7.ノーザ・ゴーン
「そういえばガイドAIの話だけしに来たわけじゃないよな。」
アレスが仕事の顔に戻る。テスが「あっ」と小さく呟いてイオンを見た。
「ごめん、説明するの忘れてた。」
《冒険者ギルド》はグリーゼの街に住む《プレイヤー》の人口や現在の生活状況などの状況を把握する為、《ギルド》の施設やサービスを利用する《プレイヤー》達に戦闘能力や《生産スキル》申告させていた。登録した《プレイヤー》からは《ギルド》の使用料を徴収せず、狩りの戦利品や高額な生産物も《ギルド》を通じて信用出来る相手を見つけて取引が出来るなど、メリットは大きい。
イオンは説明を聞きながら簡単な書類を書いてをアレスに渡した。アレスによるとエルフの細工師は珍しいらしく、覚えている範囲ではイオンだけだという事だった。
他にこの街の《プレイヤー》達の人口は一〇〇〇人程で、ベータテストの参加人数との差が大きいという話、ただし《冒険者ギルド》が順調に機能するようになる以前の死者や、《ギルド》に非協力的な戦闘エリアのPK達の事は把握できていないと教えられた。
「そういえば《冒険者ギルド》っていつ頃出来たんですか?」
「半年位になるかな。まぁなんとかここまで来れたな。立ち上がった当時は色々あってね……」
「その話長くなるぜ。」
「むぅ、まぁそうだな。他に何かあるかい?」
「PK達って今も出てくるんですか。」
「こっち側……北門周辺は大丈夫だろうけど、街の東門の周りと戦闘エリアのスラムには近づかない方がいいな。二週間ほど前に我々《ギルド》とPK達の間で、大きな規模の戦闘があってね。今は表向き停戦中だが、統率の取れた連中じゃない。少数でつるんで弱い者を狙う奴らは居るだろう。」
「PK 達って何を考えてるんだろう。死んだらログアウトすると思ってるのかな?」
「そう思ってる奴が多いみたいだ。さっき云った戦闘で、それまでPK達のリーダーだった男が死んでね。新しくリーダーになった男が、仲間内にそう吹聴しているそうだ。」
「といっても俺たちが殺したんじゃない。PKの一人がリーダーの首と引き換えに停戦を申し出たんだ。」
テスが言葉を繋いだ。
「その男が今のPK達のリーダーで、ノーザ・ゴーンってやつでね。停戦後はこの辺りの《プレイヤー》の店にも顔を出しやがる。PKの『イメージアップ作戦』とかいってニコニコしてな。はっきりいって、何考えてるかわからん。」
「この辺で会うことが有りそうなのはコイツだろうな。まぁ、街中の安全地帯じゃ何も出来んだろうが。」
イオンは『魔弩』についても訊いてみた。
「オークションで一度見たことが有る。敏捷のボーナスが乗らないらしいから普通の弓より人気ないな。あれって生産出来るの?」
テスが答えたが、二人ともよく知らないらしい。他に聞くことも思い付かない。アレスも一通り話を終えた様なので、二人は礼を云って椅子から立ち上がった。シェリルの様子を見て来ると云うアレスとは部屋を出たところで別れた。
「ちょっと掲示板を見ていこうか。」
掲示板は建物に入ってすぐ場所にあった。アレスの部屋から出て廊下を戻り受付カウンターを通りすぎると、壁に巨大な板が打ち付けられていた。板の縁には装飾が施されているようだが、貼り付けられた羊皮紙や薄い木の板に書かれた依頼や『クエスト』に埋もれてほとんど見ることが出来なかった。大型種族のため、高く作られた天井すれすれまである掲示板全面に依頼が貼られている。上の方の依頼をどうやって貼ったのか、イオンは不思議に思ったが、貼ったり剥がしたりするための道具や手段は置かれていないようだ。
テスとイオンの他に何人か依頼票を見ている者もいて、テスの知り合いらしい獅子人の男性が、テスに声をかけ軽く手をあげて微笑んだ。彼は依頼票を自分で剥がして受付まで持って行った。
「足の悪いお婆さんの代わりに、冒険者ギルドに依頼を貼りにいく依頼が有るけど? これは誰がここまで貼りに来たのかな?」
「依頼受けた奴かな?」
「その依頼は、どうやって募集したのかな?」
「ここに貼ったんじゃ?」
「誰が?」
「依頼受けた奴かな?」
「……?」
「これとか、初心者狩り場のドロップアイテム集めだな。報酬でこのドロップアイテム買えちゃうんだけど。」
「《NPC》ってやっぱおかしい。」
「まあね。」
古い依頼票が変色したりすることは無いようだが、よく見ると古い日付の依頼票をイオンは見つけた。赤い文字と線で何度か報酬が訂正されていて、少し離れた場所からも目立って見えた。その下で男が一人、依頼票を眺めてニヤニヤと笑っている。派手な赤いローブの人間族で、ウッドエルフのテスよりも背が高い。イオンがその正直キモい男に近付かないように依頼票を見上げていると、テスが声をかけて男に気付かれた。
「それは賞金首の手配書だよ。さっき云ってたPKの。ノーザ・ゴーンのヤツさ。」
「ええ、PKの新リーダーなんて云われてるんで賞金額を見てみようかと。」
男が勘違いでもしたみたいに返事をした。話しかけられたと思ったのか。――わざとかな?勘違いのフリだ、口元がさっきより笑っているのにイオンは気がついた。その口元と表情に見覚えが有るような気がする。声もどこかで……?テスも男を見て何かに気がついた。イオンのそばにそっと寄る。
「もしかして……」
「お前……」
イオンとテスが同時に別々の言葉を口にした。その声に男も振り向いた。イオンをまっすぐ見て眼が合うと呟いた。
「ひょっとして……」
今度は三人が同時に言葉を口にした。
「透くん?」
「ノーザ・ゴーン!」
「先生?」