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王太子に転生した元コミュ障喪男の俺は、今日も婚約者の悪役令嬢に逃げられる

作者: 海月あお
掲載日:2026/06/06

ノリと勢いとテンションだけで書き殴りました(笑)

おかしなところがあっても見過ごしていただけると有り難いです。

突然ですが、わたくし、クロード・フォン・エルフォードは、どうやら「前世の記憶」を持っている転生者のようです。


前世の名前は――まあ、どうでもいいな。重要なのは、俺がかつて日本という国に生きた、平凡な――かなり残念な部類の――男子高校生だったということだ。

趣味は漫画、アニメ、小説。少女漫画と乙女ゲームにも手を出して、幅広いオタクだったとも言える。


コミュ力は壊滅的。特に女子が怖い。理由は中学のとき隣のクラスのギャルグループに「キモい」と言われて以来、女子の高笑いがトラウマになったから。


そんな俺が、何故か王太子に転生していた。黒髪と王族の証である紫眼、鏡を見れば確かに整った顔立ちをしているらしい。前世の俺と比べると、まるで天と糞転がしくらいの差だ。

しかも――これが問題なのだが――この世界、俺が前世でプレイした乙女ゲーム「永遠に君を想う~エルフォードの誓い~」の舞台にそっくりなのだ。


そして、そこに出てくる攻略対象者の王太子が、俺なのだ。


マジでやめてくれ。こんなコミュ障男を王太子にしてどうする。つい記憶が戻る前までは、普通に王太子然としていられたが、思い出した今では、あのギャル達の高笑いが昨日のことのように思い出されて、さっきから動悸が止まらないじゃないか。


この記憶を思い出したのは、俺の婚約者であるディアナ・エヴァンス公爵令嬢と、何故かつまづいて頭を打ちつけ、お互いに昏倒した後だった。俺の方が先に目を覚ましたが、ディアナ嬢はまだ目を覚まさないというので、今からお見舞いの花を持って訪ねに行く所だった。


もちろん、婚約者のディアナ嬢は、乙女ゲームにおいて「悪役令嬢」だった。赤髪赤目の、少しキツイ顔つきの少女だ。

でも、確か記憶にあるディアナ嬢は、ゲームのような我儘娘でも高慢チキでもなかったな。普通にお淑やかで静かめな少女だったはず。それに、何故か俺は彼女の顔を見ても、怖いとは思わなかった。


一体、これから顔合わせする彼女は、どんな様子を見せるのだろうか。馬車に揺られながら、俺は冷や汗を流さざるを得なかった。




公爵家の廊下は、静かだった。


侍女に案内されながら、俺は手に持った花束をじっと見つめた。白と薄紫の小花が束ねられた、それなりに気の利いた品のはずだ。乳兄弟で同じく攻略対象者のルーカス・ハートが「婚約者へのお見舞いならこれくらいが妥当です」と選んでくれた。

俺には正直、花の善し悪しはよくわからない。


「ディアナ様のお部屋でございます」


侍女が扉の前で立ち止まり、軽くノックをした。中から「どうぞ」という声がする。落ち着いた、よく通る声だ。


侍女が扉を開ける。

俺が一歩踏み込もうとした、その瞬間だった。


「……やっぱり、断罪ルートなのかしら」


ぽつり、と。

独り言のような声が、部屋の中から聞こえた。

俺の足が止まった。


今……確かに、『断罪ルート』と言っていたよな?


そっと侍女の顔を見るが、何も聞こえなかったように微笑んで、一礼して去っていく。やめてくれ、俺を置いていくな。

仕方なく、俺はゆっくりと部屋に入った。

ベッドの上で上体を起こしたディアナ嬢が、俺の顔を見た瞬間、さっと表情が固まった。


俺も、たぶん同じ顔をしていたと思う。

沈黙が落ちた。


「……今、なんと言いましたか」


俺が先に口を開いた。

ディアナ嬢の睫毛が、かすかに揺れた。


「……お気になさらず。たわいない独り言です」


「断罪ルート、と――」


「ああ! 頭が痛い、痛いわ! 殿下、申し訳ありません。わたくし、まだお見舞いに来て頂くのは早かったようですわ」


突然頭を抱えながら布団に倒れ込むディアナ嬢。あれ、こんなキャラだったか?


