このままじゃ聖女になっちゃう
聖ダビデリア王国には神の加護があります。
教会が富を得るための方便ではありません。ある条件を満たした敬虔な信徒には『聖痕』が浮かび、聖力と言われる特別な力を使えるようになるのです。かつて世界が闇に覆われた時代、聖ダビデリアはその力で世界を救ったそうで、聖ダビデリア教会に勤める聖職者で聖痕が浮かんだものは男性なら『聖人』女性なら『聖女』と呼ばれ尊敬されることになります。
さて、そんな国の貴族令嬢である私、ファミレ・ヴァジンロードはこのままいけば2年後に聖痕が浮かぶことになります。いえ……なってしまう、と言った方が正しいですね。
「ああ、どうしてこんなことに……」
思わず頭を抱えてしまいます。
だって、聖痕が浮かぶための条件って『30歳まで純潔を貫く』ことなのですよ。そう、何を隠そう私、貴族令嬢としてはだいぶ行き遅れのおば喪女なのです。
「うう、ヒック。ずっと真面目に生きてきたのに」
そう言いながら秘蔵のワインを呷る私。
「姉さん、もうその辺で……」
止めないでください妹よ、ちょっと飲み過ぎと分かっちゃいますが、今日の姉は飲まなきゃやってられない気分なのです。
「っていうかそもそも、皆おかしくないですか!?学生の頃は『化粧やファッションにかまけてないでしっかり勉強しなさい』とか『恋愛にうつつを抜かす前にやるべきことがあるはずです』とか言ってくるくせに、大人になると急に『もっとおしゃれしなきゃ』とか『結婚はまだか』に変わるの!」
下級貴族の次女である私は卒業と同時に銀行に勤め始めました。当時、複数の同期がいたのですが学生時代あまり真面目に勉強せずにお化粧やファッションや恋愛を楽しんでいた子たちの方が上司から可愛がってもらい、先に結婚していったのです。
勿論、異性からモテるためには大人としてのルックスや恋愛用のコミュニケーション能力が大切なのは分かります。ただ、この学生時代に言われたことを真面目に守ってた方がスタートダッシュで不利になるシステム、なんとかなりませんかね?
現在の私、モテない→自信が無くなる→ますますモテないという負のループにはまっている自覚が……
「妹よ、姉はどうすれば良いのでしょう?」
優秀な妹にアドバイスを求めます。
彼女は非常に要領が良くて、仕事も恋愛も上手くいっているいわゆる勝ち組。ここから一発逆転……は無理にしても、なんとか挽回できるような、私には思いつかない冴えたやり方はないものでしょうか?
「うーん、そうですねぇ……貴族向けの『女性用風俗』を利用してみてはいかがでしょうか?」
「ファ!?」
ふふふ風俗!?
妹よ、貴女自分が何を言っているか分かっているんですか?
っていうか貴女、もしかして利用したことあるんですか??
「いえ、私は使ったこと無いんですけど……姉さんがモテないのって、処女をこじらせたコンプレックスで殿方の前で過緊張しているのが大きい気がするんですよね。なんかこう、私たちの前でリラックスしている時と全然態度が違うみたいな」
「うっ、身に覚えがあります……」
「だから、男性経験をして自信がつけば上手くいくんじゃないかなーって。姉さんとしてはとんでもないって感じるかもしれませんが、使っている友人やご婦人方がいるという話は時々耳にするんですよ。」
「そうなんですか!?」
耳を疑いましたが、考えてみればそうなのかもしれません。
経典にもこうあります。
『汝隣人を愛し産めよ増やせよ地に満ちよ。女は度胸、なんでも試してみるもんさ』
ダビデリア教って暴飲暴食やギャンブルは厳しく節制するように説く一方で、色欲に関する縛りはないんですよね。ならまあ、それをストレスのはけ口にする貴族も一定数いるのが当然といえば当然なんでしょうか?
