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ルニタニアオンライン イオン編  作者: るるゐゑ
グリーゼの街
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――暗転


 改造してリミッタを解除したヘッドギアと、初めて走らせるソフトウェアの相性が悪かったのかも知れない。スムーズに移行するはずの五感の切り替えは、情報量の多いデータが後回しにされたのか、しばらく暗いモニタの中で下から上へ流れ続ける警告のメッセージ以外に、見ることも感じることも出来ない時間が続いた。 


 ソファーに身体を預けている『現実』が足に体重を感じる『仮想』に置き換わる直前の、ほんの一瞬のタイムラグ。不意に重力の方向が消えて、自分の姿勢がわからなくなるときの、驚きと恐怖。

 その一瞬の驚きにタイミングを合わせたように、暗いモニターを見つめる『現実』が、眼を閉じている『仮想』に置き換わって私を戸惑わせ、ますます混乱させた。


 眼を閉じている『現在』と、開けていた『過去』とどちらでもない一瞬。記憶と感覚の不自然な連結のあいだに挟み込まれ、紛れ込んだ一瞬は、まるで底深い谷間か、くっきりと引かれた境界線のような、なんともいえないその存在感。心のなかにわだかまってあとに残る、感じたことのない不思議な印象を残した。


 いつの間にか視界の端で流れ続けるメッセージが止まって、『感覚の置換が最大深度に達しました』と『情報の転送量が上限に達しました』それに、他の二つより大きなフォントで表示された『ルニタニアオンラインにようこそ』の三つを表示して停止したのに気が付く。――私はそこで、閉じた覚えのない眼を開けた。


 眼を開くと、濃い霧のようなあやふやな境界線で、白一色と薄い影で描かれた自分の手と身体にすこし戸惑う。これがこの仮想空間での初期設定のキャラクターなんだろう。ログインするまで座っていたソファーのある自室と五感と時間も空間も切り離されて、私は知らない部屋にいた。壁も、床も質感を感じさせないプラスチックか金属のようで、鈍くツヤがある。視界の端のウィンドウに『ログイン直後の負荷軽減のため、情報転送量が制限されています。あと52秒』と表示されている。


 目の前にワイヤーフレームの人体が現れた。あっというまに面を持ち細分化され、色彩と陰影がつく。女性だ。身体の線とヘアスタイルに一瞬遅れ、衣服が表示されはじめる。――私が描画されるときも同じようになるのかな。スーツ姿が完成する前に、なんだかいろいろと見えてしまったけど。


 彼女は描画されながら丁寧なお辞儀をする。


「ようこそルニタニアへ。この度はルニタニアオンラインのベータテストに御参加いただきありがとうございます。」


――《ルニタニアオンライン》仮想現実の技術が一般娯楽向けに用いられるようになって数年、本格的なVRMMOとしてはいくつ目か。同じ会社の運営する他のVRMMOのプレイヤーから選ばれた三〇〇〇人が、今回のテストに参加出来ることになったのだ。


「私はキャラクター制作と基本操作のチュートリアルの御説明をさせていただきますガイドAI 。ノースと申します。よろしくお願い致します。」


 はい、よろしくお願い――声が出ない?


「音声の作成が終了するまでご自分の声は聞こえません。私の方には伝わっておりますのでご安心ください。それからキャラクターの体型が確定するまで動作に軽く違和感があると思われますが、申し訳ありませんが少しの間だけ我慢をお願いします。」


 はーい、わかりました。ヨロシクお願いします。


 自分の声が聞こえないというのは不思議な気分だ。ちゃんと喋れているか不安で棒読みみたいになるのがわかる。聞こえないけど。

 微笑んで首を傾げた女性をあらためて見つめなおして、今までに他の仮想空間で見た事がある、微笑むマネキンのようなAI達と目の前の女性、ノースさんとの違いに内心驚いた。AIと名乗っていたけど『中の人』とかいたりして?私は人にするように、自然に返事を返して挨拶までした。


 彼女に答えて返事をしたときに、初めて自分の仮初めの身体を動かせる事に気が付いた。気が付いて動かしたのか、動いたから気が付いたのかはわからない。私は軽く驚きながら、自然に言葉を口にしていた。高次機能AIと疑似人格とかナントカの、最先端技術で構築された完璧な所作と笑顔につられて。一瞬、知らない相手が作った一方的な会話のペースにすこし戸惑いながら、それとは別に――なんだろう?この感じ。漠然とした不自由さ、不安?心のどこかで目の前の女性に違和感を感じていた。


 毛先が内側に軽く流れる少し長めのショートカット、大きめの眼。すこし短めのスカートと長い脚。それに上着のボタンを内側から引っ張る膨らみ。身体を動かすと若干大袈裟に揺れる。ノースさんは手に持った薄いファイルを開いて説明を始める。

 薬物やアルコールを摂取している場合は仮想空間及びヘッドギア、その他周辺機器の使用が法律で禁じられている。脳波や脈拍等に異常値が検出された場合には接続が強制終了されることがある。――などなど基本事項や規約の説明をひととおり終え、ノースさんはファイルを閉じた。


「それではあなたのキャラクターの制作を始めさせていただきますね。」


 VRMMO《ルニタニアオンライン》の情報は、ゲーム誌やネット上の記事でほとんど見かける事がなく、ベータテストが始まる今日まで情報らしい情報を見ることが出来なかった。ネット上には開発中止や延期の噂が飛び交っていて、テスト開始のメールが届いたときはすこしびっくりした。というか正直忘れてた。スキル制のMMOで、スキルの種類が一〇〇〇以上あるらしいとか、選べる種族数もやたら多いとか、知っているのはそのくらいの事しかない。

 『廃人プレイ』で先行ダッシュとか、頑張るつもりもない。――とりあえず一人キャラクターを作って、いろいろ試してみよう――暇潰しの無料ゲームで、次のゲームが出るまでのツナギでしかない。そのときは、ただそう思っていただけだった。

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