1.キャラクターメイキング
ノースさんの説明をきながら、目の前のキャラクター制作ウィンドウをざっとながめる。簡単に云うと《ルニタニアオンライン》のキャラクターの個性は《種族》と《特徴》、それに八個のスキルによって決まるらしい。
《種族》は大雑把に『人間』『亜人』『獣人』『鳥人』の五つに分類されて、さらに細かく長所や短所の色付けをされたエルフやドワーフのようなファンタジー定番の種族、犬やら猫の獣人、鳥人、リザードマン、ドラコニアン(竜人)、などなど、いったいどのくらいの数があるのか、スクローリングリストの長さに驚いて思わず吹き出しそうになる。
《特徴》は『右利き』『左利き』『両手利き』とか『貴族の生まれ』『怪力』『とくになし』とか、手に持った武器をうまく使えたり、初期所持金がべらぼうに多かったり、ステータスにボーナスがついたり、とくになんにもなかったりするらしい。なんで『とくになし』があるかと云うと、《特徴》は《種族》を選ぶ際にランダムで決まってしまい、選ぶことが出来ない。さらに云うと《種族》もランダムクリエイトでしか選択されないレア種族があるそうで――
「《種族》も《特徴》も、レアは後ろに『!』がつきます。」
レア種族&レア特徴、ちょっと狙ってみよう。ひたすらランダムクリエイトを繰り返してしばらくして……出た!
種族 象人!
特徴 とくになし
《種族》の欄に『象人!』と表示されている。象?
「獣人種族ですね。身長3~5メートル。『力』にボーナスがつきます。頑張れば『三刀流』も可能で近接攻撃キャラクター向きですね。」
強そうだしちょっと見てみたい。
「見た目はこのような感じになります。」
ノースさんがモデルを表示させてくれる。二本足の象だ。っていうかデカイ。ノースさんの倍以上ある。この人(?)街の建物とかダンジョンに入れるのかな?
「スキル《付与魔術》の『縮小』という術を重ねがけすれば、短時間なら大丈夫です。」
途中で効果が切れたら怖い。
「それに、人間サイズの種族に比べて、身体の大きな種族は武器や防具にかかる費用も高額になります。象人だと食費も三〇倍くらいかかるようです。もうひとつ、先ほど『頑張れば』と申しましたが『獣人』や『鳥人』の尻尾や翼など、『現実』の世界で身体にない部分を動かすには練習が必要です。」
デメリットの方が多いような気が。それに《特徴》も『とくになし』だし、パスかな。『三刀流』はちょっと気になるけど。再びランダムクリエイトしてキャンセルを繰り返す。
種族 海エルフ!
特徴 右利き
人魚のエルフバージョンかな?
「水中種族は全種類『超レア』で、スタート地点が専用の海中都市になります。現在海中都市からスタートしたプレイヤーは三名だけですね。」
その三人ってきっとすぐ仲良くなるね。MMOとしていろいろ間違ってると思うけど。
……そして、
種族 グレイエルフ!
特徴 スキル重複・瞑想(5)!
ついに両方ともレアが出た。
「おめでとうございます。レアレアですね。グレイエルフはゲームの世界設定では、すべてのエルフの父母『上古エルフ』だそうです。妖精界から物質世界にやって来てハイエルフを産んだとあります。通常のエルフより小柄で黒か灰色の髪をし、麻痺攻撃が効かない。古代神聖語を理解する。今モデルをお出ししますね。」
ノースさんの横にキャラクターの身体モデルが表示された。
「《スキル重複・瞑想(5)》はですね……あの、聞いておられます?」
聞いてませんでした。
私は目の前の少女に魅せられていた。液体のような表面に艶を見せて流れる黒い髪が華奢な肩の辺りで切り揃えられている。金色の大きめの瞳とその奥に暗い滲んだ黒。やや色の薄い唇はふっくらと丸みのある下唇に上唇がかぶさって、隙間の影の中で白い歯が濡れて輝いている。華奢な顎と細い首筋。灰色と云うより、微かな藍の上に幾重にも幾重にも氷の薄片を重ね、ようやく白く見えるような不思議な肌。すらっとした手と脚。指先で光を反射する小さな爪の丸み。胸のわずかな膨らみ、なめらかな腹部のカーブ。
うつむき気味の細い顎と、虚空に視線を投げかける瞳。人形のような美少女から眼を離すことが出来ないまま、叫ぶように――
この娘にします!
