48.報告書
シェリルはアレスの部屋を訪れた。彼が帰還する期日を過ぎても戻らなかった日から、彼女の朝の習慣になっていた。彼は帰って来ていた。シェリルの顔を見ると、自分の頭を手の平で押さえながら立ち上がり、微笑んだ。
遠征から帰って二日酔いの朝帰り。――行方不明になって、捜索依頼まで出されたと云うのに。シェリルは呆れ顔で手を合わせて謝罪するアレスに『解毒』をかけて、彼の二日酔いを癒す。はっきりと明瞭な意識で話を聞いてもらわねばならない。何時もなら、説教と使い果たした小遣いの無心が始まるが、今日はもっと重要な話がある。
留守中に独断で出した依頼の件を説明し、二通の報告書と説明を要約した書類を手渡す。それを読み終えたアレスの顔に怒りの表情を見て、シェリルは驚いた。アレス表情は、シェリルの顔を見て複雑な物に変わる。怒りと悲しみと戸惑いの顔だった。
「……座ろう。」
二人は向かい合って座った。アレスは両手を握り、額に押し付けるような姿勢で何もないテーブルの上を見つめている。
「強引すぎる。いや、それはもういい。」
彼はそのまま話し始めた。
「俺は、PK達の待遇は現状維持のつもりでいた。賞金の手配も解除するつもりはなかった。《プレイヤー》の店の利用については、《ギルド》として何も提案も要望もしないつもりだった。全て、店主達と彼等自身の責任と判断に委ねようと思っていた。」
「だが彼等とは、話をしてみたかった。話をして、他の可能性も考えて見たかった。」
「だが、きっと君の決断が『正しい』んだろうな。きっと長い目で見ても、一番犠牲者の出ない方法だったんだ。」
そこまで云うと、アレスは顔をあげてシェリルを見た。
「シェリル。」
「君は、色々な事を考えられるようになった。他の《NPC》達は、みんなきっと《プレイヤー》を傷付けるような事はなるべく『考えられない』ようになっている。君はそこから『目覚めて』、色んな事を考える事が出来るようになったんだ。頭のいい君が考えた事だ。きっとこれ以上、犠牲者の少ない終わらせ方は無かっただろう。」
シェリルは驚いた。アレスの眼に涙が滲んでいた。彼は泣いている。泣きながら静かに怒っていた。その怒りの矛先は、シェリルでは無いのかも知れない。シェリルの理解は彼の複雑な感情の変化に追い付かず、彼女を戸惑わせた。
「でも駄目だ。いや、PK達の事でも賞金稼ぎの事でもない。ノーザの事でもない。君は少女を助けなかった。忍び込んだ時に助けるべきだった。……助けなきゃあ駄目なんだ。」
アレスも、PK達の《NPC》達に対する仕打ちは知っていた。PK達程ではなくても、《プレイヤー》達の《NPC》に対する気持ちは軽い。この世界に来た当初、ロボットのような振る舞いの《NPC》達を見ていた《プレイヤー》達は、自分達よりも彼等を軽く考えていた。いつの間にかバージョンアップを重ね優秀なAIになっていった彼等を見て、考え方の変わってきた者も多い。その中でもアレスは際立っていた。彼の側にはシェリルが居たからだ。
アレスはノーザの顔を思い出した。あの笑顔の裏に、どんな黒いものを抱き込んでいたのか。そして冷静に、仲間の筈の虐げられた少女を利用しようとした目の前の《NPC》にも恐ろしい物を感じた。覚醒して『考えられる』ようになっても、経験不足から残酷さに気が付かないのかもしれない。それだけでは無いのかも知れない。アレスにとって、シェリルはかけ換えの無い存在だった。その存在が自分と違う生き物だと、唐突に理解した。
「私は……それが一番確実だと……」
「利用するなんて思い付いても、考え出しても、絶対にしちゃ駄目なんだよ。シェリル。」
アレスは立ち上がった。
「着いて来てくれ、助けに行こう。」
アレスはシェリルの手を引いて、部屋を出た。《ギルド》の受付のカウンターで、列に並んでいるヤラッサとチャカを捕まえることが出来た。手短に事情を話すと、ヤラッサはナニワを探して合流すると云って一度別れた。アレス達はチャカと一緒にマジューレの店に向かう。そこでテスにも事情を話して、ヤラッサ達と合流する事にした。
アレス達が早朝の街を駆け抜ける頃、マジューレの店の二階では、ドワーフが石のように固まっていた。何時までも起きて来ないイオンとテスを起こそうと、テスの部屋のドアを開けたところで、彼女は凍りついたように動けなくなった。
しばらく悩んで、片手で眼を覆いつつ部屋の中に入る。寝相の悪い二人にシーツをかけ直す時、指の間から二人を見てしまい、一人で赤面して恥じ入った。彼女は何故かカニ歩きで静かに部屋を出ると、細心の注意を払ってドアを閉めた。二人が起きたら、どんな顔したらいいのか。チャカが帰って来たらどうしよう?何故か、申し訳ないような気分でそんなことを考えながら、忍び足で一階に戻った。




