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ルニタニアオンライン イオン編  作者: るるゐゑ
グリーゼの街
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10.暗殺者

 ノーザの口元の笑みが消えた。誰も口を開かなくなっていた。イオンは、テスとノーザの顔を見比べて思案げな顔をした。テスはノーザを見ていた。三人とも誰かが口を開くのを待っていた。


「お待ちどうさん。」


 沈黙を破ったのは《NPC》の店主で、痩せた老人が三人の注文を運んで来た。テスは、自分が何を注文したのか思い出せなかった。三人は無言で食べ始める。さっさと食べて帰りたい、テスは思った。自分の言葉を最後にして続く沈黙は重かった。


「テス、その赤いの何?」


 イオンがテスを見ていた。


「テスの食べてるの、私が頼んだメニューかも。私がテスの食べてるし。」


「ああ、ごめん。」


「赤いのって野菜? 果物? 一個ちょうだい。」


 イオンがテスの皿のから赤い実をとって口にいれた。


「やっぱ果物みたい。」


 テスもその実の名前を知らなかった。


「……ごめん。」


 うつむいたノーザが呟いた。眼は誰も見ていない。


「うん。」


 イオンが食べながら短く答えた。


「そういえば透くん、ヘッドギアなんだけど。」


 イオンはノーザに無理にでも何かしゃべらせたい様に見えた。ノーザが顔をあげた。


「ああ、読み込みが多いとブラックアウトするね。……ちょっと待って。」


 ノーザは紙片を取り出して主観のウィンドウから何かを書き写し始める。イオンがテスに向かって喋りだす。眼が『会話に混ざれ』と訴えているようだ。


「透くんに改造してもらったヘッドギアを使ってるの。五感の情報量が凄く多くて、ゲームとかリアルになるんだけど。」


「それで読み込みが多すぎて気絶か。」


「僕も同じ改造品を使ってる。先生、後でオプションメニューの設定変えてみて。これに書いてある。」


「ありがと。」


 その後は、結局店を出るまで三人共無言だった。日はまだ高かったが、テスは買い物も街の案内も別の日にして家に帰りたいと思った。店の前でノーザと別れたが声もかけなかった。


「もう殺さない。」


 歩き始めてから、背後でノーザの声がしてテスは振り向いた。ノーザは歩き続けていた。テスの知人で彼に殺された《プレイヤー》はステラだけではないが、テスは前より彼を憎めなくなりそうになった。


 帰りの道のり、イオンは話しかけても上の空で何かを考え込んでいた。テスも話すのをやめて物思いに耽った。


 この世界で一番狂ってるのは『死』だ。この世界に閉じ込められて死の概念は狂ってしまった。この世界は作り物、世界の中の俺達は世界の外からの借り物だ。だから必ず外と中は接続されている。中の世界で死ぬとき、『死』は外に伝えられるのか、接続が突然途切れるのか?死後のプロセスは必ず存在する。死んでエフェクトを撒き散らしながら体が消えて、見えない部分ではエフェクトと同じようにプログラムされている『何か』が始まる。

 『何か』は予想可能などれかだ。この世界で『死んだ』後で接続が終了してログアウトするのか、コンテニューが選べるのか、ニューゲームしか無いのか。ステラはニューゲームを選んで帰って来た。(強制かもしれないが。) 帰って来なかった者達はどうなったのか。『死んだ者がどうなったか?』なんて考える事がおかしい。外の世界なら死んだ後にはきっと何も無い。

 全部が中の世界にある《NPC》達は死んだらどうなるのか?死ぬって事は《NPC》達も生きてるって事になる。アレスはもしもシェリルが死んだら泣くだろうけど、シェリルはアレスが死んだら泣いたりするのかな。けどアレスも俺もシェリルを友達みたいに思ってる。これは『生き物』扱いしてるって事なのか。


「テス。」


 イオンが立ち止まって遅れた。


「『暗殺依頼』なんて掲示板には貼ってなかったよね?」


「そりゃ『暗殺』だし。こっそり依頼するだろ。」


 テスも立ち止まって振り返った。


「きっと秘密で、引き受けた人にしか話さない?」


「そりゃそうだ。」


「スラムの鍛冶屋《NPC》の『暗殺』が失敗して、鍛冶屋は生きてる。透くんは鍛冶屋が狙われた事もさっき知ったみたいだけど。」


「なんの話?」


「『暗殺』が成功したら『暗殺』だってわかる。でも失敗した『暗殺』の事を知ってるってことはテスが『暗殺者』だよね? 噂でも流れてたら透くんだって知ってるはず。」


 テスは自分の失敗を教えられて絶句した。イオンは続けた。


「透くんは今、私のことで頭がいっぱいみたい、だけどすぐ私と同じことに気が付く。アレスさんはきっと『暗殺』なんて思いつきもしないわね。依頼主はシェリルさん?」


「あ、依頼主って秘密かな?」


 そう云いながらイオンは歩きだした。


「気をつけて、テス。透くんが『もう殺さない』のは私だけだと思う。」

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