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1、初めに核の光あり

連載してみてから考えます

 小羊が第七の封印を開いたとき、天は半時間ほど沈黙に包まれた。

 そして、わたしは七人の天使が神の御前に立っているのを見た。彼らには七つのラッパが与えられた。

また、別の天使が来て、手に金の香炉を持って祭壇のそばに立つと、この天使に多くの香が渡された。すべての聖なる者たちの祈りに添えて、玉座の前にある金の祭壇に献げるためである。

 香の煙は、天使の手から、聖なる者たちの祈りと共に神の御前へ立ち上った。

 それから、天使が香炉を取り、それに祭壇の火を満たして地上へ投げつけると、雷、さまざまな音、稲妻、地震が起こった。

 ――――ヨハネの黙示録 8章





 たとえるならば、オルガンである。たとえるならば、遠吠えである。

 生理的嫌悪感を持たせる不気味な音色が街中に響いていた。街はものけの殻であった。いないわけではない。ある家では神に祈りをささげる人がいた。ある家では家族とともに過ごす人がいた。ある家にはヤケ酒に興じる者がいた。共通しているのは皆一様に恐怖していたことである。

 視点を変えて見よう。不変にして永遠を象徴し、同時に狂気もつかさどる、月から。

 地球というちっぽけな青い星の表面に柱が立っていた。それは不気味なまでの遅さで大地から昇ると大気圏を突き放す速度で宇宙へと進出していた。やがて、重力に導かれるようにして大地へかえる。切っ先が大地へと触れた刹那、閃光が走った。衝撃が雲を押しのける。輝きは瞬く間に拡大すると大地を焼いた。そして熱が生じたことで地表面があおられ雲が巻き起こった。細い下半身と、横に広く丸い上半身。きのこ雲。全世界、あちこちできのこ雲が生まれた。総数は計り知れない。大地を、海を、天空を、核が遍く焼き尽くしていく。狂気じみた光景はやがて終焉を迎える。核により浄化された大地。人類がかつて科学文明と驕った都市や町並みは跡形もなかった。

 さて、視点を大地に戻そう。

 核攻撃の応酬によって文明は崩壊した。では人類は滅亡したのか? 答えは否だ。

 隕石落下で恐竜が絶滅したときと同じく、生き残った生命はわずかだが存在したのだ。

 これは文明の燃え滓でもがく人間の物語である。



 両目からの情報と両耳からの情報を総合して得られたデータを元に各部に情報を伝達する。人間のように情報に誤差は存在しない。人間は考えたことを運動に変換して各部に伝達するのだが、考えた通りに体を動かすのには熟練が要る。だが機械は考えたことをそのまま出力することができるのだ。そして、間違うことがない。正確さにおいて機械の右に出る者はいないだろう。

 その機械は道具へと動きを伝えた。道具は、機械よりも正確である。伝えられた事柄を単純な物理的運動で返すだけの器物だからだ。それはボールを投げれば落ちるのと等しく正確である。

 放たれた12.7mmは狙い違わず化け物の脳天を粉砕した。

 核戦争によって大量の汚染物質がばら撒かれた。原生生物たちは次々と体質を変化させて、驚異的な能力を手に入れるに至った。それらは人類に対して牙を剥いた。まるでかつて人類に狩られていたことへの復讐が如く。それらはかつての名前を廃棄して新しい名前を手に入れた。俗称、クリーチャー。

 その機械は、距離にして200m地点でばったりと倒れたクリーチャーの死体を冷酷な目で見つめていた。まだクリーチャーは死にきれず痙攣している。弾を無駄遣いすることはない。レトロな銃をおろし、紐を肩に回した。

 全高160cm。重量70kg。鉄とシリコンの体を蒸気力という心臓で駆動させるアンドロイドである。正確にはロボットの中のアンドロイドの中のガイノイドである。頭部からつま先にかけてのシルエットは女性のそれである。耳がやけに長い。眼球がガラス玉のようであり内部にカメラのレンズがあること。背中に放熱フィンがあること。を除けば人間そのものであろう。

