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ダブルフェイス  作者: ジジ
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狂いだす歯車

 〇四月四日午後九時頃〇


 摩天楼の空には星がちらほら見え、空には薄い雲が所々目に止まる。窓の外から覗く町並みは暗い闇夜を色鮮やかなネオンが煌びやかに輝き、人や車の喧騒と溶け合って神秘的な光景を映し出している。

「さて、明日にはみな自分の都市に帰還されるでしょうから、イビル・ジョーの穴を埋める後任の者を今この場で決定したい」

 暗い部屋の中央には十人掛けの円卓が設置され、そこに九人の管理者が腰掛けている。発言したのは窓に背を向け座るブロンド髪に丸いロイド眼鏡を掛け、眼鏡越しからでもわかる薄緑の眼光は鋭い四十代後半の男。彼は足を組み右肘を机に突き、握り拳の上に顎を乗せていた。彼は言葉を続ける。

「我々、管理者は世界各地の十箇所の巨大都市を統治している株主であり同時にユニオン・ホールディングズの代表である。空席を出すわけにはいかない。イビル・ジョーが統治していたのはパリを中心とするヨーロッパ都市。私は彼の所持していたヨーロッパ都市各企業の株式の八十パーセントを今回の議会で殉職した彼の責任から没収し、後任の者に与えることを提案しますがどうでしょう?」

「しかし、ロイ・フロイス。それで遺族の者が納得するのか?」

 提案したロイ・フロイスの隣に座っていた口元に黒い武将髭を蓄えたアジア系の顔をした日焼けの目立つ五十代半ばの男は反論を口にした。

「そんな極めて少数のために感情論を踏まえる必要はないでしょう。我々は三十億以上の人間のために社会を円滑に循環させる義務がある。三十億と百にも満たない遺族とその関係者では天秤に掛けるまでもない。それに我らの力を持ってすれば法も捻じ曲げることもも偽りの責任を負わせることも容易いでしょう」

 ロイ・フロイスは極めて業務的に応え、続けて愚痴を漏らす。

「全くもって、イビル・ジョーには呆れるばかりですよ。十賢帝でありながら、あんなあっさり殺されてしまうのですから、何のためにパイオニアとしての能力を持っているのか理解に苦しみますね。我々が三年の時間を費やした研究の成果だと言うのに」