どんな反応をしていいのか分からずに固まっていた俺を他所に、先程の侍女と家令が慌てて部屋に駆けつけ、ディアナ嬢を取り囲んだ。「お嬢様!」「お気を確かに!」と言っているが、俺もお気を確かにしないといけないくらい、混乱していた。

とりあえず、かろうじて王太子スマイルで丁寧に辞して、公爵家を後にした。


あの「断罪ルート」の言葉。もしかしなくても、ディアナ嬢は俺と同じ転生者かも知れない。しかも、ディアナ嬢が断罪ルートと知っているということは、紛れもなく、この乙女ゲームを知っている人物ということだ。


ここで、問題が一つ。


このコミュ障男に、どうやってそのデリケートな事情を聞き出せというのか、だ。


駄目だ。マジで無理だ。なんて口を開こうかとすれば、「今日は天気がいいですね」しか浮かばない。ちなみに今の天気はどんより曇り空だ。

ああ、これからどうしようか。行きと同じく、頭を抱えながら、俺は帰りの馬車に揺られて行った。




それからというもの、ディアナ嬢と会おうとする度に、何故か彼女は病気になっていた。風邪、腹痛、流行病。そして、何故か体調悪くて寝込んでいるはずなのに木から落ちて怪我をしたという、よく分からない理由で、面会をずっと拒まれている。


エヴァンス公爵はいつも大変申し訳なさそうに、平身低頭で平謝りをしていた。その悲壮なまでの様子に、何故か逆に申し訳なくなってしまうくらいだ。


もちろん、この婚約は政略的なものではあった。しかし、確か転生前の記憶によれば、ディアナ嬢が俺に一目惚れをしたとかで、乗り気だったはずだ。

それもあっての、公爵のあの慌てぶりではあるのだろう。あまりに申し訳ないから、この婚約は破棄してもらっても構わないとまで言われている。


だが。

こちらにも、婚約を続けなければいけない理由があるのだ。


この乙女ゲームのヒロイン――リリア・ベネット男爵令嬢。


今の王太子としての立場になってみて、分かる。


男爵令嬢が、婚約者のいる――しかもこの国の『王太子』に対して、自ら腕を組んでいいはずがない。婚約者と席を隣にして食事をしているのに、何故、俺の反対側に座ってくるのか。まるで意味が分からない。もしかしてキチガイなのか? 俺が最大に苦手とする、『肉食系』の女なのかもしれない。


そう思い立った時、全身から鳥肌がたった。いくら、今が王太子然とする技は身につけたとはいえ、中身はもう以前の俺ではない。コミュ障、女性不審――いや、女性恐怖症とも言っていい程の、喪男なのだ。そんな俺に、骨までむしゃぶり尽くすような勢いで迫るヒロインなんて、猛獣の檻の中に放り込まれた兎ではないか。


だが、ディアナ嬢は別だ。俺が転生する前からの付き合いと思えば、コミュ障の俺でも結婚できそうな気がする。いや、もはや俺の生きる道は、彼女との結婚しかないのだ。


どれだけ俺から逃げようとも、絶対に俺はディアナ嬢と結婚してやる。覚悟するんだなと、宣戦布告でもするかのように、俺はペンと紙を取った。


『拝啓、ディアナ様。

お元気にしていますか。体調の方はいかがでしょうか――』


面会拒否され続けている俺は、今日も律儀に手紙を書くのであった。



*****



そして、桜散る春――


「……………」


六歳でディアナ嬢と婚約を結んだが、十歳の頭突き転倒事故以来、俺は一度も彼女に会うことなく、乙女ゲーム本番のエルフォード王立学院入学式当日を迎えてしまった。


俺は今、何とか正門に来る馬車の中から、エヴァンス家の馬車を待っているのだが、一向に来る気配がない。さすがに、学園初日に休むとまでは考えられないのだが……


そして、さらに問題が発生している。


やはり王太子の地位と容姿は人を集めるらしく、周りを女子生徒達が囲む。何やらピーチクパーチク話しているが、俺は王太子スマイルを浮かべながらも、倒れないようにするだけで精一杯だった。

