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ダブルフェイス  作者: ジジ
7/12

主役を欠いた晩餐会

 〇四月十日深夜〇


 藤堂元老は一人自室の書斎に座り、黒のノートパソコンの広げ、視線を画面から外した状態で話し掛けていた。

「十賢帝就任おめでとう、まあ君に対してこの言葉は何の意味も持たないだろうが一応言っておこう」

 藤堂元老の表情には僅かな笑みが浮かんでいた、歪んだ、何かを企むような意味合いを連想させるような微笑だ。

「貴方に祝辞を述べさせる。それだけでも私は満足ですよ」

 彼の言葉に応えたのは液晶モニターに映し出された人影だ、人影は嫌味の無い爽やかな声をスピーカー越しから発していた。

「それと、君の要望通りことは運んでおいた。これでしっかりと君の役目を果たせるだろう?」

「無論です。貴方には酷なことかも知れませんがこれも神の意思、計画を進める上であらゆる不穏分子は消しておく必要がある」

 藤堂元老はスピーカーからの声を聞いて鼻先で一度笑う。

「今更だな、安心したまえ。世界のシステムを、神の存在を知った時、私はそのような人間らしさはとうに捨て去った。それは契約の代償を払ったことでみなに示せていたと思っていたが、違ったかな?」

「いや、貴方の正義は神も十分に納得させてくれましたはずでしょう」

「ふふふ、それを聞けて私も安心したよ」

 藤堂元老は不敵に笑い声を上げ、満足げに表情をさらに緩める、が直ぐにもとの表情に戻す。

「しかし、君の部下は少々情けないのではないかね。二度も失態を演じ、不覚にも能力を露見させ、姿まで目撃されてしまうとは。おまけに目撃者の排除もまだ終わっていない」

 画面の影も苦笑いを浮かべ、彼の嫌味に応える。

「ご安心を、役目は必ず成し遂げますよ。それに報告によれば、その目撃者は過去の遺物である可能性があるそうじゃないですか」

 藤堂元老は眉間を寄せ目線だけを液晶モニターに向ける。

「もし、そうだった場合なら私の部下についでに排除させましょう。あれもまた能力は未知数、彼らを殺す力を持っている可能性がある不穏分子には変わりない。まぁ、所詮パイオニアの粋に留まる存在であることには変わりない。私の部下はそれに勝つだけの訓練は十分に積んでいますよ」

 スピーカーからの音声は変わらぬ調子で話し続けた。

「なるほどそれなら私もこれ以上は口出しすまい。それにもしあの少年があれだった場合はかえって好都合だ。二人を排除すれば残りはあの忌々しいマクベだけ、我々の計画も直に最終段階に到達できるわけだ」

 藤堂元老は満ち足りた表情を作り、瞳を閉じて終焉に向かいつつある自らの計画が実現したときの未来を思い描く。

「だが、まだ我々の役目は残っています。それを全て完遂するまで貴方も気を抜かないように」

「君に言われずともわかっているよ、マクシミリアム・シュヴァイン」

 スクリーンに映しだされていたマクシミリアム・シュヴァインのシルエットに藤堂元老が返答すると画面は閉じ、パソコンの液晶モニターは立ち上げた直後に表示されるユニオンとロゴの入った壁紙が貼り付けられたデスクトップに切り替わっていた。


 ◆四月十一日午前零時◆


 深夜の静まり返ったビジネス街、何処のビルも殆どの照明は落とされ暗く、人気も少ない。 そんなビジネス街の外れに佇む一際存在感を主張する大規模な高級ホテル。クラウンリッツホテル、そこは普段からVIPも頻繁に利用する知名度も由緒もある有名なホテルである。

 マクベはその地下駐車場をカツカツとブーツで地面を叩き、音を響かせながら歩いていた。

 「こんな時間にこんな所に侵入する意味は?」

 周りには誰もいない、薄暗いコンクリートの敷きの空間は所々に点在する蛍光灯の僅かな白い光で辺りを照らすのみ。

 その微かな光は横一線に所狭しと並列している車のフロント硝子を鏡のように虚像を映し出す。口を動かすのはそこに映し出されたマクベの虚像だった。

「簡単な話だ。明日、新たな十賢帝就任の式典がここで行われる。私も就任のお祝いにちょっとしたデモンストレーションをプレゼントしようと思ってね。ついでに可能であればテスタメンツを始末する」