 耳の機構が伸長してアンテナを外部に晒した。硬い肉体とは裏腹の柔らかな唇が言葉を紡ぐ。

 「ご主人様。偵察完了。クリーチャーと遭遇、これを撃破しました」

 『よくやった。帰ってこい』

 「了解しました」

 手早く通信を終了した彼女は、荒れ果てた荒野にざっと目をやると、これまた枯れた木々生い茂る小高い山へと足を向けた。

 山の中腹には金属の扉がある。一重二重三重と重ねられた鉄の扉はたとえ至近距離から核兵器が作動しても確実に内部を守る仕組みとなっていた。有害な熱も衝撃も毒も通さない鉄壁。

 彼女が扉の前に立つと第一の扉が開く。轟音を立てて左右に開閉する。中に入ると閉鎖。空気が清められ、次の扉。工程を経てシェルターの内側へと入った。

 そこには黒髪に茶色の瞳をした青年が立っていた。

 「おかえり、ハル。成果はあったか?」

 「もちろんです。サルベージした品を解析しましょう」

 ハルの背中には銃の他にもリュックサックがあった。廃墟を探索して得たものが満載しているのだ。

 ハルと呼ばれたガイノイドを連れ添って青年は奥の部屋へと歩いて行った。がらんどうとは程遠い物のぎっしり詰まった部屋へ。シェルターは一人用ではなかったのだが、なぜか青年とガイノイドの姿しかない。

 部屋は鉄に囲まれていた。鉄の椅子やら鉄の机やらロッカーやら。ベッドやソファーこそ布と木が多く使われているが大多数は金属製である。

 ハルのリュックからはいろいろな品が出てくる。マイクロ真空管……の残骸。絵本。未開封の飲物。拳銃。役に立つものはほんの一握りだ。誰も使わず誰も整備せず放置された品は酷く劣化しているからである。

 だが青年は大きく頷きながらサルベージされた品物を仕分けていった。

 「うん。こいつを分解して発電装置を直せる。ありがとう」

 「とんでもない。命令に従ったまでです」

 淡々と受け答えする彼女に、感情は見られない。対する青年はどこかうれしそうだった。

 二人は解散した。

 青年は自室に閉じこもってサルベージしてきた品をばらして使えそうな部品を取っていた。シェルター備え付けの発電装置以外にも、工作に使う発電装置がある。工作用は外部から拾ってきたものなのだが故障しており使えなかったのだ。別の部品で修理しなくてはならなかった。

 一通り作業が終わると、蒸留水の入ったボトルを口にして額を擦った。

 そして椅子に深く腰掛けながらカレンダーと写真に順番に目をやった。

 一人は女の子だ。中学生、高校生くらいであろう可愛らしい黒髪の少女。髪の毛を両端で結んだスマートな子がピースを作って白い歯を見せて笑っていた。すぐ隣には青年がおり、楽しげな顔をしていた。

