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2、外へ

オーバーテクノロジーばっかなのはお約束ということで


 「長谷川松次郎様。データを記録しました。HALにご用命はございますか」

 「いや、ない。ところで君は作業用………?」

 松次郎がそう尋ねると、HALはどこか胸を張って自己紹介を始めた。ドヤ顔というのだろうか。

 「シェルター内における多様な作業に従事、人間を補佐する役割を担うようにプログラムされております。また、最新式電子頭脳によってコミュニケーションを行いストレスを解消する機能を持ち合わせています。また、性的処理も可能です。男女問わず実行できます」

 「性的処理ぃ?」

 「実行しますか?」

 「いやいや要らない要らない!」

 「左様ですか」

 松次郎は、素っ頓狂な声をあげてしまった。多くのアンドロイドが人間かくや喋れる時代とはいえ性的処理まで可能なものは少ない。だが考えてみれば当然だ。シェルターという閉鎖空間では性的欲求を解消するだけのプライベートを確保できないし、人間相手にやらせるのも性病などの危険性が伴う。ロボットがやれば解決である。

 HALはキリキリと首を鳴らして周囲を見回した。いかにもロボット然としたスマートな首の駆動である。スマート過ぎてロボットであることがまるわかりでもあった。

 「松次郎さま、ほかのお方はどちらに」

 HALの想定ではシェルターは規定人数一杯の人であふれているはずだった。だが、目の前に一人いるだけでがらんとしていた。微笑を浮かべたHALが質問した。

 「その松次郎さまはやめてくれないか。むず痒いんだ」

 「ではご主人様とお呼びします」

 「そ、それも恥ずかしいな」

 「ではなんとお呼びしましょうか」

 「ご主人様でいいや」

 「はい。ご主人様、ほかのお方はどちらに」

 呼び方を変えて尋ねてくるHALに松次郎は腕を組んで回答をやった。

 「俺だけだ」

 「そうですか。了解しました。物資消費量やエネルギー量の調整を行います」

 淡々と応じるHAL。たった一人と聞いても動じないのはさすがにロボットである。

 松次郎は、シェルターのコントロールルームに向かうべく歩き始めた彼女の後を追った。並んで歩く。するとHALは歩調を緩め松次郎より速くも遅くもない速度を維持したのであった。白く汚れのない廊下を並んで歩く。

 「驚かないのか。俺一人だなんておかしいとかさ」

 「どこに驚く要素があったのですか? 差支えなければ教えていただけますか」

 HALが真面目な顔して―――無表情だが―――松次郎に顔を向けて尋ねた。彼女にとって想定外のことは驚きに値しない。もとい、繋がらないらしい。リンゴを見て美味しそうと感じるのは食べたことがあるからだ。なければ赤い果実という感想しかない。

 「そりゃあ、たくさん人がいるべきシェルターに一人きり。何かあるのかと邪推したりさ」

 「HALにとって一人も万人も変わりませんから。さて、本日のご予定はいかがなさいますか」

 HALはあくまでロボットなのだ。人間のような喋り方ができるだけでロボットなのだから、人間のようにはいかない。

 松次郎は腕を組んで顎を撫でた。

 「外の様子を知りたい」

 「外の様子ですね。了解致しました。シェルターの機能最適化作業終了後、外環境調査装置を起動させましょう」

 松次郎は、優先するべき物資消費量とエネルギー量の調整をHALに任せて、外に出た際に必要な装備を探していた。物資保管庫にそれはあった。放射性物質から身を守る機能を持ったメカニカルスーツ。蒸気圧機関銃。単発式拳銃。携行食料。水と、水浄化装置。など。外に出るのに必要な装備はそろっていた。

 仕事を終えたらしいHALが部屋に入ってきた。ものが机に並べられているのを見て言葉をかけてくる。

 「いかがなさいました? 外環境調査装置は起動させました」

 「ン。最初に言っておくけど俺は外に行きたい」

 「外環境の現状は不明ですが推奨できません。シェルターは外環境が生存可能と認められるまではロック解除はできないのです」

 「………そうか。まぁ、とりあえず外の様子を調べたい」

 「かしこまりました」

 松次郎の提案をきっぱりとHALは断った。仕様としてシェルターは核戦争で汚染された世界と内部を切り離す装置なのだ。勝手に外に出て行ってもらっては困るのである。ロック解除権限はメインコンピュータにある。