 ホテルの警備は普段ホテルに勤務する係員以外にも数多くの黒服にサングラスやユニオン・ジャッジの制服姿の人影が見受けられる。

 しかし、マクベにとってはいくら警備を強化し人員を増強したところでなんら障害にはなりえない。例え、戦闘能力に秀でたパイオニアが数百、数千配置されていても同じことだ。

 現に彼がこの駐車場に潜入するにあたって十数人の人間と接触していたが、今頃彼らはマクベと遭遇したことも綺麗に忘れて普段同様勤務に従順していることだろう。

 マクベは駐車場からホテル内に続くエレベーターを視認するとエレベーターを呼び出し、ホテル内へと入って行く。


 ◆四月十二日午後六時過ぎ◆


 エントランスロビーに隣接する、広大で艶やかに装飾されたホールに煌びやかなドレス姿の淑女やシックにタキシードを着こなす紳士達がグラスを片手に談話している。ホールの中央に設けられている特設ステージにはマイクスタンドにセットされたマイクロフォンが音を拾うことなく立っているだけで、会場の誰もが主役の登場を待ち望んでいた。

 会場の中央ステージからやや右奥には藤堂元老の姿も見受けられる。彼は微笑みを絶やすことなく次から次に挨拶と握手を求められ、その対応をそつなくこなしていた。しかし、十賢帝でこの場にいるのは彼一人だ。

 ステージの左側にマイクを握り、笑顔を振り撒く男が現れると周囲に飛び交っていた話し声は治まり、微かに大衆のざわめきが響くだけとなった。

「みなまさ、本日は休日の開催にも関わらず御来場頂き誠にありがとうございます。先日のクリアボックス襲撃事件では尊い偉人を世界は失いました。が、しかし、今日、この場所で、新たな偉人が誕生するのです」

 マイクを手にした司会者らしき人物は常套句、過剰表現を駆使し会場を暖める、会場にいる人々も拍手で司会の挨拶に応える。

「それではまず本日の就任記念式典の主催者であられる藤堂元老氏よりご挨拶を頂きたいと思います。藤堂元老氏どうぞステージ中央にお上がりください」

 司会者に促され藤堂元老はゆったりとした足取りでステージ中央のマイクの前に出る。

「本日はお忙しい中、私の同士たるマクシミリアム・シュヴァイン氏のために御足路頂き、誠にありがとう御座います。みな様方もご存知の通り、彼はユニオン・ホールディングズ代表職就任以前ユニオン・プライスでその手腕を存分に振るい、経済の安定、都市機構の充実、パイオニアの研究にも多大な貢献をもたらしてくれた。私は思う、彼ならば今後この世界大きく成長させてくれると、我らの都市に大いなる発展をもたらしてくれると。主役である当人は残念ながらダイアの乱れで到着が二時間ほど遅れてしまい、まだ、当分到着しない。それまでみなさまには私からの各種プログラムの余興と談笑でくつろいでもらいたいと思う」

 藤堂元老は短めの挨拶を終えるとステージ上で一礼し、壇上を後にする。彼がステージから降りた瞬間に周りの観衆は一斉に拍手を喝采させ、彼に対して賛辞を浴びせる。

「それは実に残念だよ」

 ――ガッシュン

 突如ホール内にスピーカー越しの音声が響き渡り、各扉に鋼鉄製の分厚い壁が下りる。火災、テロ対策用の特殊防火壁である。

「この場に主役であるはずの新たな管理者も処分しておきたかったのだが、致し方あるまい。貴方がたには私からの余興をプレゼントしよう」

 声の主はここにいる全ての人間にとって共通の敵、共通の脅威であるマクベのものであった。マクベが挨拶を終えるとホテル全体の全ての照明は落とされた。

 ここに居る誰もが彼の声を忘れてはいなかった。あれほどセンセーショナルな事件から未だ一週間しか経過していなければ当然である。

 藤堂元老は眉をしか顰める。警備の強化は充分に行い、パイオニアもその人員の中には多数含んでいる。それがやすやすと突破されてしまったことに対して苛立ちを隠せない。

 そして、彼は溜息を一つ吐く、無能な警備の者、ユニオン・ジャッジの者に対して。

「マクシミリアム・シュヴァインはまた随分と運の良い男だ。この面倒な事態を高みから優雅に見物できるのだからな」

 藤堂元老は本来この場所に居るはずの男への嫌みを一つ漏らすと気持ちを切り替える。彼がまず考えるべきことは一つ、どのように自分が安全にこの場所から避難するかだ、自分以外の人間はどうなろうと彼には興味がない。