涙目で、側近のように昔から支えてくれている友人を見る。


右には宰相の息子で、攻略対象者のセバスチャン・ノア侯爵子息。

左には豪快な武官の息子で、同じく攻略対象のガレス・ブライト伯爵子息。


2人共、俺の中身がコミュ障と知っているのに、哀れみの目で俺を見るか、残念そうに頭を振るしかしてくれなかった。

ちくしょう、覚えてろ。後でお前らの昼のおかずを1品ずつ奪ってやる。


ちなみに、もう1人のルーカスは、ある用事を言いつけていたので不在だった。


このままでは遅刻してしまうので、諦めて入学式が行われる体育館に向かった。周りの女子生徒も一緒に来るので、もはや俺は死に体の勢いだったが、横にいるガレスがバレないように支えてくれていた。ありがたいのか、迷惑なのか。


そこで、大きな桜の木が見えてきた。


ああ……と思い出す。ここは、王太子とヒロインが出会う場所だ。

まさか本当にこの状態でヒロインに遭遇するのか? もう、今すぐ逃げたいと思って後ろを振り返ると――


ぺしっ。


何かが顔を覆い尽くした。慌てて手を伸ばすと、それは花柄のハンカチだった。


まさか――


「す、すみませーん!」


はぁはぁと息を切らしながら近づいてくるのは、ピンクローズの髪に水色の目の少女だった。


ああ……とうとう鉢合わせてしまった。俺の全身に鳥肌が立つのが分かった。


風も吹いてなく、こんな短い距離でどうやって息を切らせられるのか懇々と問い詰めたい気分だ。だが、この俺の王太子スマイルはそんな気配は微塵も見せず、笑顔を浮かべながらハンカチを差し出した。