需要がないと商売って成立しないわけですし……そういうお店があるというのは、きっとそう言うことなんでしょうね。
「でもなあ、やっぱりちょっとふしだらに感じてしまうというか……」
「上級者向けの春書をたんまり買い込んでいる女が何をいまさら」
「なんで知ってるんですか?!?!」
「メイドが掃除のときに見つけてお母様に報告してましたよ。」
嘘でしょ……
「というか、本気で結婚したくて他に代案がないなら、つべこべ言わずにさっさと男慣れしてくださいよ。姉さんが先に結婚してくれないと、心情的に私も婚活とかやりづらいんですから」
「うぐっ!耳に痛いセリフを……」
ああもう、こうなりゃヤケクソです!
やってやる、やってやりますよ!!
***
「ファミレ様、本日は女性貴族向け風俗、デリバリースパダリーをご利用いただき誠にありがとうございます。僕の名前はパウロ、以後お見知りおきください。」
「は、はい……」
ほ、本当に来ちゃいましたよ女性用風俗店!
でも、勢いで予約して高い前金を払い、キャンセルしても返金不可だったので仕方ないんです。しかしその甲斐あってか、接客して下さるのはパウロ君という美男子。年は私より4-5歳ほど若い方のようにお見受けします。
「念のため確認ですが、ご利用は初めて、コースはベーシックいうことでお間違いないでしょうか」
「ま、間違いないでしゅ……」
緊張しすぎて思わず噛んでしましました。うう、恥ずかしい。
喪女感全開で呆れられてないかチラッと窺いますが、パウロ君はニコっと感じよく微笑まれるのみ。紳士的な心遣いを感じます、店のお勧めする人気キャストというのも納得ですね。奮発して良かったー。
「それでは、心と身体がほぐれるリラクゼーションから始めていきますね」
そういうパウロ君に促され、ベッドにうつぶせになります。
そうして始まったのはマッサージでした。えっ、そういうものなんですか?てっきりエッチなことが始まるものだとばかり……あ、でも純粋にめちゃくちゃ気持ちいい……
「ほわぁ~」
「ファミレ様は首周りの筋肉が疲れていらっしゃるようですね……何かストレスでも?」
「あ~、私銀行勤めなんですけど、月末帳簿整理が大変で~」
あまりの気持ちよさに、ついつい口も緩んでしまう私。
この数年、任される仕事が増えて重圧を感じていることや、大変だけど顧客の大事な資産預かる以上、いい加減な仕事もするわけにもいかないなんて事までペラペラしゃべってしまいました。
そしてそんな話、決して面白い訳でもないでしょうにパウロ君は上手に相槌をうち、私のことをヨシヨシしながら聞いてくれます。なんと彼、聞き上手でもあることが判明しました。ああ、なんかもうこれだけでお金払った価値がある気がしてきました……
「……じゃあ、そろそろ色んなところ触っていきますね」
「ふぁ!?」
と思っていたら、今までと全然違う所をタッチされ、思わず変な声が出てしまう私。
そういえばここ、女性向け風俗でしたね……
***
その後四半刻程の間に何があったか、その詳細は恥ずかしいので割愛します。
さしあたり、指だけで何度か達してしまった、とだけ言っておきましょうか。人にしてもらうのって、こんなに気持ちいいんですね。いや、彼がプロだからというのも、もちろん大きいんでしょうが……
「それではそろそろ……」
「は、はい……」
さようなら、私のアイアンメイデン。
拝啓、お父様お母さま、ファミレは今から大人になります。敬具。
「あの、ファミレ様?」
「い、いつでもどうぞ!」
「その……そろそろお時間ですので、身支度を……」
「ええっ、どういう事ですか!?」
この後、ボールを相手のゴールにシュートする超エキサイティングな行為をするのでは!?そんな私の動揺と疑念を察したらしいパウロ君、申し訳なさそうな顔で説明してくれました。
「すみません、貴族用風俗で本番行為はないんです。万一にでも、病気や妊娠が出るようなことがあってはいけませんので……」
「そ、そうだったんですか……」
なるほど、言われてみれば、そりぁそうですよね。
オーケーオーケー。つまり、私は一生喪女のままってことですね。ちょっと、いや本当はかなりショックでした。
