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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

迷妄の音

作者: TAKI
掲載日:2026/07/25

この作品は「証拠映像」としてご覧ください。

※この作品はフィクションです。実際の事件、人物とは一切関係ありません。


人は死ぬ直前まで「音」を聴いている。

 ピピピピッ……………ピピピピッ……………ピピピピッ……………ピピピピッ……………ピピピピッ……………

 うるさいアラーム音で目が覚めた。寝転がったまま頭上で鳴り響く目覚まし時計に手を伸ばす。思いのほかどこに目覚まし時計があるのかわからなかった。手探りでようやく見つけた目覚まし時計をバシンッと叩いた。やっとうるさい音が止まった。疲れ切った体をのっそりと起こし、手元のスマホを見た。6時2分。普通の大学生からすると早起きなのかな。目の奥が重たくて、頭がボォーっとしている。寝て起きて疲れが拭えていたらどれだけ嬉しいことか。たぶん1日のパフォーマンスも変わるんだと思う。大きな欠伸をしてベッドから降りた。立ち上がった途端に筋肉痛が全身を襲う。腕や脚、腰回りがものすごく痛い。軽くストレッチをしよう。その場に座り込んでまずは片脚ずつ伸ばしてみる。筋肉痛のせいでもあるのだろうが、思ったよりも自分の身体が硬いことを痛感する。太ももの裏、筋だと思われるところが突っ張っていて痛い。両脚を伸ばした後に今度は腕を伸ばす。脚と比べて痛くないし、むしろ気持ちいい。けれどだんだんと慣れてきてしまい、そこまで気持ちよくなくなった。最後に腰を前後左右に捻ってストレッチを終えた。少し深呼吸をして立ち上がった。お腹が空いた。使い古した運動靴を履いて、部屋から出た。

「母さん!朝ご飯は!?」

大声で呼びかけた。朝の声は思っていたよりもよく通る。少し反響していることがわかる。

「母さん!?」

呼びかけに答えてくれない。まぁいいや。と言わんばかりにズンズンと階段を降りた。汚れたくないから一歩ずつ滑らないように階段を降りていく。最後の段差でヌルっと滑りそうになったので、咄嗟に手すりにしがみついた。なんとか汚れずに済んだ。キュッキュッキュッと音を立てながらリビングに向かった。リビングの机の上には何も用意されていない。

「なんにもないじゃん。はぁあ。」

ため息混じりに文句をこぼして、台所に向かった。食パン一切れを皿にのせ、冷蔵庫から牛乳を取り出した。けどこれじゃ足りないから、そこら辺の棚をあさった。ちょうどこの前買ったカップ麵があった。これでいいやと思って、すぐにお湯を沸かしカップ麺に注いだ。冷蔵庫に貼り付けたマグネット付きのタイマーで3分計る。近くに置いてあったリモコンでテレビをつけた。ニュースがやっている。天気は晴れ後雨。14時頃から降るらしい。

「今日雨なんだぁ。………傘はぁ………まぁ、いっか。」

眠い目を擦りながらテレビで報道されている情報に目をやる。大きな欠伸が出た。涙が頬を伝う。ポケットからスマホを取り出した。YouTubeのアイコンをタップして、好きな動画の名前を検索欄に打ち込んだ。

『はいどぉもぉ!サーティーンチャンネルですっ!はい!今回は!特別企画です!今回は視聴者さんの家にお邪魔しまして!「ゲーム全クリするまで寝れません!」やってみたぁ!』

ユーチューバーの大きな声が響く。思いのほかスマホの音量が大きくて耳がキーンとなった。音量を少し下げて、動画を少し巻き戻してからまた再生した。少しして

ピピピピピピピピピピピピピピッ………

と、タイマーが鳴った。動画を一時停止して、ピッ…ピッ…とボタンを押してタイマーを止め、カップ麺の蓋をはがした。今日は豚骨ラーメンだ。豚骨の匂いがリビングに広がっていく。足元に気を付けながらカップ麺をテレビの前まで運んで、床に座り込んだ。台所に食パンと牛乳を忘れたが、カップ麺を平らげた後に食べることにした。ズルズルを音をたてながら麺をすする。テレビで流れているニュースはどれも物騒なものばかりだ。政治家の裏金問題が発覚しただとか、有名アイドルとタレントの不倫報道、殺人事件。おんなじような話題を毎日毎日何気なく見ているはずなのに、テレビに近づくだけで今日は一段と内容が入ってくる。不意に