「これは、君のハンカチか?」


「はい、ありがとうございます! 突然飛んでいってしまって、びっくりして」


てへっと笑うヒロイン――リリア・ベネット男爵令嬢。風がないなら、お前が飛ばしたんだと言ってやりたい。俺が極度のコミュ障でなければな。


「次からは気をつけるんだな。では」


時速100kmの全力で逃げたい気持ちを抑えながら、俺はゆっくり背を向けて歩き出した。


ディアナ嬢……頼むから、早く学院に来てくれ。




入学式の後、教室に向かう俺のそばにそっとルーカスが来た。


「やはり、あの令嬢、『クロ』ですーー」


「……そうか。それで、あの後、どうだったか?」


「包み隠さずそのままお伝えします。『やっば、クロード様、バリ格好いいじゃん! もう絶対、これはクロードルートに決まりだね!』」


うん、最も聞きたくなかった答えをありがとう。


「クロード様、これは一体……」


「これ以上は聞くな、ルーカス」


俺は短く拒絶した。突っ込まれたら、現実逃避できなくなるだろう。

実は、俺はリリア嬢が転生者の可能性を考え、密かにルーカスに監視を頼んでいたのだ。つまり、俺と別れた後のリリア嬢の様子を見ていてもらった。


案の定だった。リリア嬢は転生者だ。そして、『ギャル系統肉食型』という、俺がこの世において最も苦手としているタイプだった。

これから、肉食獣が獲物を狩るように狙われるのだろうか。想像しただけでもう帰りたくなる。山のような執務の書類も、リリア嬢を相手にするくらいなら可愛いものだ。


「殿下、実は続きがありまして」


「何だ」


「令嬢を監視している俺の反対側に、実はエヴァンス公爵令嬢が――」


「何故それを先に言わない、ルーカス! 急いでディアナ嬢を探しに行くぞ!」


「お待ち下さい、殿下。お忘れかもしれませんが、殿下とディアナ嬢は同じクラス――」


全てを聞き終える前に、俺は廊下を猛ダッシュして教室に向かった。「……そして、あの令嬢も同じクラスなのですが」というルーカスの言葉は、俺の耳には届かなかった。




「ディアナ嬢はいるか!」


ガララッと勢いよく扉を開いた。俺とディアナ嬢が所属するAクラス。中に入りざっと見回すと――


「………………」


教科書を立てて顔を突っ込んでいる不審者――いや、赤髪の少女がいた。間違いない、ディアナ嬢だ。

明らかな拒絶。そして、勢いよく来たはいいものの、そこからのセリフを全く考えていない俺はその場で固まった。


あれ、どうしよう?


「殿下」


追いかけてきたルーカスが俺を促してディアナ嬢の元へ連れて行ってくれた。優しい、ありがとう。持つべきものは、理解力のある乳兄弟だ。


「あ……え、えっと」


ごほん、とわざとらしくないよう咳をする。


「その――体調の方は、もう良いのか?」


「ええ。大変ご心配をおかけして、申し訳ありませんでしたわ」


「そうか、それは良かった」


そして、そろそろ教科書から顔を離してほしい。


「ディアナ嬢。良ければ君の、その美しい顔を俺に見せてくれないか」


王太子補正がかかっていることには、ぜひ触れないでほしい。俺だってびっくりしている。


「恐れ多いですわ、殿下。わたくしの粗末な顔などご覧になられても、愉快なことは何一つありませんわ」


あくまでも顔を教科書から離してくれないらしい。

仕方ない――奥の手だ。


「ディアナ嬢。ここだけの話なのだが――」


そっとディアナ嬢の耳元に、彼女しか聞こえないよう語りかける。この拒絶された六年間、俺が考え続けた必殺の言葉だ。


「転生前の俺の朝食は、キムチ納豆ご飯だ」


「な、なんですって――っ!?」


ガバッと勢いよく顔を上げるディアナ嬢。良かった、昨晩も寝ずに考えた成果が出たようだ。


「ちょっ――で、殿下! そのお話、後で詳しく「あ、クロード様、いた――!!」」


ディアナ嬢の言葉を遮るように叫んだのは、リリア嬢だった。そういえばゲームでも同じクラスだったのを、すっかり忘れてしまっていた。

ルンルンと肘を曲げた腕を振りながら、俺達の元に来るリリア嬢。俺はもう鳥肌が立ち始めている。そして――


がしっ。


俺の腕にしがみつくリリア嬢。


あ、俺、今死んだわ。


「もう、クロード様、先に行かれるなんて酷いですぅ。私もぜひ、一緒に教室に行きたかったですぅ」


生まれてから鍛えてきた『王太子然』は既にパッシブスキルになっているので、傍目から見た俺は大して崩れてはいないはずだ。しかし、魂は既に半分抜けかけていた。

最後の力を振り絞るかのように、ディアナ嬢に目で訴える。いや、もはや血走った目力で彼女に訴えた。


後生だ、俺を助けてくれ。


仕方なさそうにため息をついたディアナ嬢は立ち上がり、リリア嬢に向き合った。


「わたくしは、エヴァンス公爵家が娘、ディアナですわ。そして、クロード・フォン・エルフォード王太子殿下の婚約者ですの」


「……それが、どうかしたんですかぁ?」


「ですから、その手を離して頂ける? 婚約者のいる殿方に腕を絡めるなど、淑女としての恥じらいを覚えた方がよろしいかと」


「えー? そんなの古いですよぅ。学園では、身分差も関係なく、平等なはずですよねぇ」


どこまでも引かないリリア嬢に俺が止めを刺されそうになったが、ディアナ嬢が「あなたも自力でなんとかなさい」と目で訴えてきたので、搾りかすのような力で何とか立て直した。