「ハイッ?」
思ったより大きな声だったらしくノースさんを驚かせてしまった。
あ、ごめんなさい。このキャラクターに決めました。お願いします。
「《特徴》の方のご説明は如何いたしましょう?」
このキャラクターの外観って保存しておいて後で使えます?
「一時保存は出来ません。モデルの外観もランダムに作られたものですのでキャンセルした場合は消えてしまいます。」
じゃあこの娘でお願いします!
「ではモデル外観の微調整やカラーリングの変更を…」
しません、いりません、一ミリも、髪の毛一本も、素粒子一個分も変更なしで、今すぐお願いします。
「あ、はい、では《特徴》のご説明は後程《スキル》と一緒に行わせていただきます。」
突然隣にリクライニングシートが出現した。横になるように促され、身体が切り替わったあとは急に動かないように、感覚の感度はセーブした状態から徐々にリミッタを解除していく、など幾つかの説明をうける。
最後に最終確認として同意を求められた。シートに身体ををあずけて、もう一度たたずむ美少女に眼を向け、うなずいた。
――ログインしてからはじめて見るゲームらしい光のエフェクト。足から身体を包みこんでいく。眼を閉じるように云われ眼を閉じる。――身体が縮んでいく、かかとが寝ているシートの表面と擦れる。髪が少し伸びて首と肩、額がくすぐったい。いや、全身がくすぐったい。たった今造り出されたこの身体は、顔も、身体も、手も足も、今はじめて他の何かに触れている。『現実』の身体なら、顔や手のように外気に触れている箇所も、普段なら衣服に覆われている部分にも慣れた感覚がない。身動ぎして揺れる髪が首筋に擦れたとき、初めての自分の声を聞いた。
「もう、眼を開けていただいて大丈夫ですよ。」
コーヒー香りがする。眼を開けると背中を預けたリクライニングが静かに動いて上半身を起き上がらせる。丸い小さなテーブルが横に置かれ、ノースさんがカップにコーヒーを注いでいた。砂糖とミルクは?と訊かれ、砂糖だけふたつと答えた。礼を云い、ゆっくりと腕を動かして受け取った。
「このコーヒーも五感の調整用ですか?」
熱い。おいしい。
「はい、お飲みになりながら残りの説明をお聴きください。」
「声は? これは私の声? なんだか変な感じ。」
「『現実』の声を取り込んだものです。慣れるまでは少し不自然に聞こえるかもしれません。」
録音された自分の声がおかしく聞こえるのと同じことかな。声にフィルターをかけますか?と訊かれて、このままでいいと答えた。ひとつくらい《現実》のものを残しておこうかと思ったのだ。私の様子を見ながらノースさんは説明を再開する。
「それでは先ほどの説明の続きをさせていただきます。《特徴》の《スキル重複・瞑想(5)》ですが、」
まず、《スキル》とは特異な能力の強さや技術の高さを0~1000の数字で表すシステムで、《瞑想》ならマジックポイントの回復を早めてくれる。《スキル重複》とは通常なら二つ以上同じものを取得出来ない《スキル》を重複取得することができ、そして重複取得しなければいけない。つまり私の場合はレアな《特徴》によって八個の《スキルスロット》のうち五個がすでに《瞑想》で決定してしまっている。ということで、
「残りの三スロットはいかがします?」
「マジックポイントの回復がものすごく早い、ということは魔法使い向きかな?」
「魔法関係のスキルは《精霊魔法》が六種類、これは主に各属性の攻撃魔法の為の《スキル》です。《精霊魔法》を二系統以上持っていなければ上位の攻撃魔法は使うことができません。《神聖魔法》はダメージを癒す回復魔法です。他に《召喚術》《付与魔法》《呪術》などがあります。」
「よくわからないけど残りの三スロットで上位の魔法って使えるの?」