「いやな世の中だねぇ。」

と言葉が漏れた。気が付くと麺が無くなっていた。

「こんな少なかったっけ。………………まっ、いっか。」

立ち上がって台所に向かう。ちょっとだけこけそうになった。足がしびれていた。プラプラと片足ずつ足首を回しながら、台所へと歩いて行った。さっき用意した食パンをちょっとずつちぎりながら食べた。さっきのラーメンよりも早く食べ終わってしまう。そして牛乳をパックのまま一気に飲み干した。半分ぐらいしか残っていなかったので、こちらも案外すぐ飲めた。さっきのカップと牛乳パックをゴミ箱に放り込んで、皿はそのままにして部屋に戻った。キュッキュッキュッと音をたてながら階段を上っていく。こけないように慎重に。しかし、ズルッと今度はこけてしまった。段差がちょうど左脚の脛にぶつかり、激痛が全身に走る。

「イッテェッ!」

思わず声をあげた。脛を押さえながら痛みが和らぐのを待つ。効果があるのかはわからないがちょっとさすってみたりもしてみた。徐々に痛みが和らいできた。けれどズボンは真っ赤っか。着替えなくてはならない。

「もぉぉ。きったねぇなぁ。せっかくこれで学校行こうと思ってたのに。………あぁもう、めんどっ。」

ブツブツと愚痴を言いながら部屋に戻った。真っ赤になったズボンを脱ぎ捨てて、今度は汚れの目立たない黒色のズボンを履いた。ついでに服も黒色の長袖にした。面倒に思ったのか運動靴は変えなかった。また部屋を出て、今度は洗面所に向かう。念入りに顔を洗い、手を洗い、辛めの歯磨き粉を歯ブラシにたっぷりとつけて歯を磨く。シャガシャガシャガという音が静まり返っている家に響く。5分ほど手を動かして、ペッと口の中のものを洗面器に吐き出した。歯ブラシの先を水で洗い、近くに置いてあったコップに水を入れた。その水を口に含んで口をゆすいだ。びちゃぁっとまた洗面器に吐き出して、顔をタオルで拭いた。ふと鏡に映る自分を見た。

「思ったより、俺って目ぇ黒いなぁ。」

と独り言を呟いた。タオルを投げ捨てて洗面所を出る。部屋に戻って今日の荷物を確認した。昼休みまでの時間割で使う教科書がリュックの中にあることを確認した。全部ある。昨日の勉強で取り出したペンケースをリュックの中に入れた。そしてもうひとつ。机の上に置いてあった少し大きめのビニール袋を手に取った。ガチャガチャと金属音が中から鳴っている。思ったよりもずっしりとしている。袋の中を確認して、ひとつずつ中の物を取り出していく。新聞で包んだ刃渡り17センチの包丁。ちょっと前にネット通販で買った30センチほどのダガーナイフ。百均で買った鎌。折り畳みができるノコギリ。ホームセンターで買った金槌。5本のカッターナイフ。滑り止めがついている手袋。そしてウェットティッシュ。こっちも全部入ってる。ひとつずつビニール袋に入れていき、全部入れたのを確認してから道具の入ったビニール袋を別のビニール袋に入れた。

「よしっ。これでいいかな。」

ふと時計を見た。時間は8時5分。電車で登校するからもう家を出なければならない。ビニール袋をリュックに押し込んで部屋を出た。さっきよりも慎重に階段を降りる。今度は大丈夫だった。ふと家の中を見渡した。廊下で横たわっている女が目に映る。

「母さん。バイバイ。」

そう言って玄関に向かった。今度は玄関に横たわっている男が目に入った。

「ちょっと、邪魔。」

横たわる男を跨いで靴箱から運動靴をもう1足取り出した。それもリュックに押し込んだ。そして玄関のドアを開け、

「じゃあね、父さん。」

と言って家を出た。ドアを閉めてから少し庭のほうに行って、地面に足を擦りつけた。

「こんなもんか。」

ようやく家を離れた。

「あ、鍵………。まぁ、いっか。」

駅に向かって歩いて行った。

 電車の中もいつも通り。みんなスマホを見ている。ガタンゴトンと大きな音が電車内に鳴り響くが、誰も気に留めたりはしない。ふとスマホを見た。さっきのYouTubeの続き。有線イヤホンを耳に押し込み、音量に注意しながら動画を見る。