「ディアナ嬢の言う通りだ。確かに、学園内では身分差は関係ないと言う決まりはある。しかし、だからと言って、淑女が男性の体に気軽に触れていいということでもない」


おぞましいものでも掴むつもりで、しかし傍目には紳士な対応で、俺に絡んでいたリリア嬢の腕を離した。


ああ、解放されて空気がうまい。


「それに、俺はまだ君の名前も知らない。ディアナ嬢は先に名前を名乗った。君も、自分の名を名乗るべきではないのか?」


もちろん、俺はこいつが『ギャル系統肉食型』のヒロインだと知っているが、知らない振りをした。

あ、横からため息が聞こえた。何故だ。


「あら、これは失礼しました」


下手くそなカーテシーを披露しながら、リリア嬢が続けた。


「私は、ベネット男爵家が娘、リリアと申しますぅ。殿下と同じクラスで光栄ですぅ」


「ベネット男爵令嬢か。俺は、クロード・フォン・エルフォードだ。学園生活は3年と長い。節度ある生活を送るように」


俺がそこまで言うと、リリア嬢は憮然とした顔で離れ、自分の席に戻って行った。

良かった、珍獣は帰ってくれた。もう少しで泣きそうだった。


「ディアナ嬢。この後、話したいことがある。時間を取ってほしい」


「かしこまりましたわ、殿下。わたくしも、お話ししたいことがありますの」


教室に担当教官が入ってきた。俺も静かに、自分の席へと向かった。



*****



学園内の高位貴族用のサロンを貸し切り、俺とルーカスはディアナ嬢を待っていた。女性が好きそうな紅茶とマカロンを準備したのは、もちろんルーカスだ。


しばらくして、ディアナ嬢が中に入ってきた。俺の横にルーカスがいるのを見て、少し驚いた様子を見せる。


「何故、彼もここに?」


席に誘導する俺に、ディアナ嬢が尋ねる。ルーカスは壁際に移動し、静かに立った。


「ルーカスは俺の護衛も兼ねている。安全が確保されている学園内とはいえ、王太子を一人にしてはいけないという、王族としての配慮だ」


「しかし、それでは――」


転生者としての会話ができないということを訴えたいようだ。


「大丈夫だ」


俺は安心させるように断言した。


「『黙秘モード』のルーカスは、俺の解除の一言がなければ返事もしない。ただの屍同然と思ってくれて構わない」


「何よ、その、どこかの某ゲームみたいなセリフは」


「良かった。やはり君もまた『転生者』なのだな」


しまった、とばかりに口に手を当てるディアナ嬢。別に意図して言った訳ではなかったが、『返事がない、ただの屍のようだ』に反応できる人間は、間違いなく転生者以外にないはずだ。


「ルーカスは気にせず、ここからは正直に話そう。俺も素直に全てを告白するし、もしも君が途中で俺を拳でぶん殴ろうとも、俺は君を不敬に問うことはしない」


「――分かったわ。その代わり、口調は少し砕けさせてもらうわよ」


「ああ、それで構わない」


「……あなたも口調を崩していいのよ。私だけだと、何だか居心地悪く感じるわ」


「すまないが、それはできない。王太子として育って、もはやこの口調は癖のようなものだ。俺も君の口調を気にしないから、君もどうか気にしないでくれ」


もう十六年近くも王太子をしていると、どうしても「王太子然」が常時モードになってしまっていた。崩せるものなら、俺だって崩したいくらいだ。

ディアナ嬢は諦めたのか、ソファに深く腰をかけながらため息をついた。


「まずは俺から情報を開示しよう。俺は、君と十歳の時にお互いに頭を打ちつけた時、記憶を取り戻した。元の俺は高校三年生だった。確かトラックに撥ねられたような覚えがある。オタク、コミュ障、あとは女性恐怖症だ」