 藤堂元老には果たすべき役割がある、無論彼はこんな所で死ぬ訳にはいかないし、死の危機感をみじん微塵も感じていない。彼にとって無能なノーマンやパイオニアがいくら絶命するとしても己の命とでは比較にはならない、自ら助ける価値もない、ただそう思っていた。

「どうやら、ホテルの制御システムがジャックされたみたいだ、君は既に二度失敗している。ここで私を助けて、今いない主の顔をたてたまえ」

 彼はそう何も見えない暗闇に向けて呟いた。

「はい」

 藤堂元老の呟きに応えたのは、彼の背後に広がる光の届かない闇の中からだ、そこには不穏な気配が僅かに感じられた。

 背後の気配は短く一度だけ返事をするとそのまま気配を消し闇の中に溶けて行った。

 藤堂元老は推察する、マクベの次の一手を。恐らくマクベはホテルに単独で潜入していることは容易に想像できた、単身での侵入でなければいくら無能な警備隊でもその動きの兆候は察知できただろう。ならばスピーカー越しに流された彼の挨拶も恐らく声を録音して時間が来ればスピーカーに流れるように細工したもの、その後にホテル全体の機能をダウンさせたと結論付ける。

 大規模なホテルジャックでないならばこのホールから脱出さへしてしまえばなんらは問題ない、藤堂元老がそこまで考えた瞬間、不意に床が微弱に震動し始めた。

 藤堂元老は思考を停止させた。震動は零コンマ一秒毎に次第に大きなものになって行く、会場に居合わせる他の人々もざわめく、震動を感知し始めてから僅か十秒が経過したころ。

 ――バキーン

 ホールの床は大きな轟音と共に落下。

 フリーフォールに乗った時に感じるような一瞬の浮遊感を受け、その後に訪れるのは重力に引かれて体が地面に落ちて行く落下の恐怖。コンクリートの床は崩れることなく一枚の板状のまま先に落ち、地面を叩き着ける音を反響させ瓦礫となる。

 そして、その後に人の体は地に落ちて来る。骨を折った者、全身を強打した者、大した怪我は負わなかったが気絶している者と各者多様に負傷する会場内の客人達、その殆どは落下の衝撃とショックで意識を失っている。

 だが、その中で無論藤堂元老は無傷であった。彼は落下に際し地面と最初に接触する右腕を伸ばし、右腕と地面が触れ合った瞬間に天使としての力を使う。

 地下駐車場の床は規則正しい円柱の空洞を彼の落下する地点にだけ一瞬で穿ち、中の硬質なコンクリートを軟質なゼリー状の物体に変化させる。ゼリーとなった柔らかな地面は藤堂元老に与えるはずだった衝撃を吸収し緩和する。

 藤堂元老は着地の後に素早く立ち上がり穴から出ると足元の空洞とゼリー状の物体を元の硬質なコンクリートに戻す。

「なるほどそれが貴方の力ですか」

 明かりの殆どない暗い空間で声がこだました。非常口の上部にあるEXITの文字から漏れる僅かな光で照らされる硬質なメタリックのボディ、そこには車が並んでいた。藤堂元老はここがホール真下にある地下駐車場であることを理解する。

 声の主は僅かな灯に照らされその姿は朧気だが誰であるかははっきり判る程度に照らし出されている。黒いロングコートにフードを深々と被り素顔を隠し、両腰の剣帯に吊させる二振りの刀。そこに佇むのは忘れたくとも忘れられない忌々しい存在、マクベであった。

「コンクリートを変質させる、それは一体何の能力でしょう。前に私の刀を半分消すこともできた訳ですし、その関連性を鑑みて………」

 マクベは一人自らの推測を呟く。だがそれは藤堂元老も同じであり、彼は今眼前にいる敵の能力が何なのか頭をフル回転させて導き出そうとしている。

「それは君も同じではないかね。ホテルの管理システムをジャックして床をまるまるホテルから切り取るとは一体どんな力を使った?」

 マクベは口元緩め笑う。

「これは私の能力の片鱗でしかありませんよ。貴方も、貴方の背後にいるパイオニアもその気になればこれくらいのことは容易にできるのでは?」

 マクベが言葉を吐いた瞬間、藤堂元老の背後から僅かに光を反射させ煌めくメスが飛翔する。メスはマクベを正確に捉えて飛来する。しかし、マクベに命中する前にメスは軌道を逸らされて背後のコンクリートの柱にめり込む。