 二枚目は同年代であろう茶色っぽい髪の青年。黒髪の青年と酒を酌み交わしている場面。二人の視線はカメラの方を向いておらず何者かが隠し撮りしたか突然撮ったようである。

 大切な妹と、親友の写真がそこにあった。

 核戦争直前のことを思い出して天井を仰ぐ。

 黒電話を握りしめて叫ぶ。最愛の妹……最後に残った血のつながりのある家族へと。


 「槇菜まきな! どこでもいい! シェルターに入れ! 俺のことはほっといてもいいから!」

 『私、私………どうすればっ……!』

 「シェルターだよ! みんなシェルターに行きたがるだろうからついていけばいい。俺も別のシェルターに行く!」

 『やだ……ッ。やだ、怖い! シェルター? やだ……やだよ! 嘘でしょこんなの……! 私死にたくないよッ』

 「槇菜、駄々をこねるな! 生きるか死ぬかなんだ!」

 『だって! だって! ………うん。わかったよ。切るね。死なないで。絶対、約束だよ』


 次は、数少ない友人へと。


 『やぁ親愛なる友人よ。核戦争とはたまげたなぁ』

 「朝倉!? 今どこにいる!?」

 『落ち着けよ。俺はいまシェルター前の電話からかけてる。もっともすぐ入らないとまずいんだが』

 「よかった……」

 『お前さんこそどこにいる』

 「いまか? シェルターのシステムチェック中だったんだ。たぶん問題なく扉は作動すると思う。封鎖すれば大丈夫だ」

 『ほかに入れそうな人はいないのか?』

 「まだ、建造中だから、入ろうとする人はいない。……もうじき核が着弾するらしいな」

 『そのようだ。残念だが俺の父母の居場所がわからん。シェルターに入れないでいるかもわからん。妹さんと連絡はついたか?』

 「一応は……」

 『あばよ。もうシェルターが閉鎖されちまう。縁があったらまた会おう』


 シェルターに入ったのち、激しい震動を感じた。

 核の着弾である。システムが自動で立ち上がり彼の仕事の成果を発揮した。発電機が駆動して室内の生命維持を開始したのだ。

 青年は安堵と不安が綯い交ぜになった感覚と、足元が瓦解する虚無感を同時に味わった。妹と親友は無事だろうが社会はこの限りではない。核の直撃によって多くの都市が塵と化したであろう。

 呆然としてシェルター内に設けられた受話器で腰を抜かしていた青年は、人生の意味について考えていた。現実逃避とはわかっていながらやめられない。今まで税金を納めてきた国も、親しんだ街も、近所の人も、みんな消えてしまっただろうことを実感できないでいたのだ。

 受話器を試してみるが応答がなかった。シェルターは政府が運営しているものと違って地下深くに張り巡らせた専用回線を利用していない。核で通信網が破壊されればそれまでだ。

 やがて腰を抜かした姿勢だったことで尻が痛くなっていたことを自覚すると、ノロノロと立ち上がって自分を奮い立てるために独り言をつぶやいた。

 「………そうだ。こうしちゃいられない」

 青年はシェルターのあら捜しを始めた。シェルターのプログラムについて担当していたとはいえ、内部構造について熟知していたわけではない。役立つものがあるかもしれない。

 食料や水、居住区、娯楽、機械室、などを発見。最後に専用スペースへとやってきた。

 シェルターの仕様書にざっと目を通す。アンドロイド格納庫とあった。

 入室して目についたのはカプセルに入った一人の女性の姿。もとい、ガイノイド。

 白と肌色の中間の優しい色合いのボディ。身長は青年よりも低く小柄である。耳に相当する部位は斜め後ろに伸びていた。髪の色は黒。肩のあたりできっちり計測されたように切りそろえられていた。肩から放熱フィンのようなパーツが除く。肢体の造形は完璧であった。すらりと伸びた脚部の流線型は美しくなだらかに腰に繋がり腰から胸への丘陵は急速に高くなり、低くなっていた。服装はツナギのような作業服。胸元の名札には何も書かれていなかった。

 「こんなんあったか? 作業用アンドロイドがいたなんてラッキーだ。起動、起動っと………と!?」

 さっそく起動してみようと歩みよった刹那、ガイノイドの瞳が開いた。瞳の奥でレンズがくるくる回転してピントを合わせている様子がよく見えた。ガイノイドの起動に合わせてコンソールが点滅した。ガイノイドは最初ぎこちなく、そして徐々にゆっくりと動き出した。カプセルが圧縮蒸気を噴いて横に開いた。

 「ACC社製ガイノイド TYPE-HAL モデル9000 起動しました」

 カプセルから出たガイノイドはぱちくりと目を見開くと、硬直している青年を見つけ、にっこり微笑みかけた。

 「居住者を発見しました。お名前を教えてください」

 「あ、ああ。長谷川松次郎だ」


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