来るな」
「ああ、無理なさらんでくださいよ。手伝わせて怪我なんてさせてしまえば、全国民を敵に回してしまいますからな」
「いや、恐ろしいこの私に怪我を負わせたという武勇伝となるだろう」
「まあ、恐ろしいだなんて。誰もそんなこと思っていませんよう」
皆大いに盛り上がる。荒れ果てていたこの国に笑顔と活気が戻りつつある。
王宮に戻った王はくたびれた顔で玉座についた。女にしか聞こえない小さな声で尋ねた。
「まだ私は自由にならないのか?」
「ええ。未だ街では子供の喧嘩が絶えませんから」
「……子供が喧嘩するのは健康な証拠だろ」
王は溜息をついて、考え込む。
「そうだ。ハドスは今どうなっている」
「街の復興が遅れています。また邪龍が現れるのではないかという不安が未だ根強いので」
「そうか」
それを聞くと、王は立ち上がり、並んでいた官吏たち全員に聞こえるような声で宣言した。
「ハドスの神殿を再建せよ。資金が足りなければ、我が王宮の芸術品を競売にかけるべし」
女も予想外の発言だった。臣下たちが皆部屋を出たあと、女は王に理由を問うた。
「あの神殿は平和の象徴だ。さらに街の復興の象徴ともなるだろう」
王のその言葉に裏はなかった。女は柔らかく微笑む。
「あなたはこの四ヶ月で、随分と国王らしくなられた」
「それは皮肉か?」
王は苦笑いしながらも、国のその先を見つめていた。
女は退室すると、城から外の景色を眺めた。四ヶ月で随分と青々した景色になったものだ。
窓から女に向かってあたたかい風が吹き込む。今年の春一番はいつもより遅く、いつもより強く感じられた。




