11.スラム
残酷な描写があります。ご注意ください。
イオン達と別れたあと、ノーザは《NPC》の商店で幾つか買い物をした。望みの物はなかなか見つからず、何軒かの店を廻った。スラムに戻る道を歩くころ、辺りは暗くなり始めていた。
ステラという名前に覚えはない。殺しすぎていちいち覚えていない、二週間前の戦争の時なら尚更だ。
それにしても『死んだらログアウト』なんて話が出たとき、曖昧に答えた自分の言葉に、なんの抵抗も感じなかった。不自然な様子はなかったはずだ。嘘をつきすぎて、スムーズに言葉になるようになっていた。
――『死んだらログアウト』それはノーザが仲間達に話して広めた話だった。『死』を軽く考えさせ、ついでに『ログアウト』の方法にする。それはPKの仲間達が望む答えだった。ノーザは彼らの心のなかで『そうあって欲しい』と思う事を、肯定するような事を暗に云って、そう匂わせて、考えるのを止めさせているだけだった。
PK達は若い《プレイヤー》が多い。彼等は自分の置かれた情況に対応できず、話を聞いて貰えない事、望む様にならない事にヒステリーを起こした。ノーザは彼らが煩わしかった。騙して落ち着かせ、笑顔であしらって、いつのまにか慕われ、前のリーダーと軋轢を起こした。
前のリーダーは停戦の為といって仲間達に殺させたが。
戦闘エリアに入る前に、念のため幾つかの《付与魔法》を自分に使う。ノーザが住む家はスラムの中心にあった。屋敷と呼べるほど大きくはないが広い家だった。元は『スラムのボス』的な役割の《NPC》が住んでいたが、ノーザが殺した。入り口の『施錠』を解除して中に入って再度『施錠』をかけたあと、奥の部屋に向かう。
「帰ったよ。」
部屋の焼け焦げた一角に声をかけながら近づき、適当に束ねて置かれた縄ばしごを蹴り落とした。ここには地下室の階段が有ったが、ノーザが魔法で破壊した。登り降りは縄ばしごで行っている。下ろされたはしごを登って人間の女性が穴から這い出した。金髪の長い髪の少女で『父親の悪行に心を痛める娘』といった役どころだった《NPC》だ。《料理》や《魔法抵抗》というノーザに役立つ《スキル》を持っていたので殺さなかった。アイテムを渡せば倉庫がわりにもなる。
「……お帰りなさい。今お食事を……」
少女の声は怯えていた。ノーザはそばのテーブルの椅子を引いて座って答えた。
「外で食べてきたから、君だけ食べて。これお土産。」
少女はノーザの対角線の席に座るとパンと何かしら料理、ノーザがテーブルを転がして寄越した赤い実の果物を食べ始めた。眼は、ノーザと彼がテーブルの上に並べていく品物から離れない。
ノーザは大小幾つかのハサミと小さなガラスの瓶、大きめのハンマーと、何本かの曲げた釘のような金具を見て何やら考えている。
「髪染めポーションってのを買ってみたんだけど、使ってみてくれない?」
食べ終わった少女に、微笑みながら声をかける。どう使う物なのか興味があって見ていると、少女は瓶を開けて一息で飲んだ。ポーションと云うだけあって飲めばいいらしい。少女の髪が一瞬で黒く染まった。――こういうところは便利だな、ノーザは立ち上がると、別の部屋から鏡とブラシを探しだして持ってくる。鏡を少女の前に置いて顔が写るように位置を変えた。座ったままの少女の背後に立って、ブラシで髪をといていく。丁寧に時間をかけた。少女は、どうしていいかわからずに身体を緊張させていた。少しでもノーザの動きの邪魔にならないように、動くまいとして身体を強張らせる。
ノーザは、ハサミの中から一つ選んで少女の髪を切り始める。目的の長さより少し余計に残して後で整え、肩にまでの高さで切り揃えた。前髪は手を付けない方が無難だと考え、切るのを諦めた。素人にしては上出来だ。ノーザは頷いてもう一度丁寧にブラシをあてた。
「素敵だ、似合ってるよ。」
ノーザが鏡に向かって微笑むと、鏡の少女もぎこちなく微笑み返した。ノーザの視線が下に動いた。胸はだいぶこっちの方が大きいな……ノーザの無遠慮な視線に少女は気がついたが、表情を変えない。
「手とか足とかさ、」
ノーザは微笑みながら、少女の肩に軽く手を置いた。
「ちぎれてもヒットポイントが完全に回復すると元に戻るじゃん? あれって凄いよな。ゲームの身体って便利だと思ったよ。」
「もし傷口に異物があったり、体に何か刺さったままでも、ヒットポイントって完全回復するのかな? ほっといたら出血状態で死んじゃうかな?」
鏡のなかの少女は、ぎこちなく微笑んだまま凍りついたように動かない。
「今日の『スキル上げ』は、」
ノーザはまだ笑っている。
「ルールを少し変えよう。……いつも通り『魅了』して服を脱ぐように命令する。君は《魔法抵抗》で逆らおうとする。僕のマジックポイントが無くなったら君の勝ち。君の着てるものが全部無くなったら、」
ノーザはテーブルの上のハンマーと曲がった大釘を手で寄せて、少女に示した。ゴトリと音がして、曲げた大釘が少し転がった。
「今日はこれを身体に打ち込む。」
「ヒッ……」
短く悲鳴をあげて少女は震えだした。すでに泣いている。鏡の中のノーザの笑顔を見ていた。
「君を貫通させて床に打ち込む。逃げられるか試して欲しいんだ。」
「うまくいけば死なないと思うよ? じゃ、やってみようか。」
『もう殺さない』そう云った。本物でやる前に色々と試さないといけない。魔法の《スキル》を持ってるかもしれない。インベントリに何が入ってるかわからない《プレイヤー》を捕まえておくことは難しい。ノーザは呪文の詠唱を始めながらそんなことを考えていた。