「残り三スロットを全て魔術関係に使っても最上位の魔法は使うことができません。正直に申し上げると三スロット全部使っても、いずれかの系統で魔法の専門家になるのは難しいですね。」
「マジックポイントって魔法以外にも使うんですか?」
「生産系《スキル》では、登録された『レシピ』を使った生産でマジックポイントを消費します。」
「《付与魔法》っていうのはどんなものなんです?」
「防御力アップなど自分や味方に有利な効果の魔法、自分のマジックポイントを分け与える《リチャージ》、短時間飛行、ヒットポイントの代わりにマジックポイントでダメージを受ける《マナシールド》などがあります。《エルフ族》の細工師は《付与魔法》と《細工》スキルの組み合わせで特殊なアイテムを作ることが出来ます。」
「それ面白そう。残りの一スロットも何か組み合わせて使える《スキル》ってあります?」
「細工師はクロスボウと、矢を使わずにマジックポイントを消費して攻撃する《魔弩》という武器を作ることが出来ますので《弓術》は如何でしょうか。」
弓術、付与魔法、細工、瞑想×5か。うーん、とりあえずこれでいいかな?生産も戦闘も少しやってみたいし。
「わかりました。じゃあ、それでお願いします。」
「はい、それではご確認ください。」
目の前のウィンドウが全て閉じ、正面に新しく一つ表示された。
種族:グレイエルフ
性別:女性
特徴:スキル重複・瞑想(5)
HP:70 MP:150
筋力:6
敏捷:12
知性:12
瞑想:1
瞑想:1
瞑想:1
瞑想:1
瞑想:1
付与魔法:1
細工:1
弓術:1
共通語 エルフ語 古代神聖語
正面ウィンドウのステータスに重なってテキストボックスが表示された。『名前を入力してください』
「ぜんぜん考えてなかった……名前、どうしよう。」
思わず辺りを見回してみる。発想のきっかけになるようなものは、この部屋にはない。というかモノが殆ど無い……
「……イオン」
「でいいかなー。」
マジックポイントの回復が早い、ということでなんとなく充電電池を思いだした。『なんとかイオンバッテリー』とか。
「それでは改めましてイオンさん。キャラクター制作お疲れ様でした。身体の感覚は如何でしょうか?」
云われて身体を軽くひねってみる。皮膚感覚にはもう違和感もあまり感じなくなった。あれ?この身体、すごく動きやすい。
「もう大丈夫みたいです。立ってみても?」
ノースさんに手を貸してもらい、シートから降りる。初期設定のキャラクターは同じ位の身長だったけど、今は彼女の方が頭一つ分高い。左手を軽く身体に回して支えてくれているが、もう一人で歩けそうだ。ノースさんが反対の手を何もない空間に伸ばす。ドアが現れ、開いた。
――床の粗い木目の感触、温度、木の匂い、窓からの風と光、景色。部屋中にある様々な道具類、吊り下げられた衣服の色、形。
白い何もない部屋からドアを抜けた瞬間、唐突に五感に溢れる情報。目が眩み、身体の力が抜ける。ノースさんが近くの椅子を引いて座らせてくれた。
「こちらで操作方法とアイテムのご説明をさせていただきますが、しばらく先ほどの部屋で休まれますか?」
ヘッドギアの改造が不味かったかな。軽く深呼吸してみる。背中とお尻に木の椅子の質感を感じてその再現度の高さに驚いた。白い部屋に比べて圧倒的な情報量の多さ、窓から射す日差しと陰影が自分の置かれた状況を私にリアルに感じさせる。
よく知らないスーツ姿の女性と、一緒に日差しの射す部屋にいるという状況に突然常識的な考え方が浮かび上がって、仮初めの初期設定の身体から始まった『仮想現実』の雰囲気に流されていた私を捕まえた。
信じられないほどリアルなこの空間の『現実感覚』に日常的な反応を促され、急に裸でいることを意識しだして恥ずかしくなってきたのだ。
「大丈夫、たぶん。それより何か……着るものあります?」
