56.変化
イオンの代わりに店番をしていたテスは、カウンターの上に地図を広げて何か書き込んでいるらしかった。作業場から出てきたマジューレがその地図を覗きこむと、びっしりと癖のある文字で余白にメモが書き込まれた地図の中のグリーゼの街に数本矢印が伸びていた。赤いばつ印が幾つか、クエスチョンマークがさらに幾つかの建物の上に書き込まれている。
「何を調べとるんだ?」
「この近くにあるはずなんだ。」
テスがインクで黒くなった指先を反対の手で擦りながら答えた。
「『転移装置』の起動方法だよ。」
カタコンベの巨石群からグリーゼの街への転移は出来るようになったが、グリーゼの街からカタコンベへ転移する事は出来なかった。街の『転移装置』が中央広場の噴水だと云うことは、カタコンベから帰還した際にわかっていた。ただ起動させる方法が見つからない。
「かたっぱしから『クエスト』を受けてみてるんだ。」
「そりゃ、ご苦労なこった。」
マジューレは本気で嫌そうな顔をした。あの自分が思い通りに動けないような、『フラグ』の感覚を思い出したのだ。その顔を見てテスが身を乗り出した。顔は笑っているが、眼は真剣だった。マジューレを見る。
「『フラグ』は無くなってる。」
「んん? どういうこった?」
「感じないんだ、何も。」
「また『パッチ』か?」
知らないうちに世界はまた変化していた。これは良い方に変わっているのか、マジューレは腕を組み思案顔になった。
「それにもうひとつ……これは確かじゃ無いんだけど。」
テスはそこで言葉をくぎって座り直した。
「イオン以降『新人さん』は一人もいない。」
これは悪い方の変化かも知れない。死んだ《プレイヤー》達は誰も帰って来なくなったらしい。もしかしてログアウトか?やっぱり良いのか悪いのかマジューレにはわからなかった。
「シェリルがずっと調べてたらしいんだ。新しい《プレイヤー》はここ数ヵ月いないんだ。それに『空き家クエスト』も無くなってる。」
テスはブラウンにも話を聞いていた。さりげなく空き家の話をしてみると、もうずいぶん前に紹介は止めたと云って笑っていたらしい。
「このまま人が減っていくだけなのか?」
急激に人口が減ることはないと思うが、増える事が無いとしたら、いずれはこの街は無人になってしまう。
「他に街がある。ガイドAIがイオンにそう云ったらしい。だから『転移装置』の起動は《ギルド》の最優先の目的なんだ。」
「あの宝石も何か関係あるんだろ?」
マジューレはイオンの蒼いドラゴンティアーを思い出した。詳しい話は聞いていなかったが『転移装置』を起動させる『クエスト』の報酬アイテムらしかった。テスの顔つきが変わった。
「……そうか、二つ目のドラゴンティアー……親方! ちょっと出掛けてくるよ。」
テスは店を飛び出して駆け出した。『転移装置』起動のクエストは、とっくに完了しているのかもしれない。紅いドラゴンティアーがその報酬なら、そういうことになる。『クエスト』を受けて、終らせたのはドラゴンティアーの所有者であるゲルダだ。彼女に会って話を聞いてみたい。彼女は《NPC》のはずだが、幾つか他の『クエスト』を受けて終わらせている。彼女が、知らないうちに『転移装置起動クエスト』を受けていた可能性がある。イオンのときと何が違うのか、『クエスト』が完了していても『転移装置』が起動していない今の状況はもう少し考えて見なければならないが。今はゲルダだ。今ごろ街のすぐ外でイオンと一緒に狩りをしているはずだ。
テスは北門前の広場を駆け抜け、そのまま街の北門を出て二人を探した。《探知》のお陰ですぐに二人は見つかった。そして二人の近くに他の物がいた。テスは初めて見る《探知スキル》ウィンドウの中のメッセージに少し驚いた。
『???』
システムが名称を正確に表示しない何かが、二人の側にいるのだ。こんなことは初めてだ。……どうしてイオンの周りには、訳のわからない事が起きるのか。何故だか少し腹がたつ。テスは溜め息をついてから、考え直すように頭をふる。危険な物でなければいいが。そう思いながら走り出した。