「今の容姿とはまるでかけ離れている自己紹介をどうもありがとう。私も、同じ頃に記憶を取り戻したわ。元の私はアラサーOL、独身。ブラック企業勤めで、死因はたぶん過労死ね」


ディアナはマカロンを一つ口にした。俺も紅茶を飲んで喉を潤す。


「そうか。そうすると、君の中身は俺よりも年上なんだな」


「そうね。あなた、高校生だったんでしょ? ということは、つまり、私よりも一回り年下ってことじゃない」


やれやれとでも言うように、ディアナは額に手を当てた。何故そんな顔をされるのか、俺にはいまいちよく分からなかった。


「俺より一回り年上ということは、つまり、みそ「女性に歳の話をするものではありませんわ」――と、そうだな、失礼した」


話の途中で口を挟まれ、慌てて訂正する。危ない、地雷を踏むところだった。


「それで? これから、あなたはどうするつもりなの?」


「もちろん、俺はあの女に攻略されるつもりはない。先程も言ったが、俺は元はコミュ障の女性恐怖症だ。特にああいったタイプが大の苦手だ」


「けれど、彼女、間違いなくあなたを攻略する気満々よ? 私、桜の木のところで、彼女が『クロードルートに決まり』と言っているのを聞いたわ」


「それは、残念だが、ルーカスも聞いたと報告を受けている」


俺はガクッと肩を下ろした。本当に最悪だ。


「一体、どうするの?」


「そうだな……良い案は全く浮かばないが、例えば俺の代わりにルーカスでも押し付け「あ、殿下。その場合、俺はこの職を辞してお暇させて頂きたく存じます」――るのは、もちろん却下だ」


即座に訂正した。まずい。ルーカスに離れられたら、俺は群がる女性達から逃げられなくなる。


「ちょっと。あの屍、喋っているわよ」


「いや、流石に今のは俺が悪かった。もうこの後は『黙秘モード』になるはずだ」


「それならいいけど」


即座に見事なツッコミを入れるディアナ嬢。六年間の断絶期間はあったが、だいぶ打ち解けてくれたようだ。


「……言っておくけど、私、断罪ルートは嫌よ」


ディアナ嬢はそう顔を歪ませた。そうだ。確かに彼女は、断罪ルートが嫌すぎて、俺との接触を六年も避け続けたのだから。


「俺も、もちろん君を断罪しようと思わない。それに――」


一呼吸おいて、続ける。


「たぶん――この世界に、『強制力』というものはないはずだ」


ディアナ嬢は、驚きに目を見開いた。


「何故、そう断言できるの?」


「もし強制力があったら、君は六年も俺と面会を拒絶などできないだろう。あの手この手の理由をつけて一切会わないなど、強制力が働かなかった証拠だと思わないか?」


もちろん、これはただの推察ではある。しかし、ピンクローズの珍獣――もとい、ヒロインを見ても、俺の心はときめくどころか恐怖心を抱いた。

強制力があったなら、俺は今頃、ヒロインに惚れていたはずだろう。


自分が出した推論とはいえ、やはり鳥肌が浮かんでしまい、俺は両腕をそっとさすった。


「そう……そうなら、本当に良いのだけれど」


ディアナ嬢はまだ少し不安な様子を見せた。


「それに――安心してくれ。俺は、君以外と結婚するつもりはない」


俺のとっておきの言葉。今日、一番に伝えなければいけない話をすると、ディアナ嬢は再び驚いた顔をした。


「何を言っているのよ。私とあなた、一回り離れているのよ」


どうやら、ディアナ嬢は年齢差を気にしているようだった。なら――


「大丈夫だ。例え君が年ま「何ですって」年――年上の素敵なお姉様であっても、見た目の年齢は俺と同い年だ。俺は君と絶対に恋愛できるし、君を愛すると誓おう」


「な、何よそれ。いきなり何を言い出すのよ……」


真摯に訴えると、ディアナ嬢は顔を背けながらも頬をほんのりと染めていた。


よし、後もう少しだ。


「それに、俺は中身はアレだが、器は乙女ゲームの攻略対象者として、見た目と頭の知識は備わっているらしい。小さい頃には『神童』と言われたこともある。公務も全て俺が何とかしよう」