しかし、こちらのリサーチ不足が招いた事態ですし彼には何の責もありませんから、明るく承知したところを見せなければ
「ははは……お恥ずかしい、大変失礼しました。穴があったら入りたい、はは……は……」
「ファ、ファミレ様!?」
全然ダメでした、涙があふれて止まりません。
***
結局、時間内に落ち着いて身支度する事が間に合わず、一時間の延長オプションを使用させてもらうことになりました。動揺させ、いらぬ手間をかけさせてしまった申し訳なさから私は余った時間で彼に事情を説明します。
「成程、そんな理由が……ならこれは提案なのですが、次回は『デートオプション』を使われてみてはいかがでしょうか?」
「デートオプション……ですか?」
パウロ君が言うには、性的サービスよりもずっと割安で疑似彼氏として接客してくれるオプションコースがあるとのこと。私の問題は男性の前で緊張しすぎることなので、疑似デートを繰り返せば緩和されるんじゃないかという見立てでした。彼に迷惑をかけた負い目があり、また他に良い案も思い浮かばなかったため——
「分かりました。では、また予約をさせて頂きますね。本日はどうもありがとうございました。」
彼にそう伝えこの日は終了。
その日から、月に何度か彼と疑似デートを行う日々が始まりました。
このデート作戦、確かな効果がありました。はじめて二月も経つ頃には他の男性と話すとき、殆どドキドキし無くなりましたからね。しかし、私は彼の下に通うのをやめられずにいます。
それは、蜂蜜の沼に溺れるような甘美で苦しい日々。
いえパウロ君には何の非もないんですよ?
非常に話し上手で聞き上手、仕事のストレスも吹っ飛びます。単価の安いコースばかりで申し訳なので時にはもっと高いコースを追加しようかといっても、「ファミレ様が頑張って稼いだお金を無理に散財することはないですよ」とやんわり拒否する誠実さもある。
そんなの、勘違いしそうになっちゃうじゃないですか。つい、いつか両想いに……みたいな都合のいい夢を見ちゃう。でも、毎回の支払いでお金のやり取りをするたびにハッと目を覚ます日々。
はあ、このままだと本当に不味い。
だって、聖女になっちゃうし……疑似恋愛に沼っている場合では……
「こんな関係どこかでやめないと、でもあの癒しが無くなるのは……うう、意思薄弱な自分が恨めしい……」
神様、なにか良いきっかけはないものでしょうか?
そんなことを考えていた数週間後のことです。
職場から通知が届きました。
『ファミレ・ヴァジンロードを解雇処分とする』
神様!?
***
ファミレが沼っているパウロというキャスト。
この『パウロ』というのはもちろん源氏名で、彼には別の本名があった。
サウロ・タルソス・ダビデリア。
この国の側妃の子であり、王位継承権第三位持つ王子である。
そんなやんごとなき身分である彼がなぜ、素性を隠し貴族用の女性向け風俗店などで働いているのか。それは正妃の子を補佐するための情報収集、ハニートラップ回避のため女性耐性を獲得、そして将来の伴侶を探すという見る目を養うという目的からであった。
ダビデリア王族は代々、聡明で寛大な一族だ。しかしその一方で情に厚すぎる所があり、良くも悪くも一途な性格をしている。それで過去には女性関係に起因するトラブルから国が混乱に陥ることもあった。
そこで数代前より、社会経験を積ませるために一部王族の素性を隠し、王家が後ろ盾となっている貴族向け風俗店で働かせるという取り組みが始まったのである。王族は拍付けの為、普段は高位貴族にしか素顔を見せないし、利用する貴族もまさかキャストが王族とは夢にも思わないのでバレない。
そんなわけで、数年間キャストを勤めたサウロ王子。彼は発案者の目論見どおり客の中・下級貴族女性から多くの情報を収集し、ハニトラへの耐性も獲得した。
ただ、将来の伴侶探しという点においては、女性というものに少々失望しすぎた。
女性向け風俗を使う貴族女性というものは普段抑圧されストレスをためている者が多く、その反動で横暴な客、軽薄な客となる者が殆どだったから。中には旦那がいるのに本番行為を強要しようとするものさえいた。また情報収集の中で語られる中には不正や下劣な自慢話も多くあったから。