「その辺にしておけ、ロイ・フロイス。確かにイビル・ジョーの失態は目に余るが死者を冒涜した所で何の意味もあるまい」

 ロイ・フロイスの真正面に座り、机に両肘を付いて手を組んでいる男、藤堂元老が不意にロイ・フロイスの言葉を窘める。

「後任の選定と株式の処理はロイ・フロイスの案で問題あるまい。重要なのはイビル・ジョーの後釜を誰にするかだ」

 藤堂元老の発言に残りの八人は僅かに首を上下させ首肯し、黙り込んで考える。しばし静まる室内。

「イビル・ジョーのご子息にポストを引き継がせるのはどうでしょう? それならば膨大な株式の処理においても我々の介入は生まれず自然です」

 静寂を破って話し出したのは先程ロイ・フロイスに反論したアジア系の男だった。だが、他の者は彼の案には眉間の皺を寄せ渋い顔をする。

「王・李蒋、この場で冗談は感心しませんね。イビル・ジョーの子息はまだ学生、そんな知識も能力も未熟な小僧を管理者の座に据えるなど正気とは思えません」

 ロイ・フロイスは鼻で笑いながら王・李蒋に批判と挑発を浴びせた。

「なに、貴様私を愚弄するのか。貴様を消して、そのポストも空白にしてもいいんだぞ」

 王・李蒋は激昂し、ロイ・フロイスのネクタイを掴み掛かりながら睨み付ける。

「面白いですね。あなた如きがこの私を消せるか、はなはだ疑問ですが、お望みならばお相手して差し上げましょう」

 ロイ・フロイスは嫌らしく口元を歪め、王・李蒋に上目遣いで視線を合わせる。

「やめろ。今我々が敵対すべきは管理者同士ではなくマクベと都市外組織だ」

 罵り合うロイ・フロイスと王・李蒋に藤堂元老は怒鳴り声を上げ一喝する。二人は静かに各々の席に座り直し、周りの者に一礼し詫びた。再び室内は静まり返る。

 十秒程の静寂の後にロイ・フロイスが小さく挙手し発言する。

「私から候補を一人。マクシミリアム・シュヴァインは如何かと?」

「ふむ、悪くない人選だ。現プライスの代表であり、その手腕も他より秀でている。パイオニアとしての能力も申し分あるまい。私は賛成だ」

 ロイ・フロイスの意見に藤堂元老は即座に賛同の意を表明する。他の者もその意見に頷いた。

「では、彼には私から事の説明を行おう。会議はこれにて終了としたいが宜しいかな」

 藤堂元老が告げると残りの八名は首肯して彼に応える。

「ただ今日のようなことがまた何時起きるかわからない。これ以上の欠員は社会システムの崩壊を招きかねない、みな警戒を怠らないように」

 最後に藤堂元老が注意を呼びかけ会議は終了し、次々に会議室しか管理者達は退室する。藤堂元老は全員の退室を確認すると、ゆっくり席から立ち上がり窓際に歩み寄る。眼下には彼にとって見飽きたネオン街の夜景がいつもと何の変化もなく広がっている。

「ふむ、じきに計画も次の段階に移る。あの八人ももう直に用済みとなるか。ただ問題はマクベと名乗るあの男………君はどう思うかね我が同士よ」

 藤堂元老は夜闇で暗色の窓に微かに部屋の蛍光灯の光によって映し出された自分の虚像に話し掛ける。

「我に言えることは奴が我らと同じ天使であることしか判らん。恐らく力を与えた神はメギドだろう」

 誰もいないはずの室内に小さな声が響く、口を動かしているのは窓に映し出された藤堂元老の虚像だった。

「メギド? 聞かぬ名だな。何者だ?」

 藤堂元老は問う。

「我らの脅威となる存在。我が前に話した我々のシステムを愚かと評する神、我らの創造を司る力に対し、メギドは破滅と終焉を司っている。その能力は破壊と消滅を操ると言うことは解かっているが詳しい能力の詳細は不明だ」

 窓に映る藤堂元老は応えた。

「なるほど、我らにとっては脅威であるわけか。まぁ良い、じきに完全なる世界への段取りは整う。神の力を持つ天使である私の力を持ってすれば対処できない相手ではあるまい、それにいざとなれば投入できる戦力などいくらでもある。どうとでも対処できる」

 藤堂元老は小さく呟くと窓に背を向け、会議室の出口に歩き出す。瞳を軽く閉じ、一刺し指と親指で顎を摩りながら会議室を後にする。


 ◆同日深夜◆


 マクベは自室にいた。ベッドの上に座り背中を壁にもたれさせて、瞼を閉じている。壁の脇には二振りの刀が鞘に納められて立てかけられている。その更に奥にはもう一本刀身が半分なくなってしまった刀が無造作に放置されている。

「テスタメンツを見つけたか。三ヶ月で見つけたならば上出来だな」

 不意に室内に低い渋みのある声が反響する。三ヶ月前にマクベから名前を奪い、力を与えた神の声だった。

「あれはたまたまだよ、世界破壊の足掛けに管理者の抹殺を実行した。そこに都合良くテスタメンツがいた、それだけだよ」

 マクベはメギドに素っ気なく返答した。

「十賢帝の内、誰かがテスタメンツと少なからず関わりがあることは予想していたのだろう。そう謙遜する必要はあるまい」

 メギドはマクベの頭の中を読み取ったように口にする。

「力の過信は己の成長の妨げになる。私にはやるべきことがある、こんなところで満足感に浸るわけにはいかない」

「なるほど、確かに人間は直ぐに下らん慢心に浸り、持っている可能性を無駄にする」

 マクベはメギドの言葉に首を縦に二回振り同意し、口を開く。

「あるいは、挫折して諦め、挑戦することをやめるというパターンもあるがな」

「そうだな、だが我はそんな人間たちの中でも主は評価しておるよ。多くの人間は野心、願望、夢を抱くが、その実現のために行動を起こす者は実に少ない。だが主は違った、ただ力を手にするだけでなく貪欲に理想を追い求め、その実行にも着手した。恐らく主ぐらいだろう、三ヶ月という短期間で我が力を使いこなし、我と対話することができるようになる人間は。何が主にそこまでさせるのか興味があるがな」

 メギドのマクベへの評価は彼に満足を与えるには至らないが疲れ切ったマクベの表情を少しだけ和らげる。

「白々しい。貴様はあの時私の感情を覗いたのだろう。それだけ知れば十分だ、貴様に私の過去を明かす気はない」

 表情は緩めてもマクベは自己の過去については黙秘する。彼にとって過去はそれ程神聖な領域であり同時に忌まわしいものだった。今の彼にとってはその領域に入り込むことは何者にも許すことができない。