「ここは私が、藤堂様はお逃げ下さい」

 藤堂元老の背後から現れたのはマクベ同様全身に黒い衣装を纏った人物、唯一の違いは頭に赤い帯状の布で顔全体が覆われているくらいだろうか。

 マクベ鼻先で笑い呟く。

「笑わせてくれますね。貴方程度の雑魚で私を阻めると?」

 マクベは一歩ずつ歩を進め藤堂元老に歩み寄る。コツ、コツと暗い駐車場に彼のブーツが地面を打つ音が響く。

 しかし、藤堂元老はマクベに背中を向け、背後の黒装束の肩に手で軽くポンと叩くとそのまま駐車場出口に向かって歩き出す。

 マクベは行かせまいと駆け寄ろうとするが黒装束はマクベと藤堂元老の間に割って入り、マクベの前に立ちはだかる。

 黒装束は両手の五指に挟み込んでいる計八本のメスをマクベに向けるとメスは指から射出される。その仕組みはマクベには明確に解った。レールガンと同じ仕組みで指の奥から指先に電磁力の磁界を高速で移動させ、その勢いで射出している。電磁力の供給源は電気、それはすなわち黒装束の能力は電気操作であることがマクベには直ぐに理解できた。

 仕組みを理解しているマクベにはその軌道を読むことも、かわすことも、防ぐこともたやすい。彼はその場を動かず静止していた。メスの軌道は再び八本とも彼を避けるように逸らせる。

 マクベは溜息を吐く。彼としてはこんな所で時間を浪費したくはなかった。故に彼は早急に終わらすことにする。

 ――カチ

 マクベは左側に吊した愛刀の鍔を親指で弾き、居合を放つ。

 黒装束はマクベが刀の柄に手を掛けた時から当然の対処として藤堂春香を襲った時に学生の斬撃を防いだ時と同様に電磁力による防壁を張り巡らせる。

 ――プシュ

 しかし、黒装束の左肘から下は弾け飛ぶ。鮮やか紅色を灰色のコンクリートに染み込ませながら血飛沫を噴く。

 鋭利に切断された肘の傷口からは少し間を置いてから急激に激痛が走った。

 黒装束は自身に起きたことが信じられなかった。何故自分の腕が斬られてしまったのか、何故防壁を金属であり、磁力に反応する刀が通過できたのか理解できなかった。考えが甘かったのだろうか、似たようにこちらの攻撃を弾いたマクベは既に自分の能力を知っている。

 もしこちらの能力の知識を備えているならば当然能力の弱点も、相殺するあらゆる方法も心得ている。しかし、数々の戦場を経験している黒装束自身もその可能性は十分に心得ていたつもりだった。

 黒装束は慢心していたのかもしれない、パイオニアの中でもかなり強力な力を授かり、その能力を何通りにも応用することでこれまでの敵や標的に対してなんら苦労することはなかった。

藤堂春香の最初の接触も黒装束は半分遊びのつもりでのその目的は標的の情報収集でしかなかった。故に目の前に佇む、マクベに対してもまずは相手の情報を引き出すことを考えていた、だからこそ自分すらも知らない方法でまさか自身の障壁をまるで何事もないように貫通したことが事実だと受け入れることができない。

 黒装束はまさかの事態に焦る。明らかにマクベの力量を測り損ねた。その結果が左腕の欠如を招いた。黒装束は悟る、出し惜しみは死を招くと。

 ――パチン

 黒装束は未だ健在の右手の指を弾いて音を鳴らす、すると背後に転がっていた式典の来場者数名が起き上がった。

 マクベは彼らに視線を移し、目を凝らす。頭頂部には僅かな光を反射する、無機質な銀色の小さな柄が見受けられる。恐らく、目の前の黒装束が武器として用いているメスだとすぐに判った。

 彼は視線を右から左に流し、辺りを確認する。頭にメスを突き立てらた状態で立ち上がった人影は合計八人、瞳に生気はなく瞳孔が開いている。彼らはもはや人ではない。心臓は現在も稼動している、が脳は既に機能を停止していることは遠目からでも簡単に推測できた。