 HALに連れられて、コンピュータルームへとやってきた。バカでかい真空管がずらりと並ぶ箱が部屋を占有する空間である。ブラウン管式の巨大モニタがあった。HALがキーをタイプしてシェルターの外環境調査を開始した。大気組成、放射性物質、温度、気温、そして映像である。

 「最新の映像です」

 シェルターの外の風景がモニタに映し出された。かつて街だったものが正面に映る。カメラが映像を拡大した。朽ちた街。倒壊したビル。人という人は存在せず―――。

 ふと松次郎は疑問を抱いた。核戦争直後にしてはやけに静かなのだ。街は燃えていないし、どろどろに溶けた車が放置されているでもない。黒い雨も見られない。まるで爆弾が着弾したような魔女の鍋状態ではあったが。

 HALが放射性物質に関する計測データを示した。

 「大気の状態………許容範囲です。多少の上昇は認められますが健康に深刻な被害が発生するレベルではないようです」

 「核が着弾したはずじゃ」

 「HALのデータは古いものですが、首都防衛のため核攻撃を迎撃する構想があったはずです。核の直撃を免れたということかもしれません」

 核戦争への恐怖は腰の重い日本政府も動かしたことは知られている。首都防衛のために何らかの防衛技術が開発されたらしいことが噂になっていた。

 ならば、外に出てもいいのでは?

 「なるほど………ということは外に行っても」

 「許可できません」

 「そうか……」

 アンドロイドの指名は人を守り助けることだ。断じて外へ出歩かせて死なせるわけにはいかない。かたくなに首を振るHALの姿を見て松次郎は何かを思いついたのか、伸びてきた髭を擦りながら軽く頷いた。

 



 松次郎は、何としても安全なシェルターを抜け出して、妹と親友の安否を確かめたいと考えていた。例え世界が焼けようともである。放射性物質まみれになろうともである。

 だが、HALが邪魔をする。シェルターで暮らす分には申し分のないだろうが外に出るとなると話は別だ。HAL及びメインコンピュータを欺かない限り外には行けないだろう。

 松次郎は、システムエンジニア以外にもメカニックとしての技術を持ち合わせていた。

 HALの目を盗んで自室でせっせせっせとそれを組み立てていた。電気銃。強烈な電流を浴びせかけて相手を昏睡させる非殺傷兵器。リミッターを解除してアンドロイドに危害を加えられるレベルまで出力を上昇させようとしていたのだ。と言ってももとは工具である。工具をそれっぽく仕立てただけだ。しかし工具だからとバカにするなかれ。

 「よし、こいつでいい」

 最後のネジを締めた松次郎は、でっち上げの電気銃の照準を壁に合わせた。引き金を引く。壁際にあった空き缶が不気味に発光して吹き飛んだ。

 「HALには悪いけどこいつで眠ってもらう」

 HALさえ眠ればメインコンピュータは弄り放題だ。軍事用のように強力なプロテクトがかかっていないのだから防壁の突破はそう難しくないと確信していた。

 HALがいるであろうコンピュータルームに向かった。扉越しにHALをうかがう。HALは熱心にキーボードを叩いていた。

 振り返る。その顔に銃口を向けた。

 「松次郎様?」

 「済まない」

 引き金を落とす。強烈な電流がHALのボディを打ち付けた。露出した金属の耳が青白く発光する。肢体ががくがくと痙攣して椅子からずり落ちた。やがて各部をかくんかくんと暴れさせながらHALは床で動かなくなった。

 後味の悪さにでっち上げの電気銃を横目でちらりと見遣った。パワーだけは本物だ。

 「これは趣味じゃないな。二度と使いたくない」

 銃を床に置き、HALの首筋に指をやった。機能を落とす。そして持ってきていた端末を立ち上げると、端子を首に接続した。

 パスワード入力。総当たりの要領で突破。認証をクリア。プログラムの基幹へアクセスして行動指針を“シェルター住民の保護”から“長谷川松次郎の保護”にすり替えてしまう。命令の優先順位も最優先を長谷川松次郎名義に変更。これで命令にも従ってくれるようになるだろう。

