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ルニタニアオンライン イオン編  作者: るるゐゑ
グリーゼの街
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3.NPC

 壁には大小様々、ファンタジーな世界観のゲームでよく見掛ける武器や盾が、木製の棚の上に金属や革製の防具類。壁や棚に置き場の無いもの達が部屋の端の床、というよりは部屋の一画を占領していた。部屋の角にある三脚の椅子にイオンは座っていた。小さめの窓と戸口から射す外の日差しの中で『ブラウン』とドワーフを見比べて、それから離れて立つテスを見た。


「やあ、テス。」


 ブラウンがテスに声をかけてから、もう一度ドワーフを見た。


「マジューレ親方、景気はどうだい?」


 そういいながら顔をイオンに向けて、見た。


「こんにちはお嬢さん、はじめまして。」


 気が付いて、見て、笑って、挨拶。一つ一つの動作に不自然さは無い。その自然さは、精密な部品が隙間なく組み合って出来た滑らかさに似てる。テスが片手を軽くあげて挨拶に答え、通りすぎた背中越しにマジューレに目線で行動を促した動きの滑らかさ、自然さと対照的に。つられて立ち上がり挨拶を返すとき、イオンはガイドAIを思い出した。


「こんにちはブラウンさん、はじめまして。」


 自分の何処かがカチッと動いて、ブラウンの動作の続きでもするようにスムーズに返事をする。――覚えのある感覚、不思議な不自由さを感じる。チュートリアルの中でガイドAIにも同じ違和感を感じた。あの時よりもはっきりとわかる、これには強制力がある。自分は今、動き出したら止まらない何かの上にいる。きっと次は名前を聞かれて――答える。――いい名前だ、――感想をつげられて――ところで――本題に入る。きっと私は最後に「はい」と答えてしまう。イオンは思った。これはきっと……


「その嬢ちゃんはイオンだ、うちで住み込みで働いて貰う事になってな。よろしく頼むぜ。」


 会話に割り込んだマジューレは腕を組んだまま、ブラウンを見て動かない。今の『一撃』の結果でこの《NPC》がどう動くか、考えているように見えた。


「その娘は細工師だよ。イオン、この親父さんは近所でお店をやってるんだ。」


 テスがブラウンに声をかけ、イオンの隣まで来て肩に手を置いた。


「エルフの細工師は珍しいね。私の店はすぐ近くでね、万屋、『親父の店』と云えばこの辺ならみんな知ってる。」


「よろず屋さん?」


「生活用品から簡単な旅支度までいろいろさ、最近の人たちは『道具屋』とも云うみたいだ。」


「ところで用件はなんだい?」


「おっと、実は空き家の件で相談というか……まあどうしたもんかと思ってね。」


「そうだな、借り手が見つかったらこっちから連絡するぜ。」


「ああ、そうしてくれるとありがたい。じゃ、頼むよ親方。」


 それだけ云ってブラウンは帰った。見送った三人は互いの顔に安堵の表情を見た。イオンは椅子に身を落としてマジューレに声をかけた。


「今のって……『フラグ』?」


「そうだ。俺たちもそう思ってる、そう呼んでる。」


「簡単に云うと今のは『クエスト』だよ。住む所が決まってない初心者《プレイヤー》に空き家を紹介する『クエスト』の『フラグ』だ。」


 ドワーフの言葉を補足したテスの言葉にイオンは幾つかの疑問に同時に思い至った。


「ちょっと待って、変よ? 家が必要、それに初心者って? みんな今日から…」


「言いたいことはわかるよ。説明は難しいな……まぁ、とりあえずこの店どう思う?」


 ここは武具の店、おそらくドワーフが店主だ。


「親方もオレも《プレイヤー》なのはわかるよね? 親方は自分の店を持っている。店のなかは商品でいっぱいだ。」


「これを見てくれ。今俺が使ってる弓だけど。」


 テスが何処からか大型の弓を取り出した。凝った装飾がさりげなく施されている。チュートリアルで見かけた簡素な弓よりずっと精緻な造りに見える。


「エルヴンロングボウ+6だよ。」


 イオンはテスの言いたいことを悟った。でも何故?


「私、そんなにキャラクター制作に時間かかったのかな? 長いとは思ったけど。それとも半年くらい気絶してた?」


 軽いジョークのような口調、少し笑うのは逆に不安の為。残念ながらほとんど正解。テスはあえて気楽な口調で続けた。


「気絶してたのは五分くらいじゃないかな? 気絶(ピヨり)のエフェクトも出さないでぶっ倒れて、バグか何かと思ったけど。」


「オレやテスにはな、ベータテスト初日から一年くらい経ってるんだ。」


 ドワーフが云った言葉は妙に聞こえる。説明の難しい話を考えながら喋っている。


「ベータテストが何回もあった訳じゃないぜ?《現実》の世界で2XXX年のXX月XX日に始まった一回だけだ。たぶんだが。」


「君みたいに、ベータテストが始まったばかりのつもりで後からログインしてくる人がたまにいるんだ。俺達は『新人さん』って呼んでる。」


 ベータテストの初日の筈だ。ドワーフの云った日付はイオンにとって今日だった。それでも二人が自分を騙そうとしているようには見えない。


「さっき云った『空き家クエスト』は『新人さん』達が現れるようになって、中には野宿しなきゃならないような人も出てきてね。『パッチがあたって』導入されたんだと思う。でも『NPC』達のやることはどうも何処か抜けててね、今この街で空いてる家は戦闘可能エリアにしか無いんだ。当然待ち伏せしてるヤツらがいる。」


 PKか。ぴーけー。損得関係なし。得るものが何もなくても、そういう行為に情熱を燃やす《プレイヤー》はどのゲームにもいる。


「今までの話で一番わかりやすいわ。」


 親方もテスも黙って頷いた。

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