「こちらからお好きなものをお選びください。」
この部屋にある物はいわゆる『初期装備』というヤツで、プレイヤーがゲーム開始時に所持しているアイテムらしく、
「お好きなものを十点お持ちください。」
そう云われて下着と薄いグリーンのワンピース、蔦の意匠で飾られたサンダルを選ぶ。服は『現実』と同じように着ることも出来るが『メニュー』から『装備ウィンドウ』を選び、アイテムを張り付けるようにスロットに置いて着ることも出来るらしい。
アイテムを収納するインベントリにアクセスするための『冒険者かばん』は何種類かある中から小さな革のウェストポーチをえらぶ。見た目の大きさと内容量は関係ないらしい。《細工》用の道具を教えてもらって、工具箱をかばんに入れた。他の武器と一緒に壁にかけられた弓を手に取る。矢が十本入った矢筒、すぐ近くに小さなナイフを見つけ、これもかばんに放り込んだ。
これで八個かな?ここでもう一度服のかかった壁に戻る。ふと気になって、
「着替えってあった方がいいですか?」
「『初期装備』の耐久度は減少しません。」
「あの……下着……」
「《裁縫》で生産可能ですのでゲーム内で入手出来るかと思われます。」
制作者の銘入りハイクオリティなパンツとか、なんか嫌だ。
「装備品はモンスターからドロップアイテムとしても入手できます。」
それはもっと嫌だ。
狙っていた『魔弩』はさすがに『初期装備』には無いようだし、弓と矢筒をあきらめて返す。さっき選んだものと同じデザインの白いワンピース、下着を二つ取る。少し悩んで柔らかい革の靴を取った。ワンピースを手にもって身体の前にあてながら、近くの姿見の鏡を見る。白い部屋で見た少女が鏡の中から見つめ返していた。
意志のこもった眼で、身体の向きをかえて歩み寄った少女は美しかったが、その表情に馴染みのあるものが混じっていた。なんか歯磨く時に見たことある、ぽかんと口を開けたアホ面は私の表情だ。美少女の完璧さは表情として紛れ込んだ『現実』の私によってわずかに侵食されていた。
なんかどうでもいいや、がっくりと肩を落とすと、ワンピースは着替えずにかばんにしまった。
基本操作や《生産スキル》用のツールの説明が終わると、部屋中にあった服や道具類は床に沈みこむようにして消えて片付けられた。ノースさんに促されて部屋の中央に立って向かい合う。
「イオンさん。」
「はい。」
「最後までお付き合いいただきありがとうございました。」
「いえ、こちらこそ。」
「スタート地点は安全ですが街の中にも戦闘が可能な場所があります。地図上で色分けされているので充分ご注意ください。」
「はい、じゃあいってきます。ノースさんもお元気で。」
「貴方にドラゴン達の祝福と旅の幸運を。」
「ありがとうございました。」
ノースさんが眼を閉じて詠唱を始めると、床に魔方陣が現れて輝きだした。最後はゲームっぽく決めるらしい。身体が輝きだす。床から魔方陣が浮き上がって回転し始め、身体も浮き上がる。光のエフェクトが溢れて視界を埋め尽くした。どこかに引き寄せられる感覚。そして本当にどこかに移動した。
移動の完了は突然で、エフェクトも何もなかった。(日差し、サンダル越しの石畳。)私はただ立っていた。(水の音、後ろの噴水、遠くの声、子供たち)目の前にあるのは、ぽかんと口を開けたアホ面。なんかデジャヴ?涼しげなシャツと、ポケットの多い作業用のようなズボンのエルフの若い男が口を開けたまま立っていた。男が、
「――した?」
情報が突然書き換わって混乱する五感、私は倒れそうになった。駆け寄ったエルフに支えられ寄り掛かりながら彼を見上げた。ああ、『テス』って云うんだ。頭の上に名前が書いてあるのって便利、不便かも?どうでもいいことに思考を迷走させながら、私は意識を失った。