 恐らく、落下の後に意識を保っていた人々が黒装束を目撃したために排除されたのだろう。

 マクベは同情する、可哀相にと。

 彼はホール床の崩落の際、意識を失う、または多少の負傷を伴っても命に別状はない程度で済むように計算していた。故に落下した来場者の殆どは恐怖と衝撃で意識を失っているだけで深刻な重傷を負った者はあまりいなかった。それが彼の流儀だった。

 しかし、不運にも意識を失わなかった八人は黒装束によって命を絶たれた。

 マクベは嘆く、憐れだと。

 その八人はメスに帯電している電気で黒装束に動かされていることは容易に想像できた。

 人間の各種器官、筋肉、思考は全て微弱な電気信号を媒介に行われる。故に頭頂部から電気を微弱に流し、人を操ることも電気を自在に操作することのできるパイオニアには不可能ではない。

 つまり、その八人はもはやただ忠実に黒装束のメスから送られて来る電気信号に従うマリオネットでしかない。

 八人の骸は黒装束の定めた命令に従い、ゆったりとマクベに近付く、そしてぎこちない動作でマクベに襲い掛かる。

 ――カチ

 マクベは二本の刀の鍔をそれぞれ弾き、腕を交差させ素早く抜く。

 抜き身の刃は容赦なく一人、また一人と襲い来る木偶人形の首を跳ね飛ばす。

 彼には同情も嘆きもあった、しかし、彼はなんの躊躇もない。ただ単純作業をこなすように五人目、六人目、七人目の首と胴を切り離す。最後の一人もあっさりと処分すると彼は再び視線を左右に流し、周囲を確認する。駐車場内に黒装束の姿は既に消えていた。

 彼が視認できたのは自らが切り飛ばした赤く血まみれの黒装束の左手がコンクリートの床に血溜まりを作りそこに浸る醜い光景だけだった。


 まだ賑わいを見せるビジネス街を走る、黒塗りの高級車には藤堂元老が乗車していた。不意に彼の胸元で小刻みに振動が起きる。携帯電話のバイブレーションは彼に着信を知らせた。

 藤堂元老はタキシードの内ポケットから電話を無造作に取り出し、二つ折りになっている携帯を開き耳元に当てる。

「この電話に出る、と言うことは、貴方は無事のようですね」

 受話器の向こう側から聞こえてくる声の主は台無しになった式典の主役であるマクシミリアム・シュヴァインだった。

「あの程度のことで、私が死ぬとでも」

 藤堂元老は不満げにマクシミリアム・シュヴァインに応える。

「まさか、ただまさかあの場所で襲撃を仕掛けてくるとはマクベも大胆な方だと思いましてね。彼の能力については何か分かりましたか?」

 電話越しから投げ掛けられる質問、藤堂元老はしばし、黙止し、考えをまとめる。

「なんとも言えん。君の部下と似通った能力を持っていることは推測できるが、それだけでは説明できないこともやってのけたのでね。恐らくマクベはパイオニアとしての能力とけいやくしゃ天使としての能力を持っている」

「二つ持っているというわけですか。具体的にはどの様なことをしたのですか?」

 マクシミリアム・シュヴァインは再び問う。

「ホテルの床を切り取ったのだよ。厚さ一メートル以上もあるコンクリートの床をまるごと綺麗にね。その仕掛けが未だに理解できんよ。まあ、私の力なら同じことをするのは容易だが」

「なるほど、それは興味深い。もしかすればそちらがメギドの力と関係している可能性は大きいですね」

 藤堂元老はマクシミリアム・シュヴァインに同意する。そして、話を切り替えた。

「ところで、君の部下は無事だったのかね?私を逃がすためにマクベとやりあったみたいだったが?」

「ええ、腕を片方失いましたが、相手が天使なら生き残っただけでも十分でしょう。まだ彼女には役目が残っていますからね」

 電話の向こうでマクシミリアム・シュヴァインは微かに笑いその声がスピーカー越しに藤堂元老の耳に届く。さまざまな思惑が交差し、混ざり合う中、車は走り続ける。

 そして、夜はより深く、より暗い闇へと色濃く染まっていく。それは企業とマクベとの抗争がより深みに沈み抜け出すことができないさまを表すように。


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