44.未実装
転送は一瞬で完了した。テスとイオンに続いて他の仲間達も近くに出現し、周囲を見回した。自分達のいる場所が街の中央広場だとみとめると、誰の顔にも安堵の表情が浮かぶ。最後にアレスが転送されて、無事に転送されたことをお互いに確認し合う。初めての転移で不安もあったが、何事もなく全員が帰還出来たことを喜びあった。
家に帰るというノーザが、そこで別れを告げた。《プレイヤー》の店の殆どで立ち入り禁止になっているため、遠慮したのかも知れない。ヤラッサがノーザに駆け寄って、肩をつかんだ。
「次は付き合えよ。」
獅子人は、それまでに店主を説得しておいてやると勝手に請け負って胸を叩いた。ノーザは笑って何も答えなかったが、広場を出るときに振り向いて、大きく手を振ったのが見えた。
ノーザと別れて一行は、広場から近いマジューレの店に向かう。店の近くまで来るとイオンは走り出し、そのまま店に駆け込んだ。
「ただいま!」
その声で、ドワーフが奥の作業場から飛び出してきた。
「おお、みんな怪我は……」
「飲み行くぞ。」
「アレスも無事だったか。」
「飲み行くぞ。」
「まあ上がってくれ、今茶でも入れるからゆっくり……」
「飲み行くぞ。」
ドワーフが折れた。テスが何時もの事だとイオンに囁いた。
暑くも寒くもない世界でも飲み物はよく冷やされていて、アルコールで火照った身体に心地よかった。酒はこの世界での数少ない娯楽の一つだが、イオンは酒を飲むのは初めてだった。
『現実』の世界でも、あまり飲んだことはなかった。強い方だとは思わない。この世界の華奢な体は、もっとアルコールに弱いのか、飲んだものが強いのか。けっこう酔っている。という思いが二杯目からあった。四杯目の時は忘れていた。五杯目だったかも知れない。名前もわからない果実の味の酒は(酒の種類も詳しくない。)果実から造ったのか、果汁で割った物なのかもわからない。口当たり良さにグラスを重ね、マジューレに心配されたが、彼女は他の事ですぐに忙しくなった。
ナニワは酔うと饒舌で、テスを捕まえて毒物の取り扱いに付いて語りだし、止まらなくなった。ヤラッサはチャカと飲み比べで負け、泣きだした。アレスは眠りながらシェリルに謝って、また起き出して飲んで寝た。いつまでも素面のマジューレが一人で介抱していたが、いつものことだとチャカに聞かされた。ドワーフはアルコールに耐性があるせいで、むしろこんな時は、ゆっくり飲むことが出来ない。
店を出るころ、イオンは足元が危ういほど酔っていた。まだ飲むというメンバーたちと手を振って別れ、もう帰るというテスと二人っきりになった。テスも酒には強くないらしい。
マジューレの店への帰り道を、じゃれあいながら歩く。中途半端に古いアニメの主題歌を歌い出して、通りすがりの《プレイヤー》に笑われる。無理矢理肩を組んで、月明かりの街を歩く。身長差で身体を折り曲げるようにしていたテスが、バランスを立て直そうと背を伸ばす。そのまま首の後ろで自分の腕をつかんで離さない。いつの間にか、首からぶら下がるようにしがみついていた。
笑いが込み上げてくる。テスも笑っていて会話が成立しない。テスの首から手を離して走り出した。すぐに捕まって、後ろから抱き着かれる。――最後に何を食べたっけ? 身体がテスの腕の中で半回転。思い出そうとして――間に合わない。テスは揚げ物でも食べていたらしい。あの店の揚げ物は、キツいスパイスの効いたソースが上にかかっていて、一つだけ食べたそのソースの味を覚えていた。もう一度首に手を回して身体の重みを全部預けた。二人とも、クスクス笑いが止められない。そのまましがみついて、歩き始めたテスの邪魔をする。
マジューレの店の入り口で、ぶら下がったまま、宙ぶらりんの脚をぶつける。痛い筈なのにまた笑う。テスの手がお尻を下から支えて持ち直したとき、顎を肩に置いて預けた。そのまま階段を登る。いつも寝起きしている部屋の前を通りすぎる。そういえばベッドはチャカのインベントリに入っていて、この部屋にはない。テスの部屋は一番奥だった。
ベッドのシーツにくるまって、二人とも服を脱いだ。相手の装備品に干渉出来ないから、自分で脱ぐしかない。テスがふざけてくすぐってくる。くすぐりかえそうとして、すぐに抱きすくめられて、動けなくなった。
彼の手がぎこちなく動く、拘束が緩くなった。ゆっくり仰向けに倒れると意外に硬いベッドで頭を打つ。テスの顔が目の前にあった。どうしよう、眼を閉じた方が良いのかな?よくわからない。テスもどうしたら良いのかわからないらしい。照れ臭くなって、顔を見られないように抱き付く。テスのぶんの体重も加わって、ベッドに押し付けられた。
普段見せる器用さからは考えられないほど、その手の動きはぎこちない。そのぎこちなさが愛しい。くすぐったい。酔いとは違う心地好さに酔う。その手が不意に離れた。シーツが捲れ、テスが起き上がって背中を向けた。……様子がおかしい。起き上がって声をかける。
「……テス?」
彼は動かない。背中に抱き付いて肩越しに顔を除き混む、なんとも云えない情けない顔をして照れている。
「まさか、まさかコレがさ……」
「『未実装』とはね……」
テスがそっとシーツを捲り上げた。テスは情けない顔で笑っている。なるほど。『俺達の身体にそんな機能はない。』盗賊狩りの時、テスがそう云っていた。それと同じ事がまだあると、そう云うことらしい。
うなだれるテスと、テス自身にシーツを被せて寝かせる。イオンも横になった。――駄目だ。笑っちゃ駄目だ。なんとか慰めないと駄目だ……テスの背中に抱き付いたまま、肩を震わせて笑わないように顔を押し付け、呼吸が整うのを待った。
「ときどき『パッチがあたってる』か確かめて見ないとダメね。」
ギリギリで笑わずにそれだけ云うと、イオンは眼を閉じて眠りについた。