『いやぁ、思ったよりキツイっすねぇこの企画。ゲームは楽しいんですけど、寝れないっていうのが。あれですね。睡眠の大事さがわかる企画ですね!』

フッっと笑みがこぼれた。けどつり革につかまりながら見ているので、思ったよりも動画に集中できない。イヤホンをつけていても電車の音は聞こえてくる。

「はぁ………………」

とため息をついてイヤホンを外した。降車する駅に着いた。足早に電車から降りて改札を抜ける。学校までは駅から徒歩15分ほど。軽快な足取りで歩く。今の季節は少し肌寒く、半袖の人もいるが多くの人は長袖を着ている。するとヒュゥッと風が吹き込んできた。

「意外と寒いなぁ。………やっぱり持ってきたほうがよかったかなぁ、体冷えるし。」

少し大きな声で独り言を呟く。

「あ、でもタオル入ってたっけ。」

背負ったリュックを一度前に持ってきて、歩きながらリュックの中を探る。

「わっ。ハンカチしかねぇや。」

取り出してみると白色のハンカチだった。

「まぁ無いよりマシか。」

そう呟いてズボンのポケットにハンカチを入れた。そして改めて空を見てみた。晴れの空模様ではあるが所々に雲が目立つ。鱗雲もある。

「雨降ってほしくないなぁ。」

ボソッとそんなことを言って、少し早歩きで学校に向かった。

 講堂で授業が始まった。今日の1限目はマクロ経済学。目の前のバーコード頭のオッサンがいろいろと喋っている。消費がどうたらとか、国内総生産がなにやらとか。

「……………………めんどっ。」

誰にも聞かれていなような小さな声で呟く。机の上にはそれなりにノートと教科書を広げているが、目もなんてひとつも取っていない。それどころか机にうつ伏せとなって目を閉じる。両隣に人が座っていた。けれど気にも留めない様子でそのまま眠った。呼吸で背中が浮き沈みしている。熟睡、とまではいかないがよく眠れているよう。………………両隣が席を立ち上がったときの机の音で目が覚めた。

「………………ん?…………あれ?もう終わった?」

頭がボォーっとする。目がシバシバする。大きな欠伸と背伸びをして目の前のノートに目をやった。綺麗だったはずのノートがぐしゃぐしゃで、ところどころに付着したシミが目立つ。自分の左頬を手でさすった。ちょっとだけ暖かい、けれども冷たくネチャっとしている。

「うわあぁぁ……。よだれでべちゃべちゃ。………………ハハッ。まいいや。」

袖で軽くよだれを拭き取り、ノートと教科書を重ねて持ち席を立った。筋肉痛と変な姿勢で寝てしまったせいか腰の痛さで上手くあるけない。講堂を出るとすぐ近くにゴミ箱があった。ノートと教科書を投げ込んだ。

「次はぁ………………あ、英語か。………………はぁあ、だっる。」

次の英語の授業が行われる3階の教室に向かった。いつも授業開始直後に英単語の小テストがある。そのため教室に入ると他の生徒は必死にテスト勉強をしていた。自分の席に着く。英語のワークを机の上に広げて、ペンをペンケースから出す。震える右手でワークに書いてある英単語を順番に余白に写していく。筆圧の弱い字でゆっくりと書いていく。『awesome』『modeling』『vision』『scary』……………写し始めたときは読める字だった。けれど徐々に字体が崩れてきて読めなくなってきた。

………………チッ………………

小さく舌打ちをした。すると

「グッモーニーン!」

と、大きな声で小柄なおばさんが入ってきた。香水の臭いがキツい。少し離れているのに鼻にツンと来る。チャイムが鳴った。まずは小テスト。読み取れるか読み取れないか、それぐらいの字体でテストを解く。それから震える手で答案を提出した。隣の人と英語で会話をする。話題は日によって変わる。今日の話題は自分の夢について。右隣に座っている男から話し始めた。

「えー、I really want to get a job in government, so I’m studying hard every day to make it happen. What’s your big dream? 」