 再起動手順を踏む。

 暫くのち、蒸気機関が再起動。背中の放熱フィンから温風が吐き出された。ぱちくりと目を瞬かせHALが上体を起こした。キュインキュインとカメラが音を立てている。

 無表情が一変、笑顔になった。松次郎は横にかがんで顔を覗き込むようにした。罪悪感を覚えながらもどんな反応を見せるのかじっと待った。

 「ACC社製ガイノイド TYPE-HAL モデル9000 起動しました………? あ、ああ! 松次郎様!」

 「おはよう。問題はないか? たとえば、そう、電子頭脳がおかしいとか」

 電子頭脳を構成する真空管が壊れでもしたら直しようがない。機械は弄れるが製造する技術がなかった。

 HALは動きを止めて目を閉じた。

 「……自己診断実行中………問題はありません」

 「よかった。ショックでぶっ壊れたかと思ったけど案外丈夫なもんだ」

 「?」

 「何でもない。気にしないで」

 訳が分からないという顔をするHALに何でもないと手を振って見せると、銃を体の陰で隠す。どうやら直前の記録がぶっ飛んだらしいが、念のため悟られる可能性を考慮した。ちなみに直前の記録が残ってしまったのなら初期化も検討していた。

 松次郎は彼女に椅子に座るように促すと外環境の調査データをブラウン管に映すようにキーを叩いた。

 「さて今後の方針なんだが」


 そして、最初に至る。

 何しろ妹も親友もどのシェルターに隠れたのか大まかな検討だけついて具体的な場所が判明していないので、適当にほっつきまわるわけにもいかない。装備と足場を整えていかなければ野垂れ死にがいいところである。

 松次郎はシェルターで作業。HALは銃片手に近隣の街に繰り出して物資集め。

 暫くの日数が経過して状況が読めてきた。

 核の直撃を免れたというわけではなさそうで汚染された地域もあるということ。他愛もない生き物たちが変異して地上を闊歩していること。生き残った人は……今のところ未発見であるということ。だが各地のシェルターに逃げ込んだ人は必ずいるだろう。文明は滅んでも人間は滅ばなかったことになる。

 長谷川松次郎の当分の間の目的は、アシを確保することだ。

 エンジンパーツの交換を終えた彼は渋いお茶を口にしていた。部屋の中央には大型のバイク。もっとも機関はガソリンではなく木炭と熱石であるが。

 ―――熱石。それは蒸気時代の幕開けを先導した物質である。水をかけると高温を発し乾燥すると常温に戻るという性質があり、これにより蒸気を発生させて機関を動かしている。蒸気機関の発達に伴い木炭や石炭を使い走る車が市販化された。現状、世に出回っている車はほとんどが木炭や石炭で走る。よりハイパワーで燃費のいい車は熱石も使う。ちなみに蒸気機関車などの大型の乗り物は熱石で走るのが常識である。

 化け物どもが闊歩する中を長距離移動するにはバイクが必要だった。ここ一か月はHAL協力の元、核戦争勃発の威力で損傷を受けたバイクの修理に没頭していた。

 工具を床に置くとウーンと唸り。

 「完成した。我ながら完璧じゃあないか」

 サイドカー付きのバイクが彼の前に佇んでいた。ボディは傷が目立ったがエンジンなどは新品同然に光っていた。ただしバイクとサイドカーの形状や塗装があべこべで別の機種からひっぺ剥がしてきたようであった。

 お茶を飲み干すと、バイクに跨ってみた。タイヤが鳴く。機械油と埃の綯い交ぜになったかおりが鼻腔を撫でた。慈しむようにハンドルを撫でる。

 大切な人を探すための第一歩は成功したといえるだろう。

 まず手始めにやるべきことがあったが。

 机の上に広げられた紙には『街に複数の人間がたむろしている』と書かれていた。


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