「まあ良い、今日の主を見てわかったこともある。今はそれだけで我慢しよう」

 メギドは笑みを含むような声音で呟く。マクベは閉じていた瞼を開きメギドの発言に反応する。

「わかったこと?言うじゃないか、人間をゴミとしてしか見ていない神が私の何を知ったというのだ」

 マクベの語気には極僅かだが苛立ちの感情が含まれていた。彼は人と人は多少お互いを分かり合うことはできても、完全にお互いを理解し合えることは決して在り得ないと考えている。

 それは生まれた環境、育った環境、文化、主義主張によって齟齬が生まれ、その違いこそがお互いの理解の妨げになるという必然の理。それが神と人間ならば余計に理解を深めることなど不可能である。

 だからこそは、彼は表面上の薄い理解で自分が悟られたような発言に対して虫唾が走るのだ。

「単純なことだ、主が過去に人を殺めたことがある。それだけは人間、いや主の理解の薄い我にもわかった」

 メギドの言ったことは事実だった。故にマクベの心は極僅かだが揺さぶられ、彼自身も心を乱されたことに気付く。マクベは一呼吸置き、内心の乱れを鎮め、メギドに問う。

「何を根拠に言っている?」

「我は今までに多くの人間を観察している。人間が始めて人間を殺せば普通は乱心し、嘔吐する。前もって耐性を持たせる教育や訓練を受けているか、精神が錯乱していれば例外的にそういった症状が出ない場合もあるが主はそのどちらも当て嵌まるまい。ならば理由は一つ、殺しを既に経験し慣れているからだろう」

 マクベはメギドのつたない人の真似事のような精神鑑定にほんの少し感心した。

「貴様が人間染みたことを言うのは気色悪いが、的は射ている」

 マクベの返答にメギドは誇らしげに小さく鼻を鳴らす、こういった点だけはこの銀獅子は妙に人間臭いとマクベは思う。

「しかし、主の議場でのメディアを通しての演説は傑作だった。まさか、主に世界中の人間を救う願望があったとは、我にとっては意外だったよ」

 メギドは突然話題を変更し、愉快そうに呟く。

「まさか、私が他人の為に行動するわけがあるまい。私が望むのは己が正義の実現だけだ、それが例え他者に意志の押し付けだろうと構うものか」

 メギドはマクベの応えに疑問を持った。

「では、何故わざわざ能力を使い、露見するリスクを背負ってまであのような演説を?」

「あの程度のお披露目では私にとってはなんらリスクにはならない。あの演説はプロパガンダだよ、今の社会に不満を持つ少数の都市民と、都市外に住む三十億の反企業主義者へのな」

 マクベは歪に微笑む。

「しかし、報道は都市内でしか行われまい。何より主の存在を宣伝することに何の意味がある?」

 メギドの疑問はまだ融解していない。

「簡単だ。都市外にはネットなどのツール、潜入しているテロリストを介して直ぐに情報は伝達する。人とは実に愚かな生き物でな、なにかすがるものを見つけると飛びつく習性があるのだよ。宗教がそのいい例だ。希望を見出し、企業に反意を持つ都市民と都市外市民は勝手に結託し聖戦という大義を掲げ、紛争をもたらしてくれる。そうなれば、テスタメンツと管理者共々排除する難易度はぐっと下がるわけだ」

 メギドはマクベの話を感心したように黙って聞き、今後の動向を尋ねる。

「では、今後の予定はどうするのだ。紛争が発生するまでじっと待つのか?」

「まさか、あの演説は紛争の種を蒔いたに過ぎない。人を動かすには先陣を切って実行することが大切だ。そのインパクトが強ければ強いほど愚者共の崇拝は強まる。そうなれば掌で転がすことは容易になる。とりあえず、藤堂元老には早々に舞台から退場してもらおう。奴の存在は今後、私の予定に大きな障害となる可能性が高い。貴様もテスタメンツには早く消えてもらいたいのだろう?」

「確かに、しかし相手は神の能力を持つ天使。そう簡単に処断できるとは思えん。勝算はあるのかね?」

 メギドの問いはもっともなものだった、相手は人智を遥かに超えた強大な力を持つ男。それを盤上から抹消することは容易でないことは明瞭である。

「機会は幾らでもある。せいぜい奴には踊ってもらおう、ククククク」

 マクベは不気味に笑う、彼の頭の中では藤堂元老がこっけい滑稽に踊り狂い、無様に息絶える光景が何度も連続再生されている。マクベにとってその映像は愉快以外の何者でもなかった。


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