流ちょうな英語で話しかけてくる。こっちは頭に浮かんだ英単語を言う。

「えぇっとぉ。マイドリーム、イズ?……………えぇ、キリングピーポー。」

「………………え?」

相手が目を丸くしている。だから相手の目を見て

「………………ハハッ、ジョークジョーク。ブラックジョーク。」

と笑って返した。

「は、はぁ。」

相手は動揺し、それからの会話は全く続かなかった。次はワークの穴埋め問題。目の前でおばさんがCDを大音量でかけた。男性の声が教室中に響く。思わず耳をふさいだ。

「はぁ………………。」

ため息が漏れ出てしまう。

「はい!じゃあ1番から5番までを相澤さんから上原さんが答えてください。」

「ぇぇ………………。」

ため息と一緒にかすれた声も漏れてしまった。相澤とかいう男から穴埋め問題を答えていく。流ちょうな英語で答えていく。1人ずつ答えるたびにおばさんは満面の笑みで

「オーケー!」

と大きな声で叫ぶ。自分の番になった。

「上原さん。答えてください。」

おばさんの顔から自分の番になった途端に笑みが消えた。

「え、えぇっとぉ………………。」

ノートに目をやってみたり、あちこちを見てみたり。結局

「………………すいません。ちょっとぉ、」

と答えると、おばさんは小さくため息を吐いた。あからさまなその態度を見ても、周りの誰も気にしたりはしない。おばさんは

「じゃあ、次の人、答えてください。」

と言った。おばさんのそんな態度は授業が終わるまで続いた。

キィーーンコォーーンカァーーンコォーーン

チャイムが鳴った。

「昼休み、かぁ………………。フゥゥ………………。」

深呼吸した。何回も何回も。するとおばさんが近づいてきた。授業のときと同じような顔をしている。

「上原さん。いつもいつもわかりませんわかりませんって。もう少しさぁ、やる気出して授業したら?」

ため息交じりにそんなことを言ってきた。

「そぉ見えますか?俺って。真面目に取り組んでるつもりなんですけど。」

「テストもいつも汚い字だしさ、いくら病気だからって甘えるのは違うと思う。」

「甘え。………………甘え?………………先生にはそう見えてるんですか?」

「そりゃねぇ。それに、病気って口頭でしか聞いたことないし。」

「………………そうですか。………………じゃあ、また確認してみてください。」

そんな会話を終わらせた。そして。


 ジャクッ………ピシュゥッ………………。

リュックから取り出したダガーナイフをおばさんの首目掛けて振り抜く。ダガーナイフの切れ味の良さのおかげでスムーズに切れる。おばさんの目は虚ろそのものだった。何が何だかわからず、血液が噴き出す自分の首を両手で押さえていた。そして膝から崩れ落ち、足元に転がった。

ガ………………コォッ………カァァッ………………

身体の奥から絞り出したような奇声をあげている。

「じゃあ、おばさん。」

服が汚れてしまったが、黒色にしたためあまり目立たない。右手にダガーナイフを持ったまま、さっさと教室から出て行った。途中、思い出したように顔に付着した返り血を白いハンカチで拭き取った。案の定、ハンカチは黄土色と赤色に染まってしまった。

「あぁあ。やっぱり。」

そう呟いてズボンのポケットにハンカチを押し込んだ。階段をゆっくりと降りていく。1階に近づくにつれて人の声が聞こえてきた。ワイワイと聞こえてくる。

「………………うるさっ。」

1階と2階の間の踊り場で一度立ち止まり、リュックの中をあさった。取り出したのはカッターナイフ3本と、金槌。カッターナイフはズボンの前ポケットに、金槌は左手に持つことにした。もう一度リュックを背負って右手にダガーナイフ、左手に金槌を持って階段を降りた。1階に着いた。予想通り至る所に人が屯していた。

「おぉ!上原ぁ!」

背の高いチャラついた男が後ろから声をかけてきた。

「おい!今日の分は?あんだろ?」

男は右手の親指と人差し指で輪っかを作り、へその目の前でプラプラと何かをアピールする。金銭だ。

「3万。とっとと払えよ!」

男の後ろから取り巻きが3人ついてきた。1人はガタイのいい男、1人は眼鏡を変えた細い男、1人は背の高い男の彼女と思われる。4人が囲んでこようとしたが、突然眼鏡の男のが