まだ信じていいのか不安そうに見つめてくるディアナに、俺はゆっくりと手を差し出した。


「そして、結婚できた暁には、君には三食昼寝付き「よし、乗った」」


ディアナはガバッと起き上がり、俺の手をがっしりと握りしめた。あ、柔らかくて気持ちいい。


「よ、良かった――っ!」


安堵から、俺はへなへなと床に膝をついた。


「あんな珍獣と結婚なんて、俺には絶対に考えられない! 今すぐ出家をするか失踪するか、宝探しの旅に出るしかなかったんだ!」


「いや、宝探しの旅はいまいちよく分からないのだけれど」


「しかし、君さえ俺と結婚してくれたら、俺が王太子として生き残れる道ができる。もう、俺を救ってくれるのは君しかいなかった」


「あの、そこまで言われても困るんだけど」


ピンクローズの珍獣と結婚という、断罪ルートよりも酷い破滅ルートから解放された。感極まっていた俺は、ディアナ嬢の言葉は頭に入ってこなかった。


「ああ、ディアナ嬢――」


掴まれた手を下にし、彼女の手をぎゅっと握りしめる。


「君は、俺の救いの女神だ――」


感謝の思いで手に顔を寄せると――


ちゅっ。


「―――っ!!」


―――あれ?


もの凄い勢いで手を引き抜かれた。不思議に思って顔をあげると、片手を握りしめながら、ディアナ嬢は顔を真っ赤にしていた。


「――どうしたんだ、ディアナ嬢?」


何か良くないことでも思い出したのかと、彼女に近寄ろうとすると――


「わ、わたくし、用事を思い出しましたの!! これで失礼させて頂きますわ!!」


ディアナ嬢は全力で叫び、猛ダッシュでこの部屋から退出した。

ぽかーんと、取り残される俺とルーカス。


「なぁ、ルーカス」


「はい。何でしょう、殿下」


「俺は、何か間違いでも犯しただろうか」


「婚約者としては間違いではないと思われますが、いささかご令嬢には刺激が強かったようですね」


ルーカスが静かに答えた。何だその『刺激が強い』とは。まるで加減とか分からんぞ。なんて女性はデリケートな生き物なんだ。


「ところで、殿下」


「何だ」


「エヴァンス公爵令嬢を追いかけなくてよろしいのでしょうか」


そこでハッと気付いた。しまった、逃げられた。


「ま、待て! 待ってくれ、ディアナ嬢――!!」


俺を置いていかないでくれ――!!



*****



そうして始まったこの学園生活は、あっという間に過ぎ去っていった。


逃げるディアナ嬢。

その後を追いかける俺。

そして、その俺を追いかけるリリア嬢。


これが、この三年間の学園の風物詩とまでなってしまった。俺のあまりに王族らしくないその姿は、かえって生徒達の好感を呼んだらしく、三学年の時は多数からの推薦で生徒会長も務めた。


もちろん、ディアナ嬢は俺から逃げるので精一杯だったので、リリア嬢への嫌がらせは一切していない。よって、卒業パーティーでも断罪劇は発生しなかった為、リリア嬢は大層悔しそうな顔をしていた。


そして、それから――


王妃となった今でも、恥ずかしがり屋が直らないディアナ嬢は、愛を訴える俺から、今日も逃げ回り続けるのであった。


おわり。



最後は力尽きたので、これで終わりです。

気が向いたら、ディアナ目線も書いてみたいと思います。

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