そんな中、今年に入って客となったフェミレ・ヴァジンロードは他と少々毛色が違った。初回、急に泣き出したときは焦ったが、理由を聞くと真面目に生き過ぎたが故に未だ処女で男性に慣れるために店を利用したのだという。それも、自分の稼いだ金で一世一代の勝負のつもりで来店したと。親や旦那の稼いだ金で放蕩する他の客とは大違いだった。
何か力になりたいと思い、デートオプションを提案した。
そこで何度かの逢瀬を繰り返すうち、サウロはキャストの立場でありながら逆に彼女に沼っていく自分に気付く。謙虚で、年上の落ち着きがあるのに初心で可愛らしいファミレ。銀行員としても優秀で一生懸命働いているらしく、それも好感が持てる。のみならず『単価の安いコースばかりで申し訳ない。時にはもっと高いコースを追加しようか』とこちらへの気遣いまでしてくる。
彼女といるとストレスも吹っ飛ぶ感じがした。
いっそ、このまま彼女のことを娶れたら……なんて都合のいい夢を見てしまう。しかし彼は腐っても王族、大きな実績のない下級貴族と結婚するわけにはいかない。毎回の支払いでお金のやり取りをするたびにハッと目を覚ます日々。
「なにか良い転機はないものだろうか……」
そんな事を考えていた矢先、ファミレからこう切り出された。
「このお店に来るの、今日で最後になります。今までありがとうございました」
「ど、どういうことですか?」
動揺するサウロに、ファミレは説明する。簡単にまとめると仕事で冤罪をかけられ解雇されたらしい。
真面目で仕事熱心がゆえに彼女の上の上の、そのまた上の立場にあたる人物がよろしくない資金流用をしていたことに気づいたファミレ。指摘すると、もみ消しと責任転嫁で彼女が悪いことにされてしまったという。またその相手は大貴族で、争うと実家ごと潰されかねないそうだ。
「お父様は長いものに巻かれる方針で、不本意ながら私は修道院行きになります。ただ、今まで良くして頂いたサウロ様にはお礼を言いたく、本日最後の指名をさせて頂いた次第です」
「ねえ、それ……ちょっと待ってくれる?もう少し詳しい話を聞かせてくれたら、貴女のことを助けてあげられるかもしれない」
***
過日、「このままじゃ聖女になっちゃう!」と焦っていた私ことファミレ。
冤罪をかけられ、すわ教会行き!?神よ、このまま聖女になれと言う思し召しですか?!なんて思っていた私は、白いドレスにブーケを持って聖堂に佇むことになりました。
「今日も、とても綺麗だ」
「あ、ありがとうございます……」
お相手はまさかのパウロ君。
間違えました。サウロ・タルソス・ダビデリア様でしたね。
私が沼っていたお店のキャストはなんと、この国の王子様だったのです。
で、貴族ではあるが後継者争いとならない程度に家格が低く、スキャンダルと縁遠く、かつ何かしらの能力や実績のある結婚相手を探していたところ私がお眼鏡にかなったとの事。冤罪については王族パワーで晴らしてもらい、私の実績としてもらいました。
なんとまあ、ありがたい限りのお話でして、この時点で一生分の運を使い果たしたような気がします。初夜も無事に済ませ、聖女になることも無事回避できましたしね。しかし——
「じゃあ、今日も『お勤め』をさせてもらおうか」
「お、お手柔らかにお願いしましゅ……」
最近、王位継承権一位の正妃様の子が先天性の病で、第二位の王弟様が高齢で、それぞれお子を残すのが難しいということが判明し、血筋を絶やさないように励めという白羽の矢が、私たち夫婦に立つことになりました。
お陰で最近は、夫婦ともに仕事をセーブし妊活に励む日々です。ありていに言えば、『まぐわいまくる毎日』ということですね。夫は若く、毎晩元気いっぱいです。
一方、私というと
「さあ、今日はどんな一面を見せてくれるのかな?」
「……いじわる」
過日買いあさった上級者向け春本の知識、そして喪女時代にため込まれたアレコレが爆発し、夫以外には決して見せられない醜態をさらすことが増えてしまいました。
ふしだらな面を見せても彼は失望しておらず、むしろ喜んでいるきらいがあるのが不幸中の幸いですけど……
聖女になることは回避できた私ですが、今は別の意味で焦っています。
だって……このままじゃ性女になっちゃう!