「お、おい!こいつ!」

とダガーナイフと金槌に気が付いたようで、周りの3人もそいつの反応でようやく気が付いたらしい。背の高い男は少し後退りして

「お、おい!…………てめぇ、何考えてんだよ!」

と叫ぶ。その叫び声がキンキンと鼓膜に響いた。

ゴチャンッ………………

鈍い音がした。左手に持った金槌で、背の高い男の頭を思い切り殴りつけた。男はドミノのようにバタンと倒れ込み、血が流れている自分の頭を押さえる。

「いでぇ!いてえぇぇぇぇえ!………………おい!オイィ!なにすんだよ!」

男はこちらを睨みながら叫ぶ。取り巻きの男たちは、突然の出来事に足がすくみ動けなくなっていた。すかさずダガーナイフをガタイのいい男の腹部に突き刺した。

ズブッ…グチャァ………………

ダガーナイフの切れ味が良いとはいえ、肉の厚い腹部には簡単には刺さらず、ナイフが男の体内に突き刺さると目一杯全身に力を入れて押し込んだ。体当たりするように押し込んだおかげで、大量の血が傷口と口から吹き出てきた。その男はさっきのおばさんと同じような奇声をあげた後

グアァッ………カハァ……………

と血の塊の口から吐き出し、痙攣し始めた。この間おそらく10秒ほど。死んだかどうかなんて確認せず、体に深く突き刺さったナイフを引き抜く。

「キ、キャァアアアアアアアアア!」

と取り巻きの女が叫ぶ。

「うるせぇよ!」

怒号とともに女に飛び掛かって押し倒し、喉元にダガーナイフを突き刺した。

ゴボォォッ

という音とともに女も血を吐き出す。噴水のように吐き出された血がこっちにまで飛び散ってきた。顔や服が汚れてしまう。さっきのおばさんの返り血よりもモロに被ってしまい、服が血でべちゃべちゃになってしまった。

「ハァァ………………。汚ねぇなぁ。」

左手に持った金槌で3回ほど顔面を殴り、ナイフを抜いた。気が付くと眼鏡の男は走って逃げている。周りに屯していた人たちも、次々と逃げていることに気が付いた。徐々にあちこちで響き渡る叫び声が耳に入ってくる。追いかけようとした。が、さっき殴り倒した頭を押さえながら立ち上がろうとしていた。よく見るとさっき力を入れすぎたのか、傷口が少し凹んでいる。右手のダガーナイフを床に投げ捨て、ポケットにしまっていたカッターナイフを取り出した。そして生まれたての小鹿のような姿勢をしていた男を蹴とばし、仰向けに倒れた男の腹部に座り込んだ。男は泣きべそを搔きながら叫ぶ。

「わ!わるがった!俺がわるがった!………………た、だのむ!頼む!たすげでくれぇっ!」

「………………クッ、プハッ。……………ハハッ、おもろっ。」

男は不思議そうにその反応を見ていた。

「この期に及んで命乞い?昨日までのあんたが見たらなんて言うかなぁ。」

「す、すまなかった!わるかったって!」

「まぁもういいよ。じゃぁね。」

そう言い捨てて、カッターナイフを首に刺した。ダガーナイフのように切れ味が良いわけではない。そのためノコギリのようにカッターナイフを小刻みに動かした。

グチュグチュグチュグチュグチャズチャ

少しずつ肉が切れていく感覚が、カッターナイフを握った手に伝わってくる。男の目にもう生気はなかった。

「フウゥゥゥゥ………………よぉしっ。」

深呼吸をしてからゆっくりと立ち上がり、カッターナイフを投げ捨てた。それからリュックの中を探り、新聞に包んでいた包丁を取り出した。包丁を包んでいた新聞で、軽く体中を拭きその場に捨てる。そして

「さて、いくか。」

と歩き出した途端、

ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリィッ

と非常用ベルが学校中に鳴り響いた。

「うるせっ。」

汚れた右手の小指で耳の穴をほじり、校舎の外を目指していった。

 外の広場に出ると走って逃げている人、状況が理解できず立ち尽くしている人、誘導している人がいる。次々と視線がこっちに向くのがわかる。口からスウゥッと息を吸い込み

「うああああああああああああああああああああ!」

と叫び、こっちを見ている人々に向かって走り出した。突然のことに動揺した人々は一斉に逃げようとするのだが、何人かは足がもつれてこけてしまった。それを見逃さず、猛スピードで近づき飛びついていく。まず最初に襲われたのは女だった。包丁で何度も腹部、胸部を刺された。辺り一帯が血の海となる。

ドチュ……………ドチュ……………ドチュ……………ドチュ…

女の内臓が身体から飛び出ていた。

「あぁぁ。しんどっ。」

女はもう動いていなかった。包丁を引き抜いて、今度は人を見つけるまで走った。2分ほど大学の敷地を走り、少し大きな講堂が目に留まった。

「………………こっちかな。」

そう呟いて講堂に入ろうとした。しかしドアには鍵がかけられている。しかも講堂のドアは鉄でできている。何回かガチャガチャとドアノブを動かしたが、開く気配がない。

「じゃあ、いいや。」

そう言うと、一度ドアを殴った。ゴォォォンと鈍い音がする。そしてその場を足早に離れて行った。

次の被害者は細身の男。講堂近くのトイレで殺された。非常用ベルの音を聞いた細身の男はトイレに隠れてやり過ごそうと思っていたのだろう。トイレの個室に鍵をかけて隠れていた。細身の男は息を荒げながら隠れた。すると静まり返ったトイレに、

キュッ…………キュッ…………キュッ…………キュッ…………キュッ…………

と靴の音が侵入してきた。細身の男は自分の口を両手で押さえて、息を殺していた。

「おおぉい!誰かいる!?」

そんな声がトイレに響く。細身の男はその声を聞いて涙を流した。その声はそれっきり聞こえず、またシィンと静まり返った。細身の男はゆっくりと口を押さえていた両手を離した。が、そのとき。

ドゴンッ

と大きな音とともに、隠れていた個室のドアが蹴り開けられた。

「みっけ。」

そんな一言が聞こえた途端、包丁が細身の男の腹部に突き刺さった。

「がああああああああ!ぎゃあああああああああああ!」

細身の男が叫ぶ。そんなことお構いなしに、トイレの床に崩れ落ちた細身の男を滅多刺しにする。

ガチュッ…………ドチュ……………グチュグチュ………………

トイレは一面赤黒く染まった。細身の男の叫び声はもう聞こえなかったし、ピクリとも動かなかった。

「あぁ。………………つっかれたぁぁ………………。」

腕や腰を伸ばしながら呟いた。包丁を便器の中に捨て、近くの水道で手を洗う。顔中返り血で真っ赤だ。まず手に付着した血を石鹸で落とし、濡れ手で顔についた返り血を落とす。ところどころ血が固まっているので手で擦っても落ちにくい。鏡に映る自分の顔を見ながら、何度も何度も擦る。3分ほど洗っていると7割ぐらい返り血が落ち

「まぁいいか。」

と言って、ポケットから赤く染まったハンカチを取り出し手を拭いた。そのハンカチもそこら辺に捨ててトイレを出た。外に出ると、大学は静まり返っていることに気が付いた。それと同時にパトカーのサイレンの音が聞こえてくる。

「………………そっかぁぁ。終わり、かぁ。」

………………………………ポツンッ

と空から一滴降ってきた。見上げると晴天だったはずの空に黒い雲がかかっている。

「雨かぁ。」

ボソッと独り言を漏らし、近くに設置されたベンチに腰を下ろした。ふと自分の身体を見てみる。震える両手。黒の服でもわかる大量の返り血。赤く染まった運動靴。あがっていた呼吸は徐々にゆっくりになっていく。パトカーの音が近づいてくる。雨も強くなってきた。3分も経たず土砂降りとなった。

ザァァァァ………………ザァァァァァ………………

激しい雨音が耳に入ってくる。自分の周りが少し赤くなってきている。

「ハハッ………………きったね………………。」

雨の音でそんな呟きはもう聞こえない。

ご愛読ありがとうございました。今回の作品はとても読みにくく情報の少ない作品だったと思います。今回はあえて登場人物の心情は極力書かず、「ひとりの人間の狂気を客観的かつ映像的に書く」ということに徹しました。そのためこの作品は様々な解釈、考察ができると思います。私はこの作品に様々なメッセージを込めました。ただ大前提として、この作品で事件を犯した上原に同情し憐れむつもりはありません。このような行為はどんな経緯であれ許されてはいけない、私はそう思っています。このような悲劇が少しでも再現されないことを祈っています。そんな私の考えをもとにこの作品の考察、解釈をし、メッセージを読み取っていただけると幸